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みそギ!~三十路で始めるギター教室~  作者: ボラ塚鬼丸
Bonus track2~Californication編
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大声ダイヤモンド/AKB48

 今にも泣き出しそうな顔をアズサに向けられて、鍵盤を叩いたコトを少し後悔した。


 軽音部に入り、十分な練習時間が取れないまま本番当日を迎え、朝から男装させられてステージ上に居るなんて、今までの私だったら絶対にあり得ないコトだけれど、そもそもアズサに振り回されたのが始まりだったのを思い出したら、何だか可哀想を通り越して逆に可笑しくなり、つい吹き出してしまった。


 こんな状況なのに私が笑っているのを見て、さすがにアズサも困惑している様子だったので、そろそろ彼女が言っていた『保険』を発動するしかなさそうである。


 無音の時間がやや長引いたコトもあり、会場がざわつき始めたので、大きく息を吐いて気持ちを切り替え、静かに黒鍵を叩く。


 会場に響いたのは、アズサから渡されたコンピレーションアルバムに収録されていた、アニメ『シティーハンター』のエンディング曲である『Get Wild』のイントロだった。


 しばらく弾き進めると、アズサも聞き覚えのある曲だとすぐに気付いたようで、八の字に下がった眉が元の場所に戻り、死にそうだった顔にはすぐさま生気が宿って、何かを決意したようにこちらに頷いた。


 決して派手なメロディではないが、その印象的なフレーズは、たった8小節でアズサを正気に戻すのには十分だったようだ。


 独特なベースラインはピアノで表現するのが難しかったけれど、クラッシックには無いグルーヴを出す練習をしてきた自信もあったし、アズサも歌い出しに向けて足を踏み締めリズムを取っている。


 さすがはソラで歌えると言っていただけあって、歌い出しには難なく成功していたが、何故かアズサはセンターマイクではなく握り締めた拡声器を使っていて、驚きのあまり演奏の手が止まりそうになった。


 アズサの声域よりやや低いメロディラインではあったが、直前までフリーズしていた反動からか、お構いなしに気持ちよく歌っているのでこちらもピアノを弾き続けた。


 ただ、センターマイクではなく拡声器で歌っているため、エフェクターを通したように声に歪みがかっており、ピアノ伴奏だけの歌がロックテイストな印象を強めているのは、偶然の産物というヤツだろう。


 本来であれば有線のマイクを使っているハズであるが、拡声器はその制限を受けないので、調子に乗ったアズサは縦横無尽にステージを動き回る。


 放課後の練習で英語の勉強をしていたせいか、サビ前の流れるような英詞も発音が良く、そのままの勢いでサビの盛り上がりに突入。


 サビはピアノと歌メロのアタックが同じなので、バンドセットではないため演奏が薄くなってしまうという不安要素があったが、アズサがあまりにも堂々と歌い上げているので、会場からはいつの間にか手拍子が起きており、鳴っていないドラムパートは自然と補完されていた。


 これだけ会場が盛り上がれば、何とか開演直後のミスは払拭出来たと思うが、いつまでも『保険』のアニソンを歌わせるワケにはいかないので、演奏を2番には進めずにアニメのエンディングと同じ長さでイントロのメロディに戻す。


 曲が終わりに向かうと、アズサがピアノの近くまで歩み寄っていた。


「エリカ、ゴメン! 会場にチアの後輩が居てテンパった……」


 小声で謝ってきたが、演奏を止めるコトも出来ないので私も小声で返す。


「今はそれよりも歌に集中して! 弾き終わりで元に戻すから、今度はちゃんとセンターマイクで歌うのよ?」


 黒鍵で『Get Wild』のイントロと同じフレーズを弾き切り、4段階で音階を落として『Piece Of My Heart』の頭のコードに持っていくと、平静を装ったアズサがセンターマイクの前に移動しているのが見えた。


 言いつけ通り、拡声器は足元に置いてマイクを握っていたので、安心して演奏を進める。


 原曲ではギターだけが浮き彫りになっているパートをピアノで弾くと、アズサもしっかりと足踏みでリズムを取り始めた。


『……トゥー、スリー、フォー』


 立ち位置も離れているのでお互い声には出さなかったが、歌い出しのカウントは、まるで顔を見合わせているかのような錯覚に陥るほど、呼吸がピッタリと合っていた。

 

 ブレスをマイクが拾うほど、アズサは大きく息を吸い込み『Come On!』と第一声を吐き出すと、それは体育館のスピーカーが壊れてしまうほどの大声だった。


 音響担当者には後で謝りに行くとして、歌声に搔き消されないようピアノのアタックを強め、一転してAメロは囁くような雰囲気に切り替える。


 さっきまで、楽し気に拡声器でアニソンを歌っていた男装の少女が、今度はマイクを使って鼓膜が張り裂けそうになるほど大きな声を出したので、客席は呆気にとられて固まっていた。


 余計な盛り上がりをしているよりも、このぐらいの空気感の方が、感情を爆発させているアズサの歌声を聞き入ってくれるので、かえって好都合である。


 偶然客席に居たチア部の後輩が、スタートでコケた要因でもあるけれど、お陰で今は感情を乗せて歌えるという結果に繋がった。


 小手先で歌わず、エモーショナルに歌うという反復練習をした成果が、傷口を開くコトによって皮肉にも本番で開花したのだ。


 メリハリを付けてボリュームの強弱を駆使し、サビまでの流れを作り上げてゆくアズサは、もうただの音楽初心者ではなく、一端のエンターテイナーのようである。


 再び歌い始めと同じサビに差し掛かると、アズサは押し殺していた気持ちを会場全体に叩き付けるように歌い上げた。


 さらにサビの歌い終わりには、ジャニスが乗り移ったのではないかと思うようなシャウトを放ち、集中を切らさないためかメロディの無いパートもハミングし続ける。


 きっと彼女が人知れず泣いて耐えてきたこの数カ月の、寂しさや辛い気持ちを、歌にして客席に居る"元"仲間にぶつけているのだろう。


 たとえ歌詞の意味は解らなくとも、この感情に当てられて心が動かない方がおかしいとさえ思う。


 間奏のピアノだけが流れている間、アズサは客席に背を向けて口元を抑え、涙を堪えているようだったが、歌のタイミングでマイクの前に振り返ると、そんな素振りは一切見せず、ただただ感情を歌に乗せ続ける。


 彼女に心を揺さぶられたのは会場だけではなかったようで、気付けば私もテンションが高まってしまい、演奏したまま椅子を後ろに蹴って滑らせ、立ち上がって『Break a!』や『Have a!』と、マイクも無いのにコーラスを入れていた。


 アズサが苦しんだ期間を、たった4分ほどの演奏に詰め込み客席に投げ入れて、炸裂させたソレをイントロと同じ後奏で巻き取る。


 すべてを出し切った様子のアズサは、マイクスタンドにもたれ掛かったまま肩で息をして、曲が終わるのを待っている。


 手元に視線を戻し、最後のコードを叩くと鍵盤に汗が滴り落ちる。


 残響が消えてもなお会場は水を打ったように静まり返ったままで、不思議に思ってアズサを見ると、ちょうど私と同じように俯いた顔を上げるところだった。


 止まっていた時間が動き出すように、客席から遅れて突然大きな拍手と歓声が沸き上がり、驚いた私は、よろけて後ろに追いやった椅子に、しがみつくように腰を落とした。

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