嘆きのボイン/月亭可朝
「違う違う! ダダーンダーダダドドドドッドドドのサイクルで1回だから、それを二回ししてBメロに移って!!」
「ブレイクはしっかり止める! 音が鳴っちゃってたらブレイクの意味無いから!!」
世の中がゴールデンウィークに浮かれている頃、サクラさんのバイト先のスタジオでは、バンド練習がコピーからオリジナル楽曲の作成に切り替わっていた。
リーダーであるサクラさんは、弦楽器の演奏はほとんど出来ないものの、ベースラインやギターのリフを口頭で伝えて、ミチヨさんとマキさんがそれを具現化するという手法だった。
楽器が弾けない分、サクラさんの要求は多くて弦楽器の二人は苦戦しているが、バンドによって作り方は違うのだろうけど、サクラさん以外の初心者三人はそれに従うしか術が無いのだ。
「うん。まぁカタチになりつつあるね。私の伝え方がヘタクソなのもあるけど……とりあえず4曲完成したらライブやろっか!」
「うぉぉ! マジで? 何か急にプレッシャーなんだけど」
ミチヨさんとマキさんが必死に喰らい付いて練習していたので、楽曲は確かに完成形が見えていたが、歌メロと歌詞に関しては全くの手付かずである。
「あの、曲は出来そうっスけど、歌はどうしたらイイんスかね? ……作詞とかやったコト無いんスけど?」
曲作りの最中も、ウチは三人の演奏を眺めてるだけで、サクラさんから指示があった時は鼻歌かハミングで参加する程度だった。
「あー、歌ね? 最初は歌詞も日本語で書くより英語の方が誤魔化しが利くんだけど……英語って得意?」
「いやいやいや、全然っすよ! 高三の時に二学期の中間で英語23点っスから!!」
最終的にエリカに泣き付くのは確定しているが、わからないコトがわからないという状況だけは回避したい。
「ちなみに、サクラさんが前にやってたバンドって英詞の曲ありました? どんな感じで作ってたか教えて欲しいんスけど」
「んー、前のバンドはほとんど英語の歌詞だったけど、正直なトコ私はノータッチだったんだよね……でも、キーワードになる言葉が決まればソレを連呼したって歌詞にはなるよ!」
いくら何でも、キーワードの連呼だけで1曲作れるハズなんてないじゃないか……
「いやぁ、さすがにキーワードだけってのは難しくないっスかね?」
「まぁ単語ひとつってのは無理があるけど、ビートルズなんてサビの歌詞がタイトル連呼とかよくあるじゃん? 『Let It Be』とか『All Need Is Love』とか」
音楽に疎いウチでも、曲名を言われて確かにと納得してしまった。
「あとコレ、参考になるかわかんないけど、単語でも長文でも、同じ母音で伸ばせる言葉の方が歌いやすいし覚えやすいと思うんだよね?」
既にサクラさんが何を言っているのか理解出来ていない。
「えっと……例えばSIAってアーティストの『Alive』って曲とか、サビが『I’m alive』って歌詞の連呼なんだけど、母音が全部『ア』でしょ? アーマーラーみたいな感じ。だから、最初は意味のある言葉でも、同じ母音で揃えるとイイんじゃない?」
「なるほど……何となく理解出来ました。んじゃ伝えたい言葉ありきで、発音に注意して考えておきます。とりあえず持ち曲の録音してもイイっスかね?」
楽曲を聴き込んで歌メロを鼻歌で考えつつ、その尺に合わせて言葉選びをするというミッションなら、エリカにも相談しやすそうだ。
「ってコトで今日はこの辺で終了かな。この後オールナイトのお客さん入っちゃってるから、三人は上がっちゃってイイよ!」
サクラさんだけを残し、ウチと弦楽器の二人はスタジオを後にして、トボトボと駅に向かっていると、ミチヨさんが大きな溜め息をついた。
「はぁぁ……アタシら全っ然ダメダメだね。サクラが居なかったら何も出来ないってのが悔しいわ」
「うん。ボクもそこそこ弾けるって自信あったんだけど、所詮は人が作った曲をソレっぽく弾けてたってだけだよ」
ウチと同じくバンド初心者だと思ってた二人とは、悩んでいる次元が違う気がする。
「なんかさぁ、サクラのドラムの音に負けてる気がするんだよね……アタシのベース。単純にアンプのボリュームの問題じゃなくて、アタックも弱いしペコペコいってるし」
「あー、ボクも思ってた。ギターの音がシャリシャリいってて、完全にドラムに掻き消されてるモン」
二人の会話を聞いていて、きっと技術では補えない問題があるのだろうと思った。
「んじゃあ……買うか! 新しいベース!! いつまでも、従兄弟に貰ったノーブランドのベースじゃ格好つかないから」
「ボクも中学の先輩から売ってもらったストラト弾いてるけど、やっぱ自分の楽器って感覚無いモンなぁ……」
技術じゃなくて楽器の問題なの? 二人の悩みはソレで解決してしまうコトなのだろうか?
「あ、そういやアズサって実家暮らしだっけ? アタシら上京した時に貯金が底尽きてるから、実際は楽器買うどころじゃないんだけど……バンドってホント金掛かるよねー?」
ミチヨさんは親指と人差し指で輪っかを作り、お金のジェスチャーをしながら苦笑いしていた。
「ウチは実家っスね……ヴォーカルって楽器が無いからスタジオ代ぐらいっすけど、自分のギターは欲しいと思ってます」
「あー、アタシもバイトのシフト増やすかなぁ……」
高校を卒業してから、まだ日が浅いというのもあるが、今までは貯めていたお年玉や小遣いを切り崩してバンドに参加していたけれど、確かに今後はバイトぐらいするべきだろう。
「ところで、二人は何のバイトやってるんスか?」
「あーアタシら? アタシはメシ代浮かすために弁当屋でバイト。んでマキはレンタルショップだよ。レンタル落ちのCDとかDVDとか、マンガが破格で買えるからね?」
練習の費用を安く上げるため、スタジオでバイトしているサクラさんも然り、さすが親元を離れているだけあって賢い職選びをしている。
「アズサもバンドと両立出来るようなバイト探したらイイんじゃない? 正社員雇用でもイイけど、今日みたいにド平日の練習とか難しくなるから……っつって給料安すぎるとソレはソレでキツいんだけど」
「まぁ、ボクもミチヨもバンドやるために東京に出てきてるからね? 何が正解ってコトは無いんだけど、お金の問題は常に付きまとってくるよねー」
二人の話を聞いていて、ウチに足りないのはお金じゃなくて、覚悟だと思った。




