おっさん/岡崎体育
「じゃあ、このリストに書いてある商品を揃えたら、梱包窓口に持って行ってもらえるかな? 数量も間違えないようにね?」
小学生の頃に社会の時間に習った京浜工業地帯の、周りを工場に囲まれた倉庫でウチはバイトに勤しんでいた。
作業内容は、商品のピッキングという、聞き馴染みの無い人からすれば空き巣にでも入るんじゃないかと勘違いされそうな仕事だった。
地味な仕事だと思っていたけど、広い倉庫内でリストに書かれた商品を、間違えないよう集めて回る作業は、お買い物ごっこの様で楽しい。
朝から夕方まで働いて、そのままサクラさんの家に向かい、夜はスタジオという日々が続いていた。
初めは家主が不在の家に合鍵で入るコトに抵抗があったものの、それが数日も続けば慣れてしまうモノである。
時には仕事が入っていない他のメンバーが居るコトもあり、各々がオススメしてくれる音源やDVDを視聴して、それを自分の糧としてはギターの練習をするという、バンド初心者には有難い環境で生活していた。
ただ、そんな中で一番気まずいのが、サクラさんの家に入る前にアパート住人と鉢合わせてしまうコトである。
全室入居者が埋まっているワケではないので、毎回会ってしまうというコトはないけど、特にド平日の夕方過ぎによく鉢合わせてしまう、30歳ぐらいの男の人が不気味で困っている。
その人は、きっと一般的なビジネスマンではないのだろう。
そう推測した理由は、緩い格好のまま死んだような顔で、コンビニの弁当が入った袋をぶら下げて、平日の夕方過ぎにセキュリティの甘い安アパートの階段を上っているからだ。
サクラさんのアパートの大家さんには失礼だけど、ウチの想像するビジネスマンは、バリっとしたデザイナーズマンションに住んでて、カッチリした細身のスーツに身を包み、平日の夕方には自宅になんて居らず、オフィスでバリバリ働いているモノではなかろうか。
と、最低賃金ギリギリで倉庫仕事をしている高校新卒の小娘の考えを他所に、そのオジサンは今日も死んだような顔で、コンビニ弁当片手に階段を上っている。
チラっと目が合ってしまう時は、仕方なく会釈をして通り過ぎるんだけど、きっとこういう人とはウチの人生には接点が無いんだろうなぁ。
そもそもウチは王子様系の男の子がタイプだから、うだつの上がらない系オジサンとの接点なんて無いし、そろそろキクチに連絡してアオくんに会いたいんだけど……今はバイトでお金を貯めて自分のギターを手に入れるコトが最優先だから、そんなモノに現を抜かしている場合ではないのだ。
サクラさんの部屋の前で、シリンダーにカギを差し込もうとしたら、中に人の気配がしたからドアノブを捻ると、バイトが休みだったのか既にマキさんが居座っていた。
「おー! お疲れさん。今日の練習21時からだってよ?」
「あ、さっき連絡来てました。お疲れっス!」
マキさんは一言そう言うと、テレビの前にかぶりつきで、再びライブ映像に釘付けになった。
「何観てんスか?」
「あー、コレ? バイト先でレンタル落ちを250円で買って来たAlanis MorissetteのライブDVD」
画面の中には、長髪を振り乱して激しく歌っている外国人女性シンガーが映っている。
「アズサの大好きなジャニスとは違うけど、この人もムチャクチャ格好良いんだよね。色んな曲調の歌があるから、アズサも参考になるかもよ? 一緒に観よう♪」
「観ます観ます!」
マキさんからは、普段はパンクやハードコア系のバンドを薦めてもらっていたけど、こんな音楽も聴いていたのは意外だ。
「ボク、海外の女性アーティストってあんまり聴かないんだけど、この人ってアヴリル・ラヴィーンとか椎名林檎とかが影響受けてるんだよねー。メンバーもFooFightersのドラムの人が叩いてるし」
ウチもすぐにライブ映像に引き込まれてしまって、マキさんの補足説明を上の空で聞いていた。
アニソン以外の音楽に触れてから、まだ1年も経ってないけれど、世界はこんなにも音楽に溢れていたのか……
「はぁ……勉強になりました」
途中からとはいえ、ガッツリと1時間ほどのライブDVDを鑑賞して、その衝撃に打ちのめされていた。
「まぁボクらも、こういうトコを目指してやってるワケだから、もっと本気でやらなきゃなんないよね?」
マキさんに言われた通り、バンドとして走り出したからには、ウチももっと練習しなくちゃならないだろう。
「そういや、あれからココでギター練習してるんでしょ? んじゃちょっとお姉さんが付き合ってあげよう!」
部屋の隅に立て掛けてあったハードケースから、ギターを取り出してマキさんがウチに手渡した。
「コードはある程度弾けるようになったなら、今度はアルペジオとかカッティングとかも覚えないとね?」
「う、ういっス……」
そこからマキさんの指導で、スタジオ練習までの間、みっちりとギターを弾きまくった。
そうしてギターを抱える日々が続き、クーラー無しのアパートで過ごすのが厳しくなった頃、ついにスタジオ練習でも、ウチがサイドギターを弾いた方がイイんじゃないかというお許しが出る。
まだ目標の金額までバイト代が貯まってなかったから、その日からレンタル機材のストラトキャスターを借りてスタジオに入るコトにした。
もちろん並行してエリカとの作詞に取り組んでいたので、バンドの持ち曲である4曲が完成に近付きつつあった。
「うん。イイね♪ んじゃ一回ラインで全部録って、ライブハウスに持って行こう!」
「おお! ついにアタシ達も初ライブに向けて動き出すのか!!」
サクラさんは受付からマイクを数本持ってきて、スタジオ内のミキサーに突き刺してセッティングし始める。
「名刺代わりのデモテープぐらい作っとかないとね? まぁ録音はするけど、緊張しないでいつも通りに演ってよ!」
そう言われても、これから演奏する音源がライブハウスの人に聴かれるのだから、いつも通りに出来るハズがない。
しかも楽器ごとに別録りするワケではなく、音質が良くなっただけの一発録りなのだと思ったら、ガチガチに緊張してしまい、何とか音源が完成した頃はすっかり深夜になっていたのである。




