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「おおーい!」
それぞれ武器を手にした男の人達が、通路の向こうから慌ただしく走って来る。
服装は防具をつけていたり、いなかったり様々なのを見ると、どうやら冒険者のようだ。
「魔物はどこだ!」
先頭にいた男性が叫ぶが、真っ二つにされた魔物の死骸を見ると、少し驚いたようだった。
「死んでる…?」
「ああ、俺がやった」
「あんたが?1人で?」
「そうだ」
「そ、そうか。助かったよ。魔物と聞いて、俺達だけでやれるか正直不安だったんだ。あんた、かなりの実力者なんだな」
そう言って、黒髪の男性と体格ががっしりしている茶髪の男性が話し合う。茶髪の彼は、今来た人達の中で冒険者のリーダーなのかもしれない。
後処理などの話が終わった後、ラティアが助けた女性が頬を赤らめながら、黒髪の男性に話しかけた。
「あ、あのっ。助けてくれて、ありがとうございます!」
「礼ならこいつに言え。こいつが動かなかったら、あんたは既に死んでる」
そう言ってラティアをズイッと前に押してくる。
ラティアはさっさとここを離れたかったのだが、何故か黒髪の男性に手を握られていた。冒険者の男性と話している時も、手を離そうと上下にぶんぶん振ったりしてみたのだが、離してくれない。その時に茶髪の冒険者の男性に微笑ましげに見られたのは、途轍もなく恥ずかしかった。
ズイッと女性の前に出した後は、手は離れたが肩を掴まれてる。ラティアに逃げ場はなかった。
「そ、そうですね。君もありがとう。助かったわ」
「いいえ、あのままでは2人とも死ぬところでした。結局助けてくれたのはこの方です。──ありがとうございました!」
振り向いてお礼を言おうと思ったラティアだったが、肩をしっかり掴まれてる為、顔だけ後ろに向け、斜めの変な会釈となってしまった。
「いや、まぁ…どういたしまして」
ポリポリと頭を掻いてる彼は少し照れた様子だ。
「あ、あのっ。お礼がしたいので、今晩、食事…とかいかがですか…?」
女性は両手を胸の前で組み、モジモジと男性を誘っている。今さっき助けてもらったので、好きになったのかもしれない。
「いや、悪いな。これから用事があるんだ」
「そうです…よね……」
ラティアの手を握りなおした男性はスタスタと歩き始める。
「えっ!あのっ……」
何故か連れて行かれる形になり、抗議しようとしたラティアだったが、何も言うなという視線に思わず黙ってしまう。
しばらく歩き、人気のない裏路地に来た。男性はクルリとラティアの方を向き、しゃがんで目線を合わせた。澄んだ宝石のような青色の瞳がラティアの黒に染まった瞳を覗き込む。
「お前、親は?」
「……」
突然聞かれて、思わず目を逸らす。
いるのはいるけど、ラティアからすればいないも同然である。
「帰る家はあるのか?行くべき場所は?」
「……」
一応帰る場所はあるけど、あそこはラティアの居場所ではないとはっきり言えるし、行くべき場所もない。
それに…
「──要らないって言われた……」
ボソッと、それは相手にも聞こえるかどうか分からないくらいの小さな呟き声だった。母である王妃に言われた言葉は、ラティア自身が思っている以上に大きなしこりを残していたようである。
ラティアの小さな呟き声を相手はちゃんと聞き取っていたようで、彼は立ち上がって腕を組んだ。
「要らないと言われた?なら、必要とされる人間になれば良いだけだ。お前が無くてはならない存在に俺が育ててやろう」
そう言って不敵な笑みを浮かべた男性は、とても眩しく、そしてとてもかっこ良かった。
「行く場所も帰る場所もないんだ。俺と来るか?必要な人間になる為の訓練、言っとくが、俺は厳しいぞ?」
この人について行けば、全てがなんとかなる気がして、ラティアは知らぬ間に頷いていた。
「よし、約束だ。お前を誰からも必要とされる立派な人間に育ててやろう。それじゃあ……っと、その前に。坊主、名前は?」
正直にラティアと答えようとしたが、すんでのところで思い留まった。
王宮からも離宮に移ってからも、城の外に出ていないラティアであったが、もしかすると名前は広まってるかもしれない。
下手に名前を名乗って連れ戻される危険は避けたいし、男の子と間違われてるようだからそのまま間違われてる方が、正体がバレる確率は低くなるだろう。でも、男の子のような偽名を考えてみてもすぐに思い浮かばず、結局黙り込んでしまった。
「あー、じゃあ、いつもはなんて呼ばれてたんだ?」
ラティアや姫という呼ばれ方を抜くなら、以前使用人達からも様々な呼ばれ方をした事があった。
「お前、あんた、おい、ゴミクズ、バカ、役立たず、埃、空気、おぶ──」
「ああああ、もういい。なら、俺がつけても構わないか?」
願ってもない申し出にラティアは喜んで頷く。
「んー、そうだなぁ…。お前、自分の事は好きか?」
少し考えたラティアは小さく首を横に振る。
「じゃあ、“ナル”でどうだ?自分が好きになるように」
「ナル…。嬉しいです!」
“ラティア”という名前も大好きな兄達から貰った大切なものだったが、新しい“ナル”という名前も自分を生まれ変わらせるようで嬉しかった。
別に“ラティア”という名前を捨てる訳ではないのだ。また、兄達に会えるまで大切にナルの心にしまっておく事にする。
「そうか、気に入ってもらえたようで良かった。俺の自己紹介もまだだったな。俺はアレックス・ホーリング。今からお前の親代わりだ。お前が名乗る時はナル・ホーリングを名乗れよ」
「はい!分かりました、アレッスクさん!…あ」
元気よく言ったものの噛んでしまったナル。
「まだ難しいか?…アレスでいい」
「ありがとうございます、アレスさん」
「“さん”も要らない」
「え、でも…」
「いいから。いいか?勝手だが、俺はお前を養子にするつもりだ」
あまりにも急な展開にナルはびっくりしてしまう。それもそうだろう、だって昨夜初めて会った人が自分を養子に迎えてくれると言ってくれているのだ。
何かあるのでは…とつい考えてしまう。
「急で悪いな。だが、お前を気に入ってしまったんだ。親もいないようだし…。お前は嫌か?」
気に入ったと言われて嬉しくないわけがない。それに、この人について行けば強くなれるかもしれない。
そんな下心もあり、ナルは顔を輝かせた。
「嫌じゃありません!むしろ嬉しいです!」
「そうか。なら、これからお前に親として接する。だが、稽古もつける。お前には辛く厳しい訓練となるだろう。だが、遠慮なくいくぞ。ナル、親子となった俺達に遠慮は無しだ。だから敬語もいらん」
「分かり…ううん、分かった!アレス!」
ナルの言葉に満足げに頷いたアレックス。
「じゃあ、行くか」
「えっ、うわっ、どこに?」
ヒョイッと片腕でナルを抱え上げると、慌てるナルにニィッと笑ってみせた。
「もちろん、俺達の居場所だ。そこが家でもある」
「わ、おっ、俺っ、身分証持ってない…」
私と言いかけ、どうせならこのまま男の子として過ごした方が国王夫妻にバレにくいと思っていたナルは慌てて“俺”と言い直した。言葉遣いでバレるのは避けたい。これからは男の子っぽく過ごそうと心に決めたナルだった。
「なに、向こうで作れば良いさ」
アレックスの足元になんらかの魔法陣が浮かび上がり、ナルの視界がグニャリと歪んだ。
「う、わ……」
視界が元通りになったと思えば、そこはさっきまでいた裏路地の景色とはガラリと変わり、広い広場のような場所だった。
少し向こうには大きな建物もある。
「すごい…」
「お、酔わなかったのか。やっぱ見どころあるな」
「え、酔うの?」
「まぁ、初めての奴は大体酔うか、身体に違和感を覚えたりする奴がいるな」
「へぇー」
ナルは自分の身体を見下ろしどこか異常がないか見てみるが、特に何もなさそうだ。
「──ここは?」
「ここはユニバース総本部の裏の訓練場だ。転移する時は人があまり見てないところにしないと、うるせー奴がいるからな。せっかくだから表に回るぞ」
「転移…」
私にも出来るようになるだろうか…。と、考えてナルは首を横に振る。違う違う、今、私は男。俺、俺、俺、俺…。
なんて事を考えながら、手を引かれて行く。その内に興味はすぐに周りの物に移り、物珍しく辺りをキョロキョロと見回す。と言っても、広場は思った以上に大きく、建物の裏らしいので人もあまりいなかったが。右側に建つ、もう一つ別のこれまた大きい建物との間を通って歩いて行く。
「ちなみに言うと、ここはイースグレイ王国じゃないからな。帝国の一部を買い取った、れっきとしたユニバースの土地だ。だから帝国にも属さない」
「ユニバースって?」
「それは後で詳しく説明する。まずはお前の身分証を作るのが先だな。──ほら、もうすぐだ」
だんだんと大勢の人の話し声が近づいてくる。
2つの建物の間を抜けた後、左に曲がると沢山の人々が数人で固まって談笑していたり、真剣な表情で話し合っている。
様々な武具を装備してる人、職人風のおじさん達や豪快に笑うおばちゃん達。
手を引っ張られ、ハッと我に返ったナルは慌ててアレックスについて行った。
“ユニバース”と看板が掲げられた建物の前に着くと、アレックスはニッと笑った。
「ようこそ、“対魔物殲滅組織ユニバース”へ」




