10.Eeyore/Slipknot
物販カウンターの脇に棒立ちの俺は、どこを見るでもなく何をするでもなく、ただ酸素を二酸化炭素に変換するマシーンと化していた。
その頃ライブハウスはと言えば、とっくに次のバンドが演奏を始めていたが、数週間後には苦手な歌を人前で歌い、しかも一からギターを覚えなければならないコトだけが頭の中をグルグルと駆け巡っていて、正直何も耳に届いていなかった。
「……でした、ありがとうございました」
大音量が止み、客席が明るくなって、ふと我に返る。
人前でギターの弾き語りするコトが不安過ぎて、バンド1組丸々見落としてるじゃないか。
ハッと頭を抱えていると、ステージ付近で観ていた弦楽器二人が戻ってきて、ミチヨが俺の脇を小突いた。
「次がトリだから。サクラが言ってたから観ておいた方がいいんじゃない?アタシはどうでもイイけど」
「equal romanceだったっけ? うん……考え事で心の余裕が無くて、ひとつ前のバンドには申し訳ないけど何も見えてなかったわ」
「へぇ~悩みとかあるんだ? お金のコト以外なら相談乗ろうか?」
「いや、むしろ返して欲しいぐらい。経済的なコトはアテにしてないけど、ギター弾けるかどうかの相談は、これから死ぬほどすると思うから」
無言でニヤニヤしながら、両手の人指し指で俺を指差してるミチヨの横を、ステージを降りて楽器を抱えた女の子達が、ペコペコと頭を下げながら通り過ぎて行く。
さっきも思ったけど、ライブハウスってどこでもステージ脇に楽屋裏の通路があるワケじゃないんだな。
入れ替わりで、黒ずくめのヒラヒラした衣装を着た、やや近寄りがたい雰囲気の集団がステージに向かう。
セッティング中のBGMも、心なしか絶叫寄りの曲に変わっていた。
楽器の準備が終わる頃には、ステージの前が同じような黒ずくめの集団で覆い尽くされている。
ライブハウス全体が暗転して大きめなボリュームでSEが流れると、ホラー映画のワンシーンのような女性の悲鳴が響き渡る。
雷雨の音に合わせてステージのスポットライトが中央を照らすと、さっきまで居なかったいわゆるゴスロリのような出で立ちのボーカルが両手を広げて立っていた。
雰囲気作りスゴいな。
狂信的な女性ファン達の叫び声にも似た歓声に、近い将来の不安で上の空だった俺は、目の前で繰り広げられるライブに釘付けにさせられた。
歪んだギターのイントロで、轟音がSEからバンドの演奏に切り替わる。
フレーズはずっしりと重たいが音数はそれほど多くなく、どちらかと言えば大人しめな楽曲に、ハイトーンのヴォーカルがやや芝居がかった感じで乗っている。
全員が全員とバチバチの斬り合いをしながら、それでも同じ方向に進んでいくようなサクラ達に対し、このequal romanceというバンドは、演奏者が完全にヴォーカルの引き立て役に徹しているのが大きな違いのように思えた。
ストロングスタイルの新日本プロレスと、エンターテインメントに長けた全日本プロレスの違いみたいなモノだろうか?
そもそもプロレスそんなに詳しくないし、どっちがどっちの例えかわからないけど。
ただ、盛り上がっている客層もやや違っている気がした。
どちらも女の子だけで構成されたバンドではあるが、演奏に関しては男女の差など微塵も感じさせない程の激しさと安定感を誇っている。
と、思ってたら大人しかった演奏が一瞬止まり、ヴォーカルの絶叫がこだまする。
先程までが嵐の前の静けさだと言わんばかりに、楽曲の音数が増える。しかも速い! 速過ぎて何やってるかわからないレベル。
音の波状攻撃とでも言うべきだろうか? ヴォーカルの少女も、打って変わって『演じている』歌い方ではなく、獣の雄叫びの如く低音の野太い声を出している。
ヤダ、何コレ怖イ……
余りの恐ろしさにステージから目を逸らすと、客席側は曲に合わせて少女達が長い髪を振り乱し、頭をブンブンと前後にグラインドさせていた。
昔テレビで『ヘビメタ』と呼ばれる人達がやってるのを観たコトがある、ヘッドバンギングってヤツだ。
唖然としながらも『ヘッドバンギング』と『ネットバンキング』って、ちょっと似てるなとか、これだけの女子が一斉に頭振ってるから、意外とシャンプーのイイ匂いが立ち込めるんだなとか考えながら、非日常的な出来事が目の前で繰り広げられている世界に、いま何故か自分が立たされている不思議を感じていた。




