7
「対魔物殲滅組織ユニバース…?」
「そうだ。と言っても、手前にある部分はギルドにもなってるから、ユニバースの人間以外も出入りするがな。奥がユニバースの本部になっている」
ナルは改めて建物を見上げる。
ユニバースという文字の下にある大きな扉は開かれたままになっており、たくさんの人が出入りしているので、そっちが正門なのだろう。けれど、それよりも右側にある出っ張った建物にも大きめの扉があった。そちらからはなんだか美味しそうな匂いが流れてくる。
「そっちの方は誰でも入れるカフェ兼食堂になってるんだ。中からも入れるぞ」
ナルがそっちの方を見ているのに気づいたアレックスが教えてくれる。
「中にもユニバース専用の食堂があるが…、先にここで飯にするか?」
そう言われて、朝から何も食べてなかった事を思い出したナルは頷いた。
「らっしゃい!おー、こっちで食べるのは久しぶりなんじゃないのか、アレックス」
厨房の近くの席に座ったアレックスに声をかけたのは、可愛いウェイターではなく、ガタイの良い男性の料理人だった。
「そうだったか?」
「そうだよ。おめぇ最近はずっと中で食ってんだろ。他の奴も来ねぇし。たまにはこっち来いよ。おめぇらがいねぇと女性の客が減る」
「だから嫌なんだよ。ジロジロ見られながらじゃ、ゆっくり食べられやしない」
今も顔を赤らめた女性達が、チラチラとこちらを伺い、ヒソヒソと喋ってるのに気づいたナルは後悔した。
我儘を言ってしまっただろうか。我慢すれば良かった。
「ナル、お前が気にする必要はねーよ。今日はお前がいるし、久々にこっちでも良いかと思っただけだ」
まるでナルの心の中を読んだかのように、何も気にする必要はないと言うアレックス。
「…ありがとう」
ナルの事を気にかけてくれる人はそういない。なので、照れて小さめの声となってしまったが、アレックスにはちゃんと聞こえたようで、ワシャワシャとナルの頭を少し乱暴に撫でた。
「んで、さっきから気になってたんだが、そっちの坊っちゃんは?もしかして隠し子か?」
「そうだ」
「な!?いつの間にっ!」
「…冗談だ」
したり顏のアレックス。
「おまっ!脅かすなよ!」
「隠し子ではないが、俺の養子になる。ナルだ」
ピョンっと椅子から降りると、ナルは頭を下げた。
「初めまして、ナルと申します。宜しくお願い致します」
「お、おう…。宜しく。俺はここの料理長をやってるストダムだ。──アレックス、おめぇが子育て出来んのか?この子えらく礼儀正しいぞ?おめぇにゃ勿体ねぇんじゃねぇか?」
最後はアレックスに顔を寄せてヒソヒソと話すストダム。
「うるさい。大体お前には関係な──」
アレックスが続けようとした時。
ガンッ。
「イテッ!?」
「サボり過ぎです、料理長。さっさと厨房へ戻って下さい」
そこにはお盆を持ったウェイターのお姉さんが冷ややかな表情で、料理長であるストダムを見上げていた。
「何だよ、久しぶりに会ったんだぞ。せっかくの再会を邪魔するつもり──あー、はいはい。分かってるって。ちょっとした冗談なのにおめぇにゃ全然通じねぇな」
話してるうちにだんだん冷気が漂って来そうなくらい、無表情になっていくお姉さんを見て、ストダムはポリポリと頬を掻いた。
「悪りぃな、アレックス。また今度、ゆっくり酒でも飲もうぜ」
「そうだな。邪魔して悪かった」
「邪魔したのは俺だがな。──注文はどうする?今日は魔物の肉は入ってないが…。メニュー見て決めるか?」
「俺は適当に作ってくれ。朝も食ってないから、朝食兼昼食にする。ナルはどうする?何か食べたいのはあるか?」
手渡してくれたメニュー表を見るも、料理の名前を知らなかったので、ナルは何が何だかさっぱり分からなかった。
「わ…俺もアレスと同じ物でお願いします」
「同じ物だな!嫌いな物とかあるか?」
「ないです」
「そりゃあいい!作りがいがあるってもんよ!量はアレックスより少なめにしとくが…大食いとかじゃないよな?」
「はい、少なめでお願いします!」
「任しときな!んじゃ、ちょっくら仕事してくるわ。ゆっくりしてけよー」
手を振りながら厨房へ帰って行くストダムを見送り、アレックスは頬杖をついた。
「なぁ、ナル。ここの奴らにはそんな堅苦しくしなくても大丈夫だぞ」
「え?」
初めての食堂ということもあり、キョロキョロと周囲を見回していたナルには、アレックスの言葉は届いてなかった。
訓練を受けていれば嫌でも口調は荒っぽくなるだろうし、礼儀正しいナルを見るのはこれから先ないかもしれない、と思ったアレックスは話題を変えた。
「いや…、ここの奴らはみんな良い奴だって話さ。それよりも、そんなに見て食堂が珍しいのか?」
「初めて来たから…」
食堂では当たり前の光景だが、沢山の人が食事をしているのをナルは初めて見た。
冒険者風の人達はテーブル一杯に料理を並べ、ガツガツと平らげてはすぐにおかわりを注文している。
2人組の女性は笑い合いながらも、美味しそうに料理を口へと運んでいる。
ある家族連れは、父親がまだ幼い子供を膝に乗せ、ご飯を食べさせている。子供はキラキラした表情で口一杯に頬張っていた。
どのテーブルでも笑顔の人が多かった。
いつも1人で食べていたナルは、この光景が衝撃的だった。
「お待たせ致しました。こちら、本日の“料理長の気まぐれ”です」
2人の目の前に置かれたのは、サラダとメインである肉、それにパンとスープだった。肉は鉄板の上に置かれ、ジュワジュワと焼ける音と共に香ばしい香りが漂ってくる。
「ア、アレス。料理から煙が出てるよ!」
ホカホカと湯気を立てて出てきた料理にナルはびっくりする。
「湯気だ。何だ、そんな事も知らないのか…?」
「湯気…」
「熱いから気をつけろよ」
まずスープを口にしたアレックスを見習い、ナルもスープの器を手にした。
「熱っ」
思わず手を引っ込めたナルを見てアレックスは笑った。
「だから言ったろ。スープも熱いからな、冷まして飲めよ」
言われた通り、ふーふー冷ましてからそっと口に含むと、濃厚でそして優しい味がナルの喉を滑り降りていった。このスープのメインはキノコだろうか。
「美味しい…」
ナルが温かい料理を食べるのは、初めての事だった。
離宮にいた時は、メイドのケイティが王宮から運んで来てくれてる内に冷めてしまっていたし、王宮にいた時は、使用人達の嫌がらせの一環として、温かい料理は出してもらえなかった。でも、それが当たり前だったラティアは、それが嫌がらせだと気付いていなかった。料理とは冷たい物だと思っていたのだ。
ヨハネス先生といた時は、ヨハネス自身がまさかラティアが冷たい料理しか食べていないとは知らず、図書室だった事もあって、サンドウィッチなどの軽食しか用意してなかった。
「あったかい。ね、アレス。美味しいね!」
「……そうだな」
あまりにも美味しそうに食べるナルをアレックスはジッと見ていたが、笑顔で顔を上げたナルにアレックスも笑みを返す。
周りから「キャア!」と小さな悲鳴が聞こえたが、ナルは食事に夢中で気付かず、アレックスは気にせずに、2人は温かい料理に舌鼓を打つのだった。
* * *
「悪いが身分証の前に、お前をここのトップに紹介しておく必要がある」
食事を終えた後、アレックスにそう言われ、ナルはもちろんと頷いた。
ギルド受付の横に大きな通路の傍に立っている、金髪のメイド服を着た女の子にアレックスは紫の小さな宝石がついた指輪を見せた。
「アレックス様、お帰りなさいませ。そちらの方は?」
「俺の養子になる、ナルだ。イーサンの許可をもらい次第、ここの一員になるから覚えといてくれ」
「かしこまりました」
パッチリとした可愛い目に、陶器のような白い肌。そして、ぷっくりとした小さな唇。ナルより頭1つ分くらい背が高いその子は、まるでお人形さんのようだ。
「かわいい…」
「なんだ、惚れたか?だが、残念。こいつは魔導機械だ」
「魔導機械?」
「そうだ。ここの研究員が作った魔術で動く機械なんだ。主に不法侵入者の管理をしている。こいつは、ヒナって名前だ」
「初めまして。これからよろしくお願いしますね、ナル様」
「よっ、よろしくお願いします!ヒナさん!」
「ふふっ。呼び捨てで構いませんよ」
ヒナと別れた後、アレックスの後について更に奥へ進む。階段を上り、人の多い所を横切ったりして、辿り着いたのは、とある扉の前だった。
「イーサン、いるか?入るぞ」
コンコンとノックしながら、返事も無いのに勝手に扉を開け中へ入って行くアレックス。
ここはギルドの奥にある、ユニバースの本部となる部分の一室だった。
お前も来いと目で促され、恐る恐る後へ続いたナルが見たのは、書類で山積みになった机だった。
「ん?あー、アレックスか。お帰り。今回はどうだった?」
優しそうな声が聞こえるが、書類が山積みで、ナルにはその人の姿が全く見えなかった。
「場所のズレが少々、ってとこだな。時間はほぼピッタリだった」
「そうか。まだまだ調整が必要だな。規模と被害は?」
「ミニだった。下級の下位が一体で終わり。被害はこいつのおかげで無事防げた」
ポンっと頭に手を置かれグリグリ撫でられるが、それは向こうからも見えてないだろう。
「こいつ?」
案の定、カタリと音を立てて立ち上がったので、ナルの事は視界に入ってなかったようである。
その人は銀髪のサラサラとした長い髪を後ろに流し、アレックスよりも薄めの青い目を持っていた。
「子供…?──アレックス、まさか誘拐…」
「してねーよ?」
何を言い出すんだと言わんばかりに、片眉を吊り上げるアレックス。
「ナルだ。こいつがいなかったら1人死んでた。──度胸のある奴だ。俺の養子にする」
「は…?…この子の親はいないのか?」
「要らないと言われたんだと」
アレックスにイーサンと呼ばれたその男性は目を剥いた。
「は?それだけで連れて来たのか?その子の親は探しているかもしれないんだぞ?!ただの家出の子を連れて来たも同然じゃないか!早く帰して謝って来るんだ!」
「やだ!!!」
兄達以外誰もラティアの事を見てくれない、あの空間に戻るなんて冗談じゃない。
思った以上に大きい声で叫んでしまったナルは、自分でビックリして固まってしまった。
そして、気まずげに口を開く。
「あの……帰りません。アレスが俺を立派な人間に育ててくれると、約束、してくれたので…」
「……」
イーサンはナルをジッと見た後、黙ってアレックスを睨みつけた。
「悪いな。もう約束しちまったんだよ。今更帰すなんて言えねーんだ」
しばらく2人が睨み合った後、フゥっと息を吐いて折れたのはイーサンだった。
「ったく…。ちゃんと面倒見てやれよ。後、その子の親の事はお前が片を付けろ」
「分かった」
「あの、それは大丈夫です。多分探してないはず…ですから」
「そうなのか…?だが、こちらにも大人の事情があるんでね、ご両親と話はさせてもらうよ。ご両親の事、教えてくれるかい?」
とは言われても、ナルの両親はイースグレイ王国の国王夫妻であり、ナルは今、男装中だ。話せる訳がないので、首を横に振るしかない。
「そうか。なら、こちらで勝手に探させてもらう。君の両親が見つかり次第、君の事を話し、場合によっては即座にご両親の元へ返す。いいね?」
ナルが俯いてしまったのを見て、アレックスは口を出した。
「イーサン、ガキにそんな言い方しなくても良いんじゃないのか?こいつは、両親に虐待を受けていた可能性もある」
「分かってる。でも仕方ないだろう。場合によってはこちらが犯罪者になりかねないんだ。それはお前も分かっているだろう?」
「罪は俺1人で被る」
「ほう?結構な心意気だが、お前はユニバース所属だ。罪になればユニバースにも、そのトップに立つ私にだって責任は問われるんだ。だから未然に防げる事なら何でもする。──まぁ、この子の両親が、血なまこになってこの子を探していなければ問題はないさ」
その時はずっとここに居れば良い、とウインクしてくれたイーサンを見て、悪い人ではないのだとナルは思った。




