62 ディナンシェの過去③
「自分が犠牲になるつもりか?」
目の前で剣と斧がぶつかり合う甲高い金属音とその声で、ハッと僕は現実に戻った。
「いや〜。別にお前が死んでも魔物が死ぬわけじゃないし、お前が死んだからってこいつ、止まんないからな?分かってる?逆に力与えるんだよ?いや別に、一人食ったからってそんなに強くなる訳じゃないけど。腹減ってるとこに飯食ったら元気出るだろ?それと一緒。それに犠牲者増やすとか、したくねーしなぁ。はぁ。魔物退治は俺の仕事だし……」
やれやれと魔物の斧を剣で受け止めたまま肩を竦めてそう言うのは、さっきオッサンズパーティーと一緒にいたシュカだった。
「何で……」
何でここにいるのか。何でただの荷物持ちが魔物の斧を短剣で軽々と受け止められているのか。
それに、ついさっきまで見ていたシュカとは全くの別人のようだ。髪はボサボサで、眼鏡と前髪のせいで見えない目は変わってないけれど、ピンと背筋を伸ばした立ち姿が全然違う。
「大体、気配察知がそこまで優れてるのに自分が犠牲になりに行くだけとか勿体なさすぎる。まずは報告だろ。報告。それでもギルドに所属してる一員か。──はぁ、仕方ない。お前、俺がこんなことしてんの誰にも言うなよ?」
僕が返事をする前に力で押しきったのか、魔物を遠くへと弾き飛ばした。ズガァァァァンと、木々をなぎ倒しながら物凄い勢いで吹っ飛んでいった。
「さて。ゲートはどこかな?」
次に見たシュカは、黒髪を後ろで一つに纏め、前髪をかき上げた姿だった。その顔は予想外のイケメンだ。
そんな彼に向けて、遠くから大量の水魔法が飛んでくる。このままじゃ僕も…………。
「っ!!?」
「おっと……、やっぱ君からだな」
僕を軽々と脇に抱えて空中に飛び上がったシュカは、スッとメガネを遠くへと放り投げた。
「あっ……」
「ははっ!メガネの心配か?ダイジョーブ!演出みたいなものだし」
そのまま手を振りかぶって短剣を魔物に投げつけた。その威力は普通じゃない。
紫色のモヤを纏った短剣は、吸い込まれるように魔物へと向かっていき、爆発した。
「んー、まずまず」
あの魔物が……。一撃……。
地面に下ろされ呆然としていると、シュカがどこかへ消え、いくばくもなく戻ってきた。
「よし、ゲートも壊したし。じゃ、行くか」
「どこに……」
ポロリと、零れた言葉だった。何かを意図した訳では無い。死の瀬戸際に立って、本当に、ポロリと漏れてしまったのだ。
「いるだろう。お前を待ってる者たちが」
首を傾げるシュカに僕は首を横に振った。
「さっきのパーティーは?良い奴らだと思うが」
「確かに優しい。けど、僕はパーティーメンバーじゃない」
何やら考え込むシュカに、僕は思わず今まで溜まってた想いをぶち撒けてしまった。
「姉さんは僕を置いて先に死んじゃったし姉さんを殺した魔物が憎くていっぱい修行したのに怖いし殺されかけるし。強くなりたい……。なりたかった。間に合わせたかった。助けたかった。もう全部遅いけど……。姉さんじゃなくて僕が死ねばよかったのに……。──姉さん、次の日結婚式だったんだ……」
それはきっと、僕の事を知らない第三者だったからこそ、言い易かったのだと後になって思う。
ボロボロと涙が溢れるのを止められない。
「あーーー、泣くな。慰め方は知らないんだ」
そうは言いながらもぎこちなく頭を撫でてくれる手が優しくて。姉さんの事を思い出して更に泣いてしまった。
「あのパーティーにも入る気がないなら、俺の所へ来るか?俺がお前を拾ってやる」
暫くして落ち着いた後、シュカから思いもよらない提案をされた。
拾うってなんだよ、とは思ったけど、この人について行けば間違いないとどこかで確信してしまった自分がいて。思わず差し出された手を取ってしまった。
それが、僕が研究組織ユニバース、のちに対魔物殲滅組織ユニバースとなる機関へ仲間入りした瞬間だった。
「ほら、じゃあ行くぞ」
シュカの言葉にどこへ行くんだろうかと首を傾げる。もう街を出るのだろうか?
「荷物だけ取ってきても良い?」
「?何言ってんだお前。まだ今日出発する訳じゃないぞ。お前、約束があるだろ」
約束……?
「あ」
言われて思い出した。
「約束はしっかり守らないとな。街は出る事になるからしっかり挨拶しとけよ」
「うん」
「あと、俺の事笑うなよ?」
何の事か分からなかったけど、一つ言い忘れてた事を思い出してその言葉は流してしまった。
「あの、助けてくれてありがと」
「どーいたしまして」
ふっと笑ったその笑顔が僕から見てもすごいイケメンだった。
* * *
無事に街へ辿り着き、オッサンズパーティーと合流した僕は肩が震えるのを必死で堪えていた。
シュカは括っていた髪をほどき、どこからか取り出したメガネを身につけていた。先程見たピンとした姿勢は忘れたとでも言うように、今は猫背気味だ。しかも挙動不審。
さっきまで何でなんとも思えなかったんだろうというくらい、面白い。人が違いすぎる。
「ったくよー、いくら何でも遅いっつーの。こっちは腹ペコなんだからな?しかもシュカと一緒に来るとか……。お前ら、いつの間に仲良くなったんだ?」
いつも通りに返しながら、笑いを堪えていると、オッサンズパーティーが見ていない隙を狙って足のスネを狙って蹴りを放ってくるシュカ。手加減してくれてるのでそこまで痛くはないけど、その俊敏な動きと、パーティーが振り返るたびにおどおどする演技で余計に笑いを誘った。
酒場に入り、他愛無い話を聞きながら食事をする。
「僕、この街を出るよ」
話が落ち着いてきた所でそう告げると、リーダーのコモンはジッと僕を見た後、酒をグビッと煽った。
「そうか」
「もう、大丈夫だから」
大きな手が、頭をグシャグシャに撫でまわしてくる。
「……っ、ぞうか……」
チラリと見上げると、リーダーが目に涙を浮かべていた。その肩にポンと手を乗せたケインが優しい目をして僕を見た。
「ディナンシェが決めたんなら仕方ないな。それに、さっきより良い顔してる。これなら安心だな、リーダー?」
ああ、こんなにも大事にして貰ってたのに。僕は何で気づけなかったんだろう。
「どこへ行くんだ?」
「それは……」
ギュアゲッシモに聞かれて言葉に詰まった。どこへ行くのかは僕も知らないから。助けを求めてチラリとシュカを見上げると、彼は目を逸らした。
ってオイ!目ぇ逸らすなよ!
「旅、してみようかな……と」
「旅!それは良い!!!世界を見て回るのは凄く良い事だ!!!」
「そうかぁ〜、旅かぁ〜」
苦し紛れの言い訳だったけど、反応は上々だった。
「ぼっ僕が途中までご一緒させてもらう事になりました」
「ッ、ぞうか!任ぜたぞ!」
シュカがオドオドとそう言うと、バシィッとリーダーがシュカの背を気合いを入れるかのように叩いた。泣いているのを誤魔化す為でもあったのかもしれないが。
うぅっ、とシュカが痛そうに呻いているのは絶対演技だ。
「何なら、次の街まで一緒に──」
「行かないからな!」
翌日。
「いくら何でも今日出発するって早すぎるんじゃ……」
頭を抱えてるリーダー。だけど、僕は気にしない。
「思い立ったが吉日って言うだろ」
「それでもなぁ……」
「まぁまぁ、リーダー。良いじゃないか。──ディナンシェ、元気でな」
ケインは少し屈んで目線を合わせてくれる。
「うん、ケインも」
「バカな事しでかして死ぬんじゃねーぞ」
ギュアゲッシモにはデコピンをされた。
「いたっ。ギュアゲッシモこそ女の子にモテなくなるよーな言葉遣い、直した方が良いと思うよ」
「このやろう!」
「男児は元気が一番!走り回って風になれ!子供は風の子、元気な子!だ!!!」
「サンドラ、僕はもう子供じゃないんだけど……」
シュカもそれぞれと挨拶しているようだ。短い間だったけど助かった、とお礼を言われ、彼はあわあわとしていた。やばい。また笑いそうだ。
「ディナンシェ」
「ん?」
ガシッとリーダーの両手が肩に置かれ、目を合わせられる。
「無理するんじゃないぞ。飯は毎日しっかり食べろ。そんでしっかり寝ろ。洗濯は小まめにしろよ。辛くなったらいつでも俺たちの所へ帰って来たら良い。勿論、辛い時だけじゃないぞ!好きな時に来たら良いからな!」
勢いの凄さに僕は思わず笑ってしまった。
「お前は僕のとーちゃんかよ」
僕の言葉にリーダーはふっと笑う。
「そうかもな」
「なんだそれ」
二人で笑い合って、最後にはしっかりと握手した。
「──ありがとう」
「元気で」
「そっ、そろそろ行きましょうか、ディナンシェさん」
僕は頷いて最後に四人を全員を見上げた。
「じゃーな!四人の騎士」
「なっ!お前っ!俺らのパーティー名覚えてんじゃねーか!!!」
涙ぐみながらも、見えなくなるまで手を振り続けてくれる彼らに、僕も最後まで手を振り続けた。
* * *
「あ、ちなみに俺の名前、シュカじゃないから」
「ハ?!」
街が完全に見えなくなり、人が全くいない道から森にそれた所で、変装を解いたシュカは思いもよらない発言をした。
「シュカは偽名。本当はシュエルって言うんだ。これからよろしくな、ディナンシェ」
「ハァ!?」
「よし、じゃあ転移するから掴まって」
「ハァアアア!!?意味分かんないからっ!!!」
転移なんて普通出来るもんじゃない。まるで散歩にでも行くような気軽さに、僕は叫んだ。
──ちなみに初めての転移で僕は酔った。




