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イースグレイ王国の幽霊王女  作者: しろ
二章 嵐の前の、大切な日々
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58 シュエル隊長と⑤




 クランプは森の奥深くにある小さな集落で暮らしていた、腕に多少の自信があるごくごく普通の男だ。

 口下手な為、どちらかと言うと無口だったが、美人な嫁をもらい子宝にも恵まれて順風満帆で幸せな日々を送っている。

 ──そう、本人は思っていた。妻が息子を連れて家を出て行くまでは……。

 きっかけは集落までたまたまやってきた曲芸団の存在だった。

 彼らはこの集落から西にある大きな街に行こうとしていたらしい。だが旅の途中でモンスターに遭遇し、戦いながら逃げたことで道に迷ってしまったという事だった。


 曲芸団は数週間の滞在と毎日の食料を少し分けてもらう代わりに芸を披露した。

 村人たちは彼らの事を大いに歓迎した。日常に突然楽しませてくれる存在が現れたのだ。のめり込んだ人々も決して少なくはなかった。それは彼の妻と息子も同じだった。

 クランプ自身は森で狩猟を生業としていた為、彼らの芸を見た事があるのは一回だけだった。それでも大いに感動したものである。

 それを日常的に見れることになった彼女たちの感動はクランプには計り知れない。


 家に帰ると毎日曲芸団の話を妻と息子がしてくれる。それを嫌だと思ったことはなかった。むしろ嬉しく思ってさえいたのだ。

 なのに。


 「あなたって毎日同じような返事ばかりよね」

 「──そうか?」

 「そうよ。あなたに比べて彼は……」


 そこでポッと頬を染めた妻に疑問を抱き色々と聞いてみたら良かったのかもしれない。まさか妻が家を出て行くなんて夢にも思っていなかった為、何の気にも止めなかった。


 数日後、曲芸団の出発が決まった。何人かの村人が案内の為、彼らについて行くと言う。

 彼らの出発の前日の夜、妻がぼんやりと言った。


 「ねぇ、あなた。久しぶりにあれが食べたいわ。あの山奥の」


 ああ、彼女が好きなキノコか。片道二日かかる山奥に生えている珍しいキノコだ。


 「明日で曲芸団の方たちが帰っちゃうでしょ?そうしたら楽しみが無くなっちゃうじゃない?だから久々に食べたいなぁ〜って思うんだけど……、良いかしら?」

 「僕も食べた〜い!」

 「この子もこう言ってるし、取ってきてくれない?」

 「ああ、分かった」


 頷いたクランプ。破顔する妻と大喜びする息子を見てクランプも自然と笑みを浮かべた。

 翌日早朝、曲芸団より一足先に出発する事にしたクランプは、妻と一緒に曲芸団に挨拶をしに来ていた。


 「みんな喜んでたよ、ありがとう。またいつでも来てくれ」

 「えっ、いえっ、喜んで頂けたんなら幸いですっ!」


 ニカッと笑った爽やかな好青年は、クランプに握手した後、チラッと妻を見て照れたように笑った。


 「行ってくる」

 「気をつけて」


 妻と軽くハグをして、二人の喜ぶ顔を頭の中に浮かべながら森の中へ入っていった。それが妻を見た最後の姿だった。




 数日後。帰宅したクランプが家に着くと、家の中はがらんとしており、机の上に一枚の手紙が置いてあった。


 ごめんなさい。私たちのことは忘れて幸せに暮らして下さい。


 たった二言。それだけが書かれていた紙を、くしゃりと握りしめる。

 後悔した。悲しかった。気づかなかった自分に嫌気がさした。でも、怒りは湧かなかった。

 仕方ない。

 その一言では到底表せない言葉だったが、無理に自分を納得させるよう努めた。

 小さな集落だ。あっという間に噂は広まる。クランプの妻と子以外にも何人かついて行った者もいるようだったが、全員が独身の者たちだ。


 数日後。彼は集落を旅立つ事にした。


 妻たちを追うわけではない。

 追ったところでどうにもならないし、見苦しいだけだろう。彼女は決意したのだ。クランプの元から離れると。彼女の意見を尊重すると言ったら聞こえは良いが、その実ただ諦めてしまっただけである。


 街に出て来てからは当てもなく、護衛の仕事をこなしながらあちこちを転々とした。

 世界を見て回るのは楽しかった。でも仲間はおらず、寂しさは確かにあった。




 先に昼ご飯にしようと準備している、目の前の三人を見やる。手伝いをしようとしたら笑顔で断られてしまった。今の内に考えろと言う事だろう。

 目の前にいる子供たちは正直かわいい。庇護欲のようなものが湧いてくる。でもあまり心を開いてくれてる訳ではないのは、彼らの保護者であるシュカとのやり取りを見れば分かる。

 シュカはとても気の良い奴で、俺たちはすぐに意気投合した。


 このままここで断ったら、いつもと変わらない日常が繰り返されるはずだ。彼らとももう会うことはないだろう。

 それで良いのだろうか。


 ──いや、嫌だな。


 「行く」


 昼食の準備をしていたシュカは、ふと顔を上げて笑った。


 「じゃあ、食べ終わったら行きましょうか」


 と言うより、ちょっと待て。そんな食材持ってなかったはずなのに、どっから出してきたんだ。

 「収納魔法ですよ、すぐに覚えてもらいますね」とあっさり言うシュカに俺は頭を抱えた。収納魔法を覚えることができる人間なんてほんの一部だ。使えるならあの量の荷物を背負わなくても良かっただろう……。


 それからの行動は早かった。昼食を食べ終えた後、さっきのモンスターの親玉を倒さないといけないという事で、森の中を進む事になった。

 いつモンスターが現れてもおかしくない森の中。しかも街道からは遠く離れてしまっている。誰だって緊張して周囲の様子を確認しながら進まないといけない。

 だが、この三人、緊張して周囲を伺うどころか雰囲気は完全にピクニックだ。

 モンスターの気配が……と、構えた瞬間に襲ってきたモンスターは、一瞬で倒されていく。その手に持つ剣は、つい先程まで持っていなかったずだ。それも収納魔法に入れていたのだろうか?


 それにしても、進むスピードが速い。

 崖から落ちたのが、山の中では無く森だったのは幸いだ。山だと急斜面になっている所も多いから進みにくかっただろう。とは言っても森の中。当然整備された道などない。木の枝や木の根は好き勝手に伸びている。それを何の苦もなく、すいすいと進んで行くのだ。こちらはこんなにも息切れしているというのに。


 「あ、行ってきて良い?」

 「俺が行く」

 「二人で行っといで。俺たちはゆっくり行くから」


 何かを見つけたらしい三人だが、分からん。遠くに何かの気配……、これか?いや、分からん。こんな自分で本当についていけるようになるのかという不安を抱えながら、袖で汗を拭う。


 「大丈夫です?」


 こんなモンスターが蔓延る森の中で、二人の子供を何でもないことのように送り出したシュカは、子供たちより俺の方が心配な様子だ。

 情けない。

 一つ大きく深呼吸し、頷く。だが無理をしていることはお見通しだったのだろう。


 「少し休憩してから行きましょう」

 「いや、それでは子供たちが……」

 「だいじょーぶ」


 心は急いていたが、先の戦闘もあり身体が思うように動かせないのもまた事実だった。今のままでは確実にお荷物だ。子供たちは大丈夫だというシュカの言葉を信じ、休ませてもらう事にした。


 そして暫くして、二人が帰って来た。手には巨大な何かの目玉を持って……。







* * *






 「無事を伝えられて良かったですね」

 「モンスターも倒せたし、一石二鳥!今回の授業は及第点にしとこうか」


 無事モンスターを倒した後、転移魔法で街の近くまで移動した四人。転移魔法の酔いと疲れもあってか、気絶してしまったクランプさんをシュエル隊長が背負い、街の中の宿まで直行。そこで一泊し、昨日街に着いたという商隊の依頼主であるディッターさんに会いに行ったのだ。

 彼は四人の無事を心から喜んでくれていた。依頼達成はクランプさんの分だけでいいと言ったのだが、結局彼はシュエル隊長が受けた分も依頼達成としてくれた。そして危ない目に合わせてしまったお詫びとして、ナルとラウルに一枚ずつカードをくれた。


 「何かあったらうちの店でこのカードを出すといい。一度だけ、私が叶えられることならどんなことでも叶える券だ」


 二人は固辞したが、ディッターさんも譲らなかった。見かねたシュエル隊長が、「ありがたくもらっておきなさい」と言った一言で、ありがたくもらうことになったのである。

 お礼を言った二人にディッターさんはニコニコ顔だったが、危険な目に合ったとは思っていない二人は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 





 近くにあった小さな喫茶店で昼食をとった四人。お昼の時間はとっくに過ぎていたので、他の客はほぼおらず、食後の紅茶を飲みながらゆったりとした時間を過ごしていた。


 「ナル、ラウル、今回の授業の目的は覚えてるか?」

 「シュエル隊長の趣味と俺たちの身を守る為です」

 「ははっ、そうだな。じゃあ、何故これが二人の身を守る為になると思う?」

 「人の本質を見抜く訓練だから……?」


 首を傾げながらのナルの言葉にシュエル隊長は頷く。


 「それもあるね。ただ、数日間一緒にいるだけでは本当の本質なんて見えないだろう。人は欲深い。君たちがいくら強くても、まだ子供である事に変わりはない。狡賢い大人には敵わないこともあるだろう。それはただ単なる強さではどうしようもないってことさ」


 ラウルは考えるように言う。


 「何考えてるのか分からない奴がいた」

 「そうかもな。大人だって矛盾したことを言ったりする。ラウルは助けてくれようとした人の事を言ってるんだろう?」


 こくりと頷くラウル。


 「あれは心配してくれてたんだと思うよ」

 「心配?迷惑そうにしてたのに?」


 心底訳が分からないといった様子のラウルに、シュエル隊長はポンと彼の頭に手を乗せる。


 「最初はいくら嫌味を言ってたとしても、一緒に過ごせば情が湧くこともあるって事さ」


 それでも納得いかない様子のラウルに、「いつか分かる時が来るさ」と笑ってラウルの髪の毛をわしゃわしゃと撫でた。


 「まぁ、要するに、俺が今回の授業で言いたかったのは、君たちの力を知っていいように利用しようとする人間がいるから、力を見せない方がいい時もあるってこと」


 素直に頷く二人にシュエル隊長は微笑む。


 「いいかい。力があるからって過信してホイホイと知らない人について行ったりしたらダメだよ。何があるか分からないからね。だからと言って俺たちが言うことを信じすぎることもいけない。なんて言ったって俺たちも所詮は人間だから。間違ってないとも限らない。きちんと自分で見て、聞いて、考えて、そして判断することが大事だよ」

 「「はい!」」


 シュエル隊長の言葉に二人はしっかりと頷く。


 「さぁて、俺の授業は終わり!帰ろうか。クランプさんは他の荷物、別の宿に預けてたりする?」

 「いいや、今持ってる物で全部だ」

 「オッケー、そのまま帰れるね」


 頷きながらも、んー、と少し考える素振りを見せるシュエル隊長。


 「クランプさんは転移魔法塔で帰った方が良いかな」

 「えっ、あれは高額なものだが……」

 「俺が出すから気にしなくていいよ」

 「それに俺はってことは、三人はどうするんだ?他にやる事があるなら俺も──」

 「何もないしパパッと帰るだけだよ〜。一緒に行きたいならそれでも良いけど?」

 「一緒に行かせてもらう」

 「そぉ?じゃ、行こうか」


 意地の悪い笑顔を見せたシュエル隊長だったが、それにクランプさんは気づいてない様子だ。




 人目のつかない森の中からユニバースの野外訓練場へと転移した四人。案の定、転移魔法に酔って気絶してしまったクランプさんをシュエル隊長が背負い、ユニバースの建物へと向かう。育てがいがありそうだと何故だか嬉しそうだ。


 「シュエル隊長、場所によって違う人物を演じてますよね?それはどうしてですか?」

 「言っただろ、俺の趣味だって。人間観察って結構面白いんだよ。違う人物になるのは見方が変わるからな、それがまた良いんだ。あとはついでに優秀な人材の発掘かな。マスターから頼まれてるし」


 人材発掘は絶対ついでじゃない、とナルとラウルは心の中でツッコむのだった。




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