夢はマジョリカ・セニョリータ/KEY WEST CLUB
「痛い痛い痛い! いや、そんなに指広がるワケないじゃん!!」
「コードの指のカタチなんてそのうち慣れるから、グダグダ文句言わずにやれよ!」
宣言通り文化祭が終わった数日後から、私がキクチに英語の発音を教える代わりに、放課後はアズサと一緒にキクチからギターを教わるコトになった。
「こんなのホントに慣れんの? っつーかキクチが文化祭で弾いてたのって実は当て振りだったんじゃないの?」
「あぁ? お前ふざけたコト言ってるとマジで教えんのやめるぞ?」
機嫌を損ねたキクチの物言いに、アズサは渋々言われた通りギターのコードを押さえる。
「じゃあキクチが弾いてるギター貸してよ! コレだとネック太いからウチの指じゃ届かないモン!」
急な申し出で二人分の楽器が用意出来ず、軽音部の後輩に借りるワケにもいかなかったので、音楽室にあったガットギターを使って練習していた。
「絶対貸さねぇし! これはアタシが必死にバイトして貯めた金で買ったギターだから!! 本気でやるならお前も自分のギター買えよ」
「くぅぅぅエリカぁぁぁ! フェアリーテイル先輩がヒド……ぐぁぁぁぁぁぁ!!」
不貞腐れたアズサのボヤキにイラっとしたキクチが、長身を活かしてアイアンクローを掛けている。
二人の醜い争いを他所に、キクチが黒板に殴り書きした6本線に、打ち込まれた3つの点の通りフレットに指を乗せ、弦に向かって握ったピックを上から下に振り下ろす。
『カスカスペスカス……』
ギターからは思っていたような音色が鳴らず、ナイロン弦をピックで擦っただけのかすれた音が響いた。
「……教わった通りに指を置いているのに鳴らないのだけれど?」
「あー、やっぱ初心者にはガットギターって握力必要だよな。んじゃこっちで弾いてみなよ?」
キクチは私が抱えているギターを奪い取ると、肩から下げている自分のポールリードスミスを寄越した。
「あ! エリカだけズルい!!」
「お前は練習する気がねぇだろ!」
ボディは一回りほど小さいが、中が空洞になっているガットギターと違い、ズッシリと重量感のあるポールリードスミスを膝に乗せ、先ほどと同様にフレットを押さえて弦を鳴らす。
『ジャラ~ン♪』
私の小さな手でも握り込めるネックの太さなので、今度はちゃんと音が鳴った。
「ホントはガットギターでも弾けるようになってからにしようと思ってたんだけど、あんまり鳴らないとセノーみたいに腐るからな」
ギターが鳴って驚いた私を見て、キクチはアイアンクローを緩めずに笑っていた。
「んじゃついでに、アンプ通して弾かせてやるよ」
グルグルとトグロを巻いたケーブルを伸ばし、キクチはアンプとギターを繋いで電源を入れる。
実音ではない『キーン』という甲高い音が、アンプから徐々に響いてきた。
「アンプ通すともっと簡単に鳴るから、好きなように弾いてみな?」
ゴクリと生唾を飲み込み、フレットを押さえ直すと、弦に指を乗せる度アンプから単音が小さく鳴る。
お婆ちゃんの家にあった、小型のブラウン管ぐらいの黒くて四角い箱が、これから爆音を轟かせるぞと言わんばかりにこちらを睨みつけているようだった。
恐る恐る、さっきよりも控えめに弦を掻き鳴らす。
『ギャーーン!!!』
あまりの音の大きさに、ビックリして目を瞑ってしまった。
「アハハ! ビビってんじゃねぇよ! ピアノじゃこんな迫力のある音出せないだろ?」
確かに、鍵盤を力いっぱい叩いても、こんな簡単に爆音は出ない。
「ウチもやる~っ!!」
アズサはキクチのアイアンクローを振りほどき、引っ手繰る様にギターを奪った。
『ギャーーン! ギャーーーン!! ペペペピーンピーーン!!』
コードを掻き鳴らした後、ギターソロの真似事をしているアズサに、キクチは強めのチョップを叩きこむ。
「痛っ!」
「オモチャじゃねぇんだから適当に弾くんじゃねぇよ!」
頭を抱えて蹲ろうとしているアズサから、キクチは強引にギターを奪い返した。
「ま、ちゃんと音が鳴るまで、しばらくはガットギターで練習してろよ。いきなりパワーコードの練習する1年生も居るけど、ホントに上手くなりたいならローコードから覚えた方がイイから」
再び瓢箪型のガットギターを抱きかかえさせられて、仕方なく握力が無くなるまでナイロン弦を押さえる練習に取り掛かる。
「お疲れーっス!」
左手の感覚が無くなりそうになった頃、軽音部の後輩たちが雪崩れ込んできた。
「おー、お疲れ。 アタシらボチボチ出るから、最後のヤツ鍵閉め忘れんなよ?」
後輩達に部長らしい態度を取っているのを見て、キクチが部長であるコトを再確認させられた。
「はぁ~やっと終わった……もう左手ガッチガチなんだけど!」
正直、自分の手首よりも太いネックに張られたナイロン弦を押さえるのは、想像以上にキツかったので、ギターの練習が終わってホッとしたのは確かである。
「じゃあ今度はカタカナ英語で歌うフェアリーテイル先輩のレッスンだね! 厳しくビシビシやろうね♪」
「はいはい。お前じゃなくハネザーに教わるんで。中間で23点だったヤツは黙っててね?」
アズサは退部済みで役職を捨ててはいるが、部長同士というのは仲が悪いモノなのだろうか?
「キクチくん……ひとつ教えておいてあげるけど、歌ってのはさ、テストの点数で歌うモンじゃないのだよ? まぁ、まずはそういう意識の部分から学んだ方が……ぎぃやぁぁぁぁ!!!」
それは私でもイラっとしたから、アイアンクローを掛けられても仕方がないと思う。
そんなドタバタな環境で、放課後まで教室で座学を続けていると、いつの間にか外は真っ暗になっていた。
「もう完全に冬だねー! そろそろ帰ろうよぅ」
座学に飽きたアズサから、帰宅を促されたので3人で帰り支度を始めた。
「キクチは卒業してもバンド続けんの?」
暗闇がこちらを映し返す窓ガラスが並んだ廊下を歩きながら、不意にアズサがキクチに問い掛けた。
「あー、続ける予定。進路も音楽系の専門行くし……セノーは?」
「ウチ? ホントはチアで大学の推薦貰う予定だったんだけどねー。急に進路も未定になっちゃった!」
明るく話してはいるが、アズサも本当は苦しんでいるのだろう。
「だからウチ、残りの高校生活で彼氏作って恋に生きるんだ♪ 恋愛経験積んで、ジャニスのような深い歌を歌えるシンガーになるから!」
本当に苦しんで……いるのだろうか?
「なんかアタシ泣きそうなんだけど! お前……残念なヤツだったんだな」
昇降口で靴を履き替えたキクチが、アズサに可哀想な人を見る目を向けている。
「あ! いまバカにしたでしょ? 実はこの前の文化祭で、素敵な王子様を発見しちゃったんだモンね♪」
「へぇ~どんなヤツ?」
そんなコトは初耳だったので、サラっと訊いてくれたキクチに感謝したい気分だ。
「え? 聞きたい? あのねぇ……キクチのライブ観てる時、客席に居たんだよねー! ザ・王子様って感じの学生!!」
王子様は母音で始まるから、正しくは『ジ・王子様』なのだけれど、今はそんなコトなどどうでも良い。
「アタシのライブ中……か。なんかイヤな予感しかしないんだけど」
「まぁホント申し訳ないんだけど、途中からキクチのライブとか観えてなかったからね!」
ニヤニヤしながら、学校の校門に向かって歩くアズサを、キクチは横並びで怪訝そうに眺めている。
「もうね、格好良過ぎて背景とかキラキラしちゃってたから!! ……そうそう! あんな感じの」
アズサが指さした先には、キャメル色のブレザーを着た長身の男子学生が門柱の横に立っており、こちらに気付くと大きく手を振った。
「あ! カナちゃーん!! 待ってたよ♪」
まさか、菊池奏衣のコトを呼んでるんじゃないわよね?
迷惑そうにしているキクチと男子高生を交互に見比べて、ポッカリと開いたアズサの目と口が、徐々に深い闇に変わっていった。
ホントはタイトル『ムーンライト伝説』にしようと思ったんすけど、アーティスト名知らないから元ネタにしましたw




