ピスタチオ大佐と、隣の席の人
ピスタチオ大佐の朝は早い。
午前6時には必ず起きる。
それから、歯を磨き、洗顔もする。そして、栗色の髪についた寝癖をとって、軽く櫛でとく。
髪を整え終えたら、次は朝食だ。
ピスタチオ大佐の朝食はいつも決まって、チェリージャムを塗った食パンとヨーグルトをかけたキウイである。瑞々しさを取り込むための努力は惜しまない。
その次は二度目の肌の手入れ。
起きてすぐにしっかりと洗顔しているため、このタイミングで行うのは簡単な手入れだけだ。日焼け止めクリームをしっかりと塗り込んだり、皮膚に異常がないか確認したりする。
それから、着替えを始める。
服装はいつも前日に決めてあるので、ここで「どれを着よう?」と悩むことはない。
最後に香水をひと振り。
ハンドバッグを手に、家を出る。
◆
「おはようっ!」
ピスタチオ大佐は職場へ行くと、まずは元気よく挨拶。これは、以前何かの本で、「挨拶が印象を決める」と読んだからである。ピスタチオ大佐はそれを取り入れ、習慣とすることで、職場の皆に良い印象を持ってもらえるように努めているのだ。
「おはようございます!」
「おはよー。今日も朝から元気ねー」
「おはっす! センプァイ!」
やる気に満ちた学生のような新人社員。いくつか年上の先輩女性社員。元気だが少々空気の読めないやんちゃ社員。
職場には個性豊かな人がたくさんいるが、その誰もが、ピスタチオ大佐に明るく挨拶を返す。
そこからは、ピスタチオ大佐が自ら元気よく挨拶するようにしている成果を感じることができる。
しかし、ピスタチオ大佐が一番挨拶したいのは、彼らではない。
「あ!」
ピスタチオ大佐が挨拶をしたいのは、隣の席の無口な人。
「おはようございます! 今日も爽やかな朝ですね!」
「……あぁ」
「今朝の十二支占い見ましたか?」
「……見ていない」
「寅年が一位になっていましたよ!」
「……だから? 寅年の知り合いはいないけど」
出社してきたその人に、ピスタチオ大佐は、積極的に話しかけていく。しかし、その人は愛想なくポソリと返すだけ。反応は薄いし、表情も動かないし、ピスタチオ大佐と話すことが楽しくなさそうだ。
だが、その程度で諦めてしまうピスタチオ大佐ではない。
上手くいかなければいかないほど燃える! というのが、ピスタチオ大佐である。
「今朝の星座占い見ましたか?」
「……見ない」
「山羊座が三位でしたよ! 嬉しいですね!」
「……うちの兄は山羊座だけど、どうでもいい」
やはりつれない、隣の席の人。
「今朝の血液型占い見ましたか?」
「……見ていない」
「A型がチョーハッピーとなっていましたよ!」
「……興味がない」
隣の席の人は、愛想ない返しを発しながら、パソコンを立ち上げる。
「昨夜の十二支占い見ましたか?」
「……忘れた」
「寅年が五位でびっくりしました!」
「……だから、寅年の知り合いはいないってば。それに、びっくりの意味が分からない」
ピスタチオ大佐は心の中で小さくガッツポーズ。
というのも、これまで毎日のようにこうして話しかけてきた中で、最も長い返しを貰えたのである。
「明後日の星座占い見ましたか?」
「……未来へはいけない」
「B型が八位になっていましたよ!」
「……何の話か分からない」
パソコンを立ち上げ終えた隣の席の人は、キーボードに手を乗せ、仕事を始める。
「あ、そういえば。2017年の恋愛運について聞きたいですか?」
「……去年の恋愛運?」
「はい! 占いって、特に一年の占いだと、過ぎてから見たいものですよね!」
「いや、べつに……」
コーヒーの香りが漂う職場は、まるで、癒やし空間のようだ。
「2017年の恋愛運、乙女座の女性はベリーグッドでしたよ! ラッキーアイテムは障子、ラッキーフードはミカン、ラッキーワードはコスタリカです!」
そう話すピスタチオ大佐は幸せそうだ。その顔面には、無数の花が華麗に咲き乱れている。
「そう……。乙女座の知り合いいないけど」
「蠍座の男性は、それなりでした。何ともいえません……」
「……蠍座だったの」
「いえ! そういうわけではありません! 蠍座の知り合いは、妹が去年の2月に別れた彼氏です!」
ピスタチオ大佐は、ついに無視されてしまった。
だがそれでも、ピスタチオ大佐は幸せだ。
「ところで今夜、一緒にお出掛けどうですか? 恵美ちゃん!」
「……名前呼びとか止めて」
隣の席の人ーー恵美ちゃんが、そこにいてくれるだけで幸せだ。
ピスタチオ大佐は、そう思っている。