少女時代/原由子
軽音部での練習により、ある程度のコード弾きならガットギターでも出来るようになった頃、学校は二学期の終わりに近付き、季節はすっかり冬になっていた。
「エリカって入試終わったんだよね? キクチは?」
エスカレーター式の学園なので、付属の大学に進学をする者は推薦入試を終えており、大きな声では言えないが、私は親のコネで進学が決まっていたのだ。
「アタシはAO入試ってヤツだったから、もうとっくに終わってるよ。春から音楽の専門行きながら、バンド続けるコトは確定してる」
「そうなんだ? もう遅いくらいだけど、年明けには決めなきゃだよねー? ウチ、まだ進路決まってないんだよ」
前にも言っていたが、アズサはチアを退部したコトで、予定していた推薦入学の話が立ち消えているのだ。
「ウチも同じ専門行って、キクチとバンドでもやろうかなぁ?」
「今から同じ専門受けるっつったって、来年度の募集終わってるから。あと、何で当たり前みたいにアタシのバンド入れると思ってんだよ……まぁ『キクチさんお願いですからバンド入れてください』って頭下げるなら、ローディーとしてこき使ってやらんでもないけど」
願書提出が、卒業ギリギリでも大丈夫という専門学校も中にはありそうだが、何でもイイというワケではないだろうし、学費のコトもあるから、こればかりは簡単には決められないだろう。
「周りが進路決まって焦るとは思うけれど、チア辞めたアズサは『生まれたて』みたいなモノだから、ゆっくり決めたらイイと思うよ?」
自分でも無責任で勝手なコトを言っている自覚はあったが、アズサには安易に将来を決めて欲しくないという想いも少なからずあった。
また、キクチから門前払いを喰らっていたけれど、ホントは一緒にバンドを組んで、アズサにはこれからも歌を続けて欲しい。
親の言いなりで流されるしかない私と違い、本当の意味で自由に生きられるアズサに、自分が出来ない生き方を託しているのは、何だか卑怯な気もするけれど、楽に見つけた落としどころに収まってしまうのは勿体無いというのは本音だった。
「何か、話題が将来の話ばっかになるってのは……アレだよなぁ」
キクチが難しそうな顔で、高校生活の残り時間が少なくなってきているコトを、匂わせつつもハッキリと言わないのは、やはり寂しいと感じているからだろうか?
「あー、やっと学校楽しくなってきたのに……もう一年ぐらい高校生で居たいなぁ」
「じゃあ試しに留年してみりゃイイじゃん? 知らない後輩に囲まれながら一年過ごすなんて、ゾッとするからアタシは考えたくもないけど」
重くなった空気を変えようと、キクチがアズサをからかっている。
またいつもの口喧嘩が始まったが、あとどのくらいこの光景を見られるのかと考えたら、寂しさに押し潰されそうになった。
年が明けると、3年生の登校日は徐々に少なくなって、私大の一般入試も終わり、大半の生徒が進路を確定させてゆく中、アズサやキクチと顔を合わせるのも週に1~2回程度と激減し、遂には卒業間近になってしまっていた。
授業などほとんど無いものの、早起きして登校したからには、すぐ帰るようなコトはしたくなかったので、用も無いのに音楽室へと足を向ける。
下級生が使っていなければ、気晴らしにピアノでも弾こうと思って扉を開くと、準備室から人の気配と物音がする。
恐る恐る覗くと、キクチが軽音部の備品を愛おしそうに掃除していた。
「おーお疲れ。ハネザーもやるコト無くて来たクチだろ? ヒマなら掃除手伝ってけよ」
自分が普段使っているアンプだけでなく、バラしたドラムセットを逆さまにして、ヘッドとリムの隙間に詰まったスティックの木屑を出したり、ヨレたシールドを巻き直したりと、二人でやるにはやや重労働である。
「悪いね。部長として、アタシの最後の仕事なのに」
黙々と作業をしていると、不意にキクチが労いの言葉を掛けてきた。
思えばキクチと二人になるのは、文化祭前にアズサのコトで啖呵を切って以来だ。
「ううん? 半年にも満たないけど、私もお世話になったから……って言っても、ホントは軽音部に入る予定なんてなかったんだけどね?」
「あー、それ知ってた。セノーに巻き込まれてるってのはアタシも薄々感づいてたけど、面倒臭ぇから言わなかったんだよ」
ケラケラと笑ってはいるが、どことなく寂しそうで、キクチはそれ以上何かを言うでもなく、音楽室は防音設備が要らないほどの沈黙に包まれた。
「ぅおいす!!」
ガチャリと扉を開くなり、静寂を破ってアズサが飛び込んでくると、私もキクチも驚いて固まってしまった。
「急にビビらせんなよ……っつーか、お前もヒマだから来たのか?」
「いやいやいや、今日はウチ、お二人にご報告があって参りましたのよオホホ♪」
久々に会ったアズサは、こんな人だったかと思うほどテンションが高かった。
「報告……って、まさかアタシの弟のコトじゃねぇだろうな? アレはお前の手には負えねぇぞ!」
「え? あー、アオくんのコトじゃないけど、卒業までにお付き合い出来るなら協力してね? お義姉ちゃん!」
「誰がお義姉ちゃんだコラ! 弟のコトじゃなかったら何の話だよ」
キクチから怒られたあの時以来、アオが学校まで迎えに来るコトは無かったが、下校後に何度かみんなでファーストフードに寄ったりしたものの、アズサは距離を詰め切れずにいた。
「あー……あのさ、ウチ、二人の進路が決まっててチョー焦ってたんだけど、家族と話したら『しばらく将来のコト真剣に考えろ』って言われてさ。んで、やっぱ歌うの好き……っていうか、これからもやった方が……じゃなくて、ウチがやりたいと思ったから、メンバー募集サイトで知り合った人達とバンドやるコトになったんだ!」
照れ臭そうにしながらも、嬉しそうにそう話すアズサが、心底羨ましくて仕方がなかった。
ただ、そんな個人的な感情は抜きにして、彼女が選んで進むべき道を自分で決めたのだから、全力で応援すべきだろう。
「おー、コミュ障予備軍のお前にしちゃ思い切ったなぁ。ちなみにどんな音楽やんの?」
「いや、実際まだ会ってないんだけどね? まぁ歳はウチの1コか2コ上って感じで、全員女子なんだよ♪ これでエリカのホームステイ先でライブやる夢に、一歩でも近づいてたらイイなぁ」
あんな冗談で話してたコト、まだ覚えてたんだ……でも、アズサなら本気で叶えてしまいそうだと思って嬉しくなった。
「ホームステイ先? お前、海外でライブやるつもりなの?」
「うん。あ、そういえばエリカがホームステイしてたトコに、イカれた婆ちゃんが居るんだって! 昔、日本人のバンドに出会ったらしいんだけど、その時に犬がベース弾いてたとか言ってんだよ」
イカれた婆ちゃんにお世話になっていた身としては、何だか複雑な心境ではあるけれど、普段から医療大麻でバキバキにキマっていた人だから、反論するコトも出来ない。
「犬がベーシストって……結構イカれてるな。身内に居たら面倒臭そう」
「犬は身内じゃないよ? ねぇエリカ?」
「そっちじゃねぇよ……ベース弾く犬が身内に居るワケねぇだろ?」
天然なアズサとのやり取りに疲れたのか、キクチの反応がやや弱い。
収拾がつかない予感がしたので、私から話題を変えようと思った。
「でも、アズサもやりたいコト見付かって良かったね……卒業したら三人とも別々になっちゃうから、最後に何か一緒に演ろっか!」
クロスで磨いていたピアノの蓋を開き、ポロンと鍵盤を叩く。
「お、イイね!! キクチは何だったら弾ける?」
「いや、アタシじゃなくてお前が何弾けんだよ……ついでにどのくらいギター弾けるようになったか見てやるから」
一度片付けたアンプを出しながら、キクチが部長っぽいコトを言っている。
アズサも弾き慣れたガットギターを手にして、チューニングを確認していた。
「アハハ! ウチが練習してたの、文化祭で歌った曲だけだったわ。でもキクチなら楽勝でしょ?」
最後まで煽ってくるアズサに、若干イラっとしつつも、キクチはアンプにシールドを差し込んでいる。
誰一人として観客は居ないけれど、私達の高校生活最後のライブが始まろうとしていた。




