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みそギ!~三十路で始めるギター教室~  作者: ボラ塚鬼丸
入門編
11/175

11.Caught In A Mosh/Anthrax

 みぞおちに、物質ではない何かで小気味良いジャブを打ち込まれているような衝撃波。


 多分ドラムの足元にある、大砲のような一番大きいヤツがその正体だろう。


 平日休みの日に、ゴロゴロと昼間から教育番組を見てた時にやっていた、穴を開けた段ボール箱の両サイドを潰すように叩いて煙の玉がドーンと出る理科の実験に近い。


 現にその、一番大きい太鼓の打面が照明を反射して震える度に、俺のみぞおちも同様のバイブレーションを起こしている。


 しかしあの太鼓、足元のペダルを踏んで叩くんだよな?よくあんなにドドドと連続で叩けるモンだ。


 それに加えてベースも凄い。ギターのようにピックで弦を弾いていたかと思えば、ピックを唇でくわえて、代わりに親指で叩くように弾いたりもする。


 しかもその音色が、まったく別の楽器のようなアクセントで楽曲の表情を変えてしまう。


 各バンドのギター演奏を観て、自分が練習する参考にしようと思っていたが、あまりの情報量でそれどころではない。


 相変わらずヴォーカルの女の子は、人形のように可愛い顔に似つかわしくない絶叫をしており、狂信的なファンは髪を振り乱している。


 こんな盛り上がり方をしてはいるものの、俺にはその歌声が悲しみを帯びている気がして、胸を押し潰されそうでさえあった。


 ただ、フロアのやや前方に立ち尽くしてしまったので、踵を返して物販カウンターに逃げるワケにもいかず、仕方なく身体をぶつけてくるフロアの女の子達に流されるように、少しずつ立ち位置を端の方へ寄せてゆく。


 視線は再びステージ上へ。


 せっかくチケット代を支払ったのだから、何かしら掴んで帰ってやろうとギタリストの手元を凝視していたが、テクニックの次元が違いすぎて何も得るコトが無さそうである。


 まぁ俺が求めている『ギターを弾く』っていうのは、所謂弾き語りであって、こういう弾きまくるヤツじゃないんだから当然といえば当然なのだが。


 今まで俺が聴いてきた音楽に、こんなにも忙しなく音が駆け巡るものは無かったので、ただただ圧倒されっぱなしでいる。


 しかし暫くこの音圧に晒されていると、耳鳴りや重低音が快感に近くなってくるから不思議である。


 ヴォーカルの絶叫も、よく聴けばメロディもあり、ただ叫んでいるだけではないのもわかる。


なるほど、この手の音楽の魅力はこういうところか。


リズムが身体を突き動かすlittle☆dateのそれと違い、equal romanceはもっと感情というか衝動というか、特にヴォーカルの女の子が人間の内側の部分を爆発させて、野生を引き出すような音楽なのだろう。


 ライブが終盤に差し掛かると、信者とも言える少女達がフロアをグルグルと回り始め、ステージに駈け上がったコが客席に飛び込む。


 フロアの観客がワラワラと触手のようにそれを受け止めると、飛び込んだ少女は人の上をのたうち回っていた。


 相変わらず爆音に包まれているが、俺の脳内の片隅では、あるアニメのワンシーンが流れている。


ランランララランランラン……


「その者、蒼き衣を纏いて……」


 ステージよりも、触手に支えられて人の上を行き交う少女に釘付けになってしまい、同時にナウ○カのエンディングを思い出してしまっていた。


 気になり出すと、担ぎ上げられた少女がどこにどう着地するのかが不安になり、難解なギターのフレーズそっちのけで、小川を流れる笹舟が如く縦横無尽に頭上を行き交う少女を、延々と目で追いかける。


 時にステージに近付き、時には物販カウンター付近まで移動し、両手を広げて人差し指を立て、ボーカルに向かって歌いながら俺の目の前を何度も何度も往復していた。


 客席最前付近に少女が着地すると、照明が一際明るくなり、演奏は激しさを増して終演を向かえた。


 客席が明るくなっても呆然と立ち尽くしたままでいると、little☆dateの四人が俺の元へとやって来た。


「アハハ! 完全に脱け殻だけど大丈夫?」


 ミチヨが俺の肩をバシっと叩きながら笑っている。


「あ、いや、オジサンの海馬には情報量が多くて……正直困惑してる」


「今日はありがとうございました。じゃあ私達、精算とハコの店長からお説教があるんで、帰ったらちゃんとギター練習しといてくださいね?」


 サクラが笑顔でそう言うと、他の三人もペコリと頭を下げた。


 このおかしなテンションのまま一人で帰路につくのは、いささか不安ではあったが、俺もペコリと頭を下げてライブハウスの階段を上がった。


 外に出ると、入口付近には先程までフロアで大暴れしていた少女達がたむろしており、汗だくで道路に座っている者も居た。


 まだライブの影響で耳鳴りがしていて周囲の雑踏も遠いが、駅に向かおうとしていると、数メートル先で怒号が聞こえた。


「若いモンがこんなところで遊び呆けてんじゃねぇ!」

「ちゃんと働いて税金納めろってんだ!!」


 商店街は既に閉店してシャッターが下りている店舗ばかりだったが、ライブハウスの並びの飲み屋から出てきた酔っぱらいのオッサン二人組に、誰かが絡まれているようだった。


「俺達の若い頃はなぁ……£▲℃*◎#@!!」


 呂律が回っていないのは、安酒で悪酔いしているからであろう。


 会社でイヤなコトでもあって、それを同僚と愚痴り、店を出たところに居合わせた、何の悩みも無さそうな若い少女達に八つ当たりをしているという推理。


 触らぬ神に、とは良く言ったものだ。


 トラブルに巻き込まれないよう、善良なオジサンのフリをして横をすり抜けようとしたその時、絡まれているのが先程までステージで歌っていたボーカルの女の子だと気付く。


「だいたいなぁ! 音楽なんぞでメシ喰っていこうって考えが甘いんだよ! ……ったく、何も生み出してねぇクセしやがって!!」


 ちょうど酔っぱらいの真横を通り過ぎる際に、ボーカルの女の子と目が合った。


 その目はステージ上のような毅然とした態度にも見えたが、そこはやはり若い少女だ。完全に俺に救いを求めている。


 あぁ自分が男で、しかも彼女達よりも大分大人であるコトを呪った。ここで逃げたら、きっと寝覚めも悪いだろう。


 意を決して酔っぱらいに声を掛ける。


「あ、あの……」


「あぁ?!」


 少女に罵声を浴びせているそのままの勢いで、こちら側に向き直る酔っぱらい。


 絡まれている少女も期待と安堵の表情に変わる。


「い、いやぁ~仰る通り! さすが地に足付けて働いてる方々の言うコトは違うなぁ~」


 少女が呆気に取られていくのが、視界の隅で確認出来るほどよくわかった。


「おぉ? 何だ兄ちゃん! わかるじゃねぇか!」


 その場から助けてくれると思った人間が、まさか攻撃側に回ってくるとは夢にも思わなかっただろう。


「ホント、働いて働いて日本経済を動かしてる皆さんを尊敬しますよ!」


「ハッハッハ! そうだろう? 兄ちゃんもそう思うだろ?」


「いやぁ~お見受けしたところ、さぞかし大企業にお勤めで、言動から察するに役職も上の方でいらっしゃるかと……」


「ん? お、おう」


「いえね? 私もバリバリ働きたいと常々思っておるんですよ。ただお恥ずかしい話なんですが、二年程前に勤めてた会社が倒産してしまいまして……ここでお二人と知り合えたのも何かのご縁。いやぁ俺ツイてるわ! 是非御社で働かさせて頂けませんかね?」


「は? いや、ちょ、ちょっと……」


「ホント何でもやりますから! さっきも働かないヤツはダメだって仰ってたじゃないですか!」


「そ、そうは言ったけど」


 人はグイグイ来られると引く、というコールセンターでの経験を活かし、酔っぱらいに求職し続け、面倒臭いヤツを演じながら商店街の奥に追い立てる。


「そんなに勿体ぶらないでくださいよぅ……俺を働かせてくださいよぅ!」


「うるせぇ! 何なんだお前!」


 酔っぱらい二人は早歩きから小走りになり、商店街を抜けて道路が二股になったところで、タイミング良く通り掛かったタクシーを捕まえて逃げるように乗り込んだ。


「仕事くださいよー」


 ダメ押しで、走り去るタクシーのリアウインドウから俺を睨み付ける二人に叫び、テールランプが見えなくなったところで商店街に戻る。


 俺が酔っぱらいの気を引いている隙に、きっと少女達は蜘蛛の子を散らすように家路に着いているだろう。


 と思ってたのだが、俺の予想に反し彼女達は、俺が居なくなる前とまったく同じポジションでこちらを覗いていた。


 トボトボと歩いてくる俺を見つけるや、誰からともなく歓声と拍手が沸き上がり、勇者の如く出迎えられてしまった。あんな撃退方法しか出来なくて、格好悪いやら恥ずかしいやら……


 会釈で伏し目がちに駅へ向かおうとすると、絡まれていたequal romanceのボーカルも居た。


 無視するのもどうかと思い、とりあえずそちらにも会釈だけして歩き続けた。


「あ、あの、ありがとうございました」


 通り過ぎようとした時、俺にしか聞こえないくらいのボリュームで彼女が囁いた。


 それは、さっきまでステージで絶叫していた人と同一人物とは思えない程の、か細いモノだった。


「あ、いや、そんな、とんでもない! 何かその、あんな凄いライブだったのに、観てないヤツがバカにしたようなコト言ってるの聞いてイラっとしちゃって……まぁ腕っぷしに自信無いんで、あんな格好悪い対応しか出来なかったけど」


 キモいよ俺。ぶっちぎりにキモいよ。


「あと、俺、little☆dateってバンドのちょっとした知り合いで観に来たんすけど、ライブ、スゲェ格好良かったです。あの……凄い盛り上がってましたけど、ホントは何か悲しい曲なんです……よね? なんか切なかったです」


 あ、またやっちゃってるわ。さっきエリカに呆れられたばっかりだってのに。


「あ、やっぱ何でもないです! 失礼します。頑張ってください」


 しかし頑張ってないヤツが言う『頑張ってください』ほど鬱陶しいモノは無いな。


 どうせ二度と合うコトも無いだろうから、どんなにキモいと思われても、寝て起きたら忘れられる程度のダメージで済みそうだ。


 足早に立ち去り再び駅に向かう。


 帰ったらとりあえず、ギターのストラップでも装着しよう。

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