ギターをひこう/加藤登紀子
「お、お邪魔します」
大人の女性が住む家に入るのは初めてだけど、これが一般的かと言われたら、恐らく違うと言ってイイだろう。
玄関で靴を脱ぎ、通過したキッチンには食器類は存在しているものの、モデルルームの様に生活感が無く、自炊の跡が見受けられない。
そして六畳間に入ると『可愛らしい』と思えるモノが見当たらず、掃除が行き届いていないワケではないが、室内がCDとDVDで溢れ返っている。
「狭いトコだけど、適当に座って?」
部屋の中心に置かれた座卓を囲み、その四面に人が座れるギリギリのスペースが存在しているので、他の三人が腰を下ろすのを待ち、空いた場所に申し訳ない感じで正座をした。
「女の子しか居ないんだから、そんなに畏まらないでよ。スカートじゃないんだし、説教してるみたいになっちゃうから、胡座でイイよ?」
初めて来る年上女性の家で、さすがに胡座は無いだろうと、悩み抜いた挙句に狭いスペース内で身体を折り畳み、折衷案で体育座りをした。
どうにも落ち着かず、棚に入りきらなかったであろうCDやDVDの山を見渡すも、知っているアーティスト名は見当たらなかったが、部屋の隅に黒い瓢箪型のハードケースが神々しく鎮座しているのが目に入った。
「あれ? サクラさんてギター持ってたんスか?」
気になってしまうと、すぐに質問が口をついて出てしまうのは、ウチの悪い癖だ。
「あー、ソレ? 中学生の時に憧れてたバンドのギタリストが居てさ、同じモデルは高くて手が出せなかったんだけど、激似のギターをお年玉と貯金搔き集めて買ったんだよね……ただ、弦楽器が自分に合ってないのか、お恥ずかしながらそんなには弾けないんだよ」
「へぇ、サクラって最初はギタリストの予定だったんだ? まぁそのまま続けてたら、アタシらとバンド組むコトも無かっただろうから、ドラムで良かったんじゃん?」
ミチヨさんがそう言ったのを聞いて、確かにその通りだと思った。
「サクラのギター見せてよ! 良さげならボクが買うギターの参考にするから」
「イイけど……しばらく弾いてないからチューニング合ってないよ?」
はいはいと気のない返事をしながら、マキさんがハードケースを開くと、真っ赤なボディのギターが飛び出してきた。
「おお、渋いねぇEpiphone! これって330……じゃない、CASINOだ!!」
マキさんはあぐらのまま、右足の太ももにボディ下側のアーチを重ねると、ギターはそうあるコトが当然のように、しっくりと彼女の一部になった。
1フレットに挟んであったおにぎり型のピックを抜き取り、コードは押さえずそのままジャランと弦を鳴らす。
「あー、ホントだ。全然チューニング合ってないや……ちょっとボクのギターケースに音叉入ってるから取ってくれない?」
ウチの真横に立て掛けられた、茶色い合皮のソフトケースを顎で指示され、慌てて外側のポケットをまさぐる。
グルグルと巻かれたシールドの先に、金属棒のような手触りがあったので、掴んでマキさんに差し出した。
「ありがとー!」
ボールペンより一回りほど大きいソレを受け取り、座卓の隅を叩いて口に咥えると、頭蓋骨に反響した『キーン』という金属音が六畳間に響く。
残響が消える前に、マキさんは5弦を弾いてその音に近づけると、ピッタリ合った後は音叉を床に置いて他の弦の音程を調整している。
軽音部のガットギターをチューニングした時は、キクチのチューナーを借りて1弦ずつ合わせていたので、そんな方法もあるのかと関心を抱いた。
チューニングが合ったのか、頷きながらコードを弾いた後、カッティングやアルペジオ、ハイフレットの単音弾きと、ギターと会話をするように一通り音を鳴らす。
「うん、セミアコもイイね!! こういうの弾いちゃうと、SGとかレスポールと迷うんだよなぁ……」
改めてマキさんが弾くギターは上手いと思ったが、それよりもアンプを通していないのに、意外と大きな音が出るモノだなと思った。
「そういやアズサもギター買う予定なんだっけ? ちなみにどのくらい弾けんの?」
ギターが鳴り止んだと思ったら、ミチヨさんが唐突に切り込んできて焦る。
「え、ウチっスか? 急に言われても……高校の最後の方でちょっと練習した程度なんで」
「とりあえず弾いてみたら?」
マキさんが抱えていたギターを、ミチヨさんが引っ手繰って、座卓を時計回りにしてウチの前まで回ってきた。
「いや、ホントに大して弾けないんスけどね……」
体育座りのままではギターを抱えられないので、仕方なく体勢をあぐらに変えると、真っ赤なボディが赤子のようにしっくりと自分の懐に収まった。
三人の視線が刺さる中、何かしらアクションを起こさなければと思ってネックを掴むと、ガットギターに慣れていた手のひらが、吸い付くようにCのコードを押さえた。
「うわ! ネック細くてメチャクチャ握りやすい……」
つい口に出てしまうほどの驚きで、見られているというプレッシャーを忘れてしまい、ローコードでCからG、その後Dを弾き、苦手だったバレーコードでFを押さえる。
ガットギターでは握力が弱くてミュートがちになってしまっていたが、しっかりと音が鳴るコトが嬉しくてフレットを移動しながら幾つもコードを奏でた。
「おー! 意外と弾けてんじゃん!!」
ミチヨさんに言われて我に返ると、三人がニコニコしながらこちらを見ていた。
「あ、スミマセン! 弾きやすかったんで、つい……」
「これなら練習次第で、バッキングギターもイケんじゃね?」
練習次第で、という枕詞が含まれていたが、頑張れば自分もバンドの演奏に加われるかもしれないというコトが嬉しかった。
「あ、あの! サクラさん、このギター売ってもらえませんか?」
あまりの弾き心地に、バイトでお金が貯まったら譲ってもらいたいという欲が出てしまった。
「あ、あー…………うん。まぁ確かに私には弾けないんだけど……ね。ホントにゴメン! コレばっかりは売れないんだよ。思い入れがあるからってのもあるけど、いざと言う時の為に取っておきたいっていうか……」
「え、何? いざって時に金に替えんの?」
ミチヨさんがケタケタと笑いながら茶化してしたが、サクラさんは苦笑いで返す。
「まぁ、売ってあげるコトは出来ないけど、ここに来たら弾きまくってイイから。それで、ちゃんとお金貯めたら自分のギター買いなよ!」
「はい。ウチもゴメンなさい。大切なギターなのに……簡単に売ってくれなんて」
サクラさんにとって大切な楽器があるように、ウチも自分の身体の一部みたいな楽器と出会えたらイイなぁ。
「っつーか、サクラの弾けないギターに時間取られ過ぎた!! これ以上待ってたらビールぬるくなっちゃうよ~」
明確な目標が出来た途端にバイトも決まって、空いた時間でギターの練習もさせてもらえる上に、色んなアーティストの音源も聴き放題なんて、こんな環境を手に入れられてホントに最高過ぎる。
メンバーの期待に応えるためにも、ガッツリ働いてバンバン練習して、ウチも自分の楽器を手に入れようと思った。




