生きとし生ける物へ/森山直太朗
改めて割れんばかりの拍手に意識を戻すと、やっとアズサと私の初ステージが無事に終わったコトだけ理解出来た。
ただ、この後どうして良いかも解らないので、ペコペコと頭を下げながら舞台の真ん中に居るアズサに駆け寄る。
両膝に手をついて、お辞儀とも疲れきった状態とも取れる姿勢で、肩で息をしているアズサが身体を起こし、無言で私に抱き付くと、客席に居たおとなしそうな下級生が『きゃあ』と悲鳴にも近い声を上げた。
女子二人なら百合っぽいけれど、見ようによっては男装なのでBLっぽいその光景は、きっと腐女子達の想像を掻き立てたのだろう。
「あ、そうだアズサ! 模擬店の宣伝しなきゃ」
すべてを出し尽くした様子のアズサを引き剥がし、クラスメイトからの依頼を忘れていると思い耳打ちした。
「あーそうだった! さすがエリカ、ウチ完全に忘れてたよ」
アズサは足元に転がった拡声器を取り上げ、呼吸を整えてフルボリュームで客席に向ける。
「あーあー、えー、ご来場の皆様、3-Cでウチらみたいな、こんな格好したコが接客する執事喫茶やってるんで、ライブの休憩時間にご来店お待ちしてまーす♪ ご清聴ありがとうございました。JESSICAでした!!」
緊張が解けたアズサは、客席に手を振りながら愛想良く舞台袖に捌けてゆき、私はそれに続いてペコペコと頭を下げながら歩いた。
「お前らホント……勘弁してくれよ、心臓に悪いわ。まぁとりあえずお疲れさん」
バックステージで出迎えてくれたキクチは、最後に見た時は鬼の形相だったのに、今は憑き物が落ちたような表情だった。
「へっへっへ! 逃げなかったし会場も盛り上げてやったんだから、ウチとエリカの勝ちだね!」
1組目の演奏時間が押さずにホッとしているキクチに対して、アズサが勝ち誇ったように振る舞う。
「んー、まぁ勝ち負けは別として、演奏自体は良かったんじゃね? 二部構成の前半がアニソンとはいえ、拡声器で歌うとかStone Temple Pilotsのスコットウェイランドみたいだったし、正直あんなに声出ると思ってなかったから」
出番前はあんなにキツい当たり方だったのに、素直に私たちのステージを評価してくれているキクチが別人のようだった。
「え? なんか急に褒めるとか気持ち悪いんだけど!! ストーンなんとかも知らんし……まぁとにかく、当然コレでウチらは正式な部員てコトでイイんだよね?」
肩透かしは喰らったものの、それでも腑に落ちないアズサがさらに詰め寄ると、キクチは腕組みして小首をかしげる。
「えーと……アタシそんなコト言ったんだっけ? まぁ何か勘違いしてるみたいだけど、お前ら普通に軽音部の部員だから。アタシはただ、変に期待してプレッシャー掛けないようにしてただけだし」
記憶喪失か多重人格なのかと思うほど、一転してキクチは話のわかるイイ人になっている……口が悪い印象だっただけで、キクチは特に私達を敵対視してたワケではないらしい。
「勘違い? だってずっとウチらのコト面倒臭そうにしてたし、文化祭でステージ盛り上げたら正式に部員として迎え入れるって……ライブが盛り上がらなきゃ正式な部員になれないのかと思うじゃん!」
「いや……別に盛り上がろうがヘタクソな演奏しようが、ちゃんとライブやって実績残したんだから、普通に部員としては認めるだろ? 面倒臭いのは確かだけど、そうでも言わなきゃ籍だけ置いて何もしないパターンだと思ったんだよ! まぁアレだ、部長ってのは簡単に言うと……嫌われ役なんだよ」
キクチは単純に、部長として適当な演奏や活動をされたくなかっただけで、ライブが出来た私達のコトは部員として迎え入れてくれるようだ。
「じゃあ私達、アニソン歌ったけどクビじゃなくて卒業まで軽音部在籍でイイってコト?」
「舞台で固まった時は焦ったけどな。ホントはどっか後輩のバンドにでも捩じ込んでやろうと思ってたんだけど、ピアノと歌だけであんなライブやられたら、素直に認めるしかないじゃん?」
アズサは驚きの表情で私の両肩をガッシリと掴み、改めて抱き付いてきて背中をバシバシと叩いた。
「エリカやったね! ウチらの居場所が出来たよ!!」
部活に入部出来ただけで大喜びしているアズサは、チア部だけでなく学科まで追い出され、行き場を失った学校生活に余程不安を抱えていたのだろう。
安堵のあまり泣いているのか、耳元で鼻をすする音が聞こえてきた。
「あ、あの……部長!」
舞台の裏手にある搬入口の外から、誰かがこちらに声を掛けてきたので振り返る。
「何? ……って誰だお前ら?」
部長と呼ばれて返事をしたキクチだったが、私もてっきり軽音部の後輩だと思ったその3人の女生徒とは、まるっきり面識が無かったようだ。
じゃあ一体、このコ達は何の用事で声を掛けたのだろうか?
ひょっとして、私達のライブを観て入部を希望してくれたのかも……などと考えていたら、私を抱き締めていたアズサが急に身体を離した。
「いや……ウチもう部長じゃないからね?」
先ほどまでキャイキャイと会話をしていたアズサだったが、今はその顔から笑みが消えている。
「あの、本当にスミマセンでした……私達のせいでケガさせちゃったのに、今まで部長に何も言えなくて……」
会話の内容から、恐らく客席に居たチア部の後輩だろう。アズサがケガを負ったのは、彼女達が原因なのだろうか?
「競技中の事故は、簡単に誰が悪いってモンじゃないんだよ……まぁ、ウチだけで良かったんじゃない? 他にケガ人が出なかったのは不幸中の幸いってヤツでしょ?」
アズサは誰とも目を合わせず、淡々と会話を続ける。
「いえ、アレは私の技術が足りなかったから……」
「違います! 私の集中力が途切れたから……」
「私が受け止め切れなかったから……」
三者三様の弁明を聞かされるが、そのどれにも反応はせず、アズサは俯いたままだった。
「だから私達、顧問にも理事長にも、妹尾部長がチア部に戻れるようにお願いしようと思って!」
後輩3人の、切実な想いを吐露されて沈黙に襲われる。
「アハハ! カモーン!! マジでいい加減にしてよ……ウチ、もうチア部になんて戻らないよ?」
押し黙ったままの後輩に対して、高らかに笑ったアズサは『Piece Of My Heart』の歌詞をそのまま引用して、その申し出を遮った。
「じゃあ……せめて午後から校庭でチアのデモンストレーションあるんで、それだけでも観に来てくれませんか? 私達、まだ妹尾部長にアドバイスして欲しいんです!」
「だから部長じゃないってば! でも午後かぁ……申し訳ないんだけど、ウチ今は軽音部の部員だから、この後もライブ観る予定なんだよね? それから……もう辞めた人間にアドバイスなんて求めなくて大丈夫! みんな頑張ってるの知ってるから、自信持ってやりなよ?」
アズサは顔を上げて、今度はしっかりと後輩達の目を見て返答していた。
寂しさや悲しさを一切含んでいない視線を向けられて、揺るがない決意のようなモノを感じ取ったのか、後輩達は諦めて一礼し、その場を後にした。
「何だよ、結構頼られてたんじゃん……アタシらに気ぃ遣わないでチア観に行ってやりゃイイのに」
やや気まずい空気を打ち破るように、キクチがアズサに声を掛ける。
「んー、正直もうチアに未練無くなったんだよね? キクチのバンドがウチらより盛り上がるか見届けなきゃなんないし……あと、誰かが言ってたけど、部長ってのは嫌われ役なんだよ」
「いや、それさっきアタシが言ったヤツだから!」
キクチは人が良いのか、入部が許された途端アズサからイジられている。
「あは♪ ゴメンね? 部長!」
「お前やっぱバカにしてんだろ? アタシ同級生に部長って呼ばれんのスゲェ嫌いなんだよ!」
先ほどまでの緊迫した空気はどこにも無く、そこでは軽音部の部長とチア部の元部長が、子どものような口喧嘩を繰り広げているだけだった。




