Photograph/Weezer
大きな子どもの口喧嘩を横目に、ふとキクチの出演時間が気になり、ポケットから汗でシワシワになった文化祭のパンフレットを取り出して、ライブのタイムテーブル一覧のページを開く。
「お取り込み中ゴメンなさい……キクチさんの出番って何番目?」
ヤイヤイ言い合っているキクチは、問い掛けに気付いてアズサから私の方に向き直った。
「出番? そんなの軽音部の部長様であるアタシらがトリに決まってるだろ? お前らバカにしてるけど、アタシが一番の権力者なんだからな!」
無駄に偉そうな口調は、アズサとのやり取りを引きずっている様子だったが、特に反応せずパンフレットに視線を戻し、羅列している出演者を指で追い掛け一番下まで持っていく。
「えっと、この……Fairy Taleっていうバンドでイイのかしら?」
キクチに確認しようとして、記載されたバンド名を告げると、思わずアズサが吹き出した。
「フェっ! フェアリーテイルって!! よくそんなゴツいナリで乙女チックな名前付けられるね?」
「は、はぁ? 別にゴツくねぇから! お前よりちょっとだけアタシの方が身長高いってだけだから! あと、そんなに言うほど乙女趣味でもねぇわ!」
バンド名が弱点と見るや、ここぞとばかりに相手に攻め込むアズサが少し怖かった。
「またぁ~そういうコト言うヤツに限って、ホントは可愛らしいキャラモノのグッズとか持ってたりすんだよね。とりあえずスマホ見せてみなよ? 案外ファンシーな壁紙なんかが設定されてんじゃない?」
「う、うるせぇよ! そもそもこのバンド名だって、歴代の部長から引き継がれてるモンなんだよ! 今日だってOGが観に来るから仕方なくだなぁ……」
恐らくスマートフォンが入っているであろうポケットを気にしながら、キクチは精一杯の言い訳をしているが、既に耳まで真っ赤にしているので、アズサの指摘はあながち間違っていないのだと思った。
「まぁフェアリーテイル先輩の出番には戻ってくるよ! んじゃウチら、この衣装返しに行かなきゃだから、一先ず失礼するね?」
「ちょ、お前! 誰がフェアリーテイル先輩だコラ!!」
タキシードを返却するため、からかわれて腹を立てているキクチの横を通り過ぎようとすると、派手なトラックスーツに身を包んだ女性が目の前に仁王立ちしていた。
「おい妹尾……お前、ちょっとその手に持ってるモン見せてみろ」
ドキッとして急に立ち止まったアズサに、後ろから追突しそうになった。
「あ、あら先生、ご無沙汰してまーす。相変わらずお元気そうで……あ、申し訳ないんスけど、ウチら急いでおりますので、後ほどでも宜しいでしょうか?」
アズサは小さな身体で、後ろ手に拡声器を一生懸命隠そうとしているが、そんな努力も空しくとっくにバレている様子だった。
スーツではなくジャージという出で立ちで、アズサが先生と呼んでいるところから察するに、恐らく物色した無人の部屋の体育教師であろう。
「お前ソレ、どっから持ってきた? 留守中の体育教官室からパクったんだとしたら、イイ度胸してんじゃねぇか」
「イヤだなぁ先生! ホントは承諾いただいてお借りするつもりだったんスよ? でも、軽音部の部長が急かすから……」
体育教師の矛先を逸らすため、チラチラと後方に視線を送ると、自分が売られそうになっているコトに気付いて、キクチは驚きの表情を見せる。
「ほぅ、じゃあ部長の指示で拡声器をパクったと……」
体育教師はギロリとキクチを睨みつけるが、すぐさまアズサに向き直る。
「なら仕方ないな……なんて言うとでも思ってんのか? この馬鹿タレが!! 仮にもチアで部長やってたヤツが人のせいにするとは何事だ! ワタシはそんな指導をしてきた覚えはないぞ?」
「いや、ウチもうチアの人間じゃないんスよ? 今は軽音部のヒラですから……」
キクチのバンド名の一件で、鬼の首を取ったような態度だったアズサが、一瞬にしてヘコヘコと小者丸出しである。
「そういう問題じゃない! さっさと返してこい!!」
「は、はい! すぐに行って参ります!!」
アズサは私とキクチを残し、拡声器を抱えたまま体育館沿いを小走りで駆け抜けていった。
「はぁ……まったく、どうしようもないヤツだ。妹尾が迷惑掛けてスマンな? ワタシはアレの顧問をやってた浅山だ」
というコトは、この人がアズサを退部に追いやり、学科を転籍までさせたチア部の顧問なのだろう。
そう思うと、無意識に自分の顔が険しくなってゆくのがわかった。
「あー……その反応を見ると、ある程度の事情は聞いてるか。まぁ隠すつもりもないから言うが、アレに退部を勧めたのはワタシだよ」
「……どうしてですか? アズサがケガをしたからですか? 演技が出来なくても、マネージャーとか指導者として残る道もあったんじゃないんですか?」
後輩とのやり取りを目の当たりにして、アズサが既にチア部に未練は無いと言っていたが、それが本当の気持ちかどうかなんて確証は無いのだ。
アズサだって、きっと続けられるならチア部に残りたかったのではないだろうか?
「チアに残そうと思えば、そりゃ確かに残せただろう……けど、自分が出られない練習を見ている時の妹尾が寂しそうでな。このまま辛い想いをさせ続けるより、教師として……いや、一人の大人として、妹尾には別の何かを見つけて欲しかったんだよ。可愛がってた生徒の高校最後の思い出が、後悔と自責の念だけってのは、やはり辛いモンがあるからな」
それじゃあ先生は、アズサのためを思って部から追い出したというのだろうか?
ホントは辛そうにしているアズサを、自分が見ていたくなかっただけなのかもしれないじゃないか。
「でも……そんなの無責任じゃないですか? アズサの気持ちはどうなんですか? 彼女のコトを考えてるなら、他にも選択肢があったかもしれないのに!!」
語気を強めた私の言葉に、浅山先生は深い溜め息を漏らす。
「あぁ、君の言う通りかもしれないな……結果的にワタシは妹尾を見捨てたようなモノだから」
私に責められても、否定するコトなく、ただただ悔しそうに唇を噛み締めて俯いている。
「ただ、さっきのライブを観させてもらって、ワタシも少しだけ救われたよ。君と一緒に居る妹尾は、チアで部長を務めていた時と同じように笑ってたから……本当にありがとう。これからも、妹尾を支えてやってくれ」
浅山先生は、寂しそうに笑って深々と頭を下げた。
「先生、遅くなりました! ちゃんと元あった場所に返してきました!!」
息を切らしてアズサが戻って来たタイミングで、浅山先生の顔も元の厳しい表情に戻る。
「当たり前だ! 人様のモノを勝手に持ち出していいワケないだろ……まぁ、アレだ、今日は文化祭だから、特別にこれで許してやろう」
直角に近いお辞儀をして、お説教を覚悟していた様子のアズサは、気の抜けたような顔を上げた。
「え? 終わり? 何かペナルティ的なモノも無し?」
「ん? 何だ、罰を与えて欲しいのか? そんなに言うなら……」
藪をつついて蛇を出してしまったと、アズサは怯えたまま浅山先生の顔色を窺う。
「……文化祭、楽しんで来なさい。勝手なコトを言うようで申し訳ないが、ワタシはもう、お前が辛そうにしているのを見たくないんだよ」
アズサの怯えた顔が、今にも泣きだしそうに崩れかけた。
「先生……ウチね、もう辛くないよ! さっきもライブやってさ、先生にも見せたかったなぁ」
「妹尾、一番大変だった時に、力になってやれない頼りない教師で本当に申し訳ない……軽音部でも頑張れよ?」
浅山先生はアズサの肩をポンポンと叩き、私達の方へ背中を押した。
「ほら、急ぎの用があったんだろ? もう行ってイイぞ」
「ヤバっ! 衣装返さなきゃじゃん……先生! 頼りなくなんてないから! 先生が顧問で良かったよ! ありがとうございました」
校舎に向かって駆け出したアズサは、振り返って一礼し、私の手を取ってそのまま逃げるように教室を目指す。
来場客にぶつからないように気を付けながら、何とかアズサの教室前まで辿り着くと行列が出来ていた。
不思議に思いつつ人垣を掻き分けて中に入ると、執事達が満席の教室内を忙しなく動き回っている。
「ちょっと、妹尾さん遅いよ~! 何かわかんないんだけど、スゴイ混んで来ちゃってるから、手伝ってもらってもイイ?」
本来なら落ち着きをもって接客するハズの執事達が、余裕なく疲労困憊の様子である。
ちょうど返却しようと思っていたタキシードのままだったので、私もアズサと一緒にホールの接客に就いた。
「あ、さっきライブでピアノ弾いてた人ですよね? 一緒に写真撮ってもらってもイイですか?」
オーダーを取る間もなく、バチバチと写真攻めに遇ってしまい、困り果ててアズサを探すと、同じように写真を撮られていた。
「スゴい歌上手いですね! チョー格好良かったです!!」
「近くで見るとこんなに細くて小柄なんですね? 声も大きかったし、ステージだともっと大きく見えました!」
「シティーハンターの曲も英語の歌も凄かったです! 今日はもう歌わないんですか?」
アズサは各テーブルで褒められまくって、だらしない顔をしている。
「あー、混雑の原因はそういうコトか……確かに宣伝してくれとは言ったけど、こんなに効果あると思わなかったわ」
開店前に指示出ししていたアズサのクラスメイトが、いつの間にか執事姿で私の隣に居た。
「何かゴメンね? えーと相棒の……」
「あ、羽根澤です! お店が落ち着くまでお手伝いします」
執事喫茶のコンセプトはわからないが、見よう見まねで接客を続けて、買い出し組が戻ってくるまで何とか持ち堪えられた。
「いやぁ~妹尾さん、羽根澤さん、マジでありがとう! チョー助かった!!」
「ううん? ウチも楽しかったし……いっぱい褒められちゃった♪」
こんなにもクラスメイトから頼られて、楽しそうに笑っているアズサは、もう浅山先生が心配しなくたって大丈夫なのだろう。
衣装を着替えたら、私も勇気を出して自分のクラスの手伝いをしようと思った。




