The Final Countdown/EUROPE
素人丸出しの初心者が、満員御礼のステージで会場を盛り上げられるなどと思い上がったのが、そもそも間違いだったのだろうか?
客席を覗いてから、アズサと二人で声を失くしたまま、しばらく身動き出来ずにいた。
「……出番まであと何分?」
沈黙を破ったのはアズサだった。
「あと……ちょうど10分かしら?」
舞台袖から見えるバックステージの壁掛け時計は、残り時間を告げてもなお、秒針を進め続けていた。
「ちょっと一緒に来て!!」
アズサは元来た道へ引き返すと、キクチ達には目もくれず、一直線に走り始める。
「ちょ、ちょっと! 一緒にってドコ行くのよ? もうすぐ出番なのよ?」
背中を追いかける私の制止を無視して、体育館の入り口と逆方向へと壁に沿って走り、建物が途切れる間際に出現した金属製のドアをノックした。
「失礼しまーす!!」
アズサに続いて部屋に入るが、中には誰も居らず、無造作にファイルが積み上げられた数台の事務机の他は、ロッカーや棚にジャージなどの備品が並んでいるだけだった。
誰も居ないコトなどお構い無しという感じで、アズサは部屋の中を物色し始める。
「勝手にこんなコトして大丈夫なの? っていうか、ここって何の部屋?」
「ん? ここは体育教官室! ちょっと借りたいモノがあってね……」
一心不乱に何かを探しているアズサにも、一応は私の声が聞こえている様子で安心した。
並んだロッカーを、片っ端から開けては閉じるという動作を繰り返しており、見たコトは無いが手慣れた空き巣のようであった。
「あ、これだ!! ねぇあと何分ある?」
部屋を見回すと頭上に時計があり、長針が11の手前に来ていた。
「あと……6~7分ぐらいかしら?」
「失礼しましたー!!」
人に時間を訊ねたクセに、アズサは私の回答を待たず、無人の体育教官室に挨拶をして飛び出したので、慌ててそれを追い掛ける。
体育館に戻るのかと思いきや、アズサは校庭に並ぶ模擬店のテントに向かって走り、人混みに突っ込んで立ち止まった。
ようやく追い付いて、アズサに声を掛けようとすると、自信に満ちた顔をしてこちらに振り返った。
「何かさ、この格好だったら何でも出来るような気がするよね?」
部屋を物色して手に入れたアイテムを真上に掲げ、アズサは大きく息を吸い込んだ。
「ご来場の皆様! おはようございます!! 模擬店でのお買い物もイイですが、今から体育館で、コチラの男前がピアノ弾きますよー!!」
アズサが体育教官室から持ち出したのは、水色と白のツートンカラーの拡声器だったようで、増幅された大声によって周囲の人が耳を塞いでいた。
「まだまだ文化祭は始まったばかりです! しばらく商品は売り切れませんので、ライブを見逃して後悔しないようお気を付けくださいませ!!」
そう言い放つと、アズサは集まった視線をそのまま誘導するように、また、人混みを行き交う人の背中を手のひらで押し進めながら、体育館へ向けて突き進んだ。
男装の女生徒に、訳もわからず体育館の入り口まで追いやられた人々は、仕方ないといった感じで会場に吸い込まれてゆく。
集団心理とは恐ろしいモノで、人が集まっているところを見ると、何事かと人が人を呼び、気付けば来場客が殺到して、入り口に長蛇の列が出来上がっていた。
アズサと私は、驚きのあまり笑ってしまい、ある程度の入場を見届けてから搬入口に戻った。
しかし土壇場でこんな力業をやってのけるアズサに、今まで友達が居なかったコトが不思議でならなかった。
そのきっかけをくれた上に、私達を別人に仕立て上げてくれたアズサのクラスメイト達には、後で改めて感謝を伝えに行かなくてはなるまい。
集客に安心して再び舞台袖に行くと、時間を気にしてイライラした様子のキクチが居た。
「おい! お前らふざけんなよ!! マジで逃げる気じゃねぇだろうな?」
入りの少ない客席を覗いて走り去る姿を見れば、キクチじゃなくても私達が逃げたと思うのは確かだろう。
「だーかーらっ! 逃げないって言ってんじゃん!! せっかく歌うのに客席がスカスカだったら寂しいから、ちょっと呼び込みしてただけだってば」
アズサの返しに舌打ちしたキクチは、客席を覗いて後退りした。
「何だコレ……半分ぐらい埋まってんじゃねぇか! ……と、とにかくそんなのイイから、さっさとステージ上がれよ!!」
明らかに集客が伸びたのを見て、さすがにキクチも驚いているようだったが、それを悟られまいと強気で私達をステージに押しやった。
背中を押されて、躓きそうになりながらステージに飛び出すと、会場がざわついて一瞬で頭が真っ白になる。
一斉に突き刺さる視線に、自分が普段どんな歩き方をしてたか忘れるほど、緊張がピークに達して喉がカラカラになった。
ギクシャクと油の切れたロボットみたいに歩いて、センターマイクを通過し、やっと奥にあるピアノまで辿り着き、椅子に座ってアズサの方を見るが、こちらを向いているのに目線が合わない。
コレはヤバい……アズサが拡声器を握り締めたままステージに上がってるところを見ると、恐らく私以上に緊張しているのだろう。
さっきあんなに人混みで大声を張り上げていたのに、視線を集めるのは平気でも、集まった視線の先に居るのは苦手なのかしら、などと無駄な分析をしてしまい、演奏するための集中が出来ていないコトを痛感した。
ステージ中央に立ち尽くすアズサの先に、舞台袖で鬼の形相をしたキクチが指をグルグル回して、巻きの合図を出しているのが見える。
タイムテーブルを管理している軽音部の部長としては、1発目から時間が押すなど考えられない失態なのだろう、と、また余計なコトばかり考えてしまう。
仕方がないので、両手をブンブンと振り、会場に会釈してから鍵盤に指を乗せる。
曲が始まればアズサの意識も戻ってくるだろうと、半ばヤケクソ気味にピアノを弾き始めた。
アズサの気を引くため、少し大袈裟なくらいイントロのアタックを強めに出すと、チラリとこちらを見るなり拡声器を両手で支えて構える。
違う! そっちじゃないってば……センターマイクが目の前にあるのだから、わざわざ拡声器で歌う必要なんて無いのだけれど、それを本人に伝えられないのがもどかしい。
とりあえず、二人でテンパっていても仕方がないので、私は冷静さを取り戻して演奏に徹するしかなさそうだ。
アズサは相変わらず客席の方を向いたままフリーズしているが、何度も練習しているのだから、歌い出しはわかっているハズなのだけれど……普段なら大きく息を吸い込むタイミングでも固まったままである。
本来なら、アズサの歌声が会場に響き渡って、客席がドッと盛り上がっている予定なのに、いつまで経っても歌が聞こえて来ない……
何とか誤魔化すしかなくて、イントロを2周してみるが、余計にアズサを混乱させる結果になってしまい、虚しくピアノだけが鳴り響いている。
しばらく弾き続けていたが、コレはもうダメだろうと、諦めて鍵盤を両手で叩く。
『ダーン!』
大きな不協和音が鳴ると、やっとアズサが我に返ったようで、申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ていた。




