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イースグレイ王国の幽霊王女  作者: しろ
二章 嵐の前の、大切な日々
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57 シュエル隊長と④




 落ちていくナルを追って崖下に飛び降りるつもりで走っていたラウルは、背後から飛び出して来た誰かの手に掴まれ、のしかかるように地面に押さえつけられた。


 「離せっ!」


 抵抗はしてみせるものの、あまり力を入れ過ぎれば押さえている方が吹っ飛んでしまう。ナルは崖から落ちてしまったが、心配はしていない。シュエル隊長がいるとはいえ、大勢の知らない人間の中に置いていかれるのが嫌だったから一緒に行こうとしただけである。ちなみに、ラウルを追っていたモンスターたちは護衛隊によって既に討伐されていた。


 「やめろ!死ぬつもりか!」


 頭は動かせたので押さえてくる人物を見上げると、初日からラウルたちがいるのを迷惑そうにしていた一人だった。


 「なんで……」

 「?」


 ポツリと呟いた言葉は聞こえなかったようである。


 「暴れないから離せ」

 「後追って飛び降りるなよ?」


 こくりと頷いてみせると、恐る恐るではあったが身体の上から退いてくれる。

 身体についた土をぱんぱんと手で払い落とすと、男がラウルの手を捕まえようとしたので反射で避ける。

 抱き上げられる事も、手を繋ぐ事もユニバースの隊長たちなら少しは慣れてきた。だがどうしても、知らない大人に触られるのは嫌だった。

 避けても懲りずに何度も捕まえようとするので、それらの全てを躱して男を睨め付ける。


 「何?」

 「いや……、手でも握ってないと後追いそうな気がするからな……」

 「何であんたが気にするんだ?厄介払い出来るじゃないか」

 「それはっ」

 「ラウル」


 決して大きくはないのに、凛とその場に広がるように響く優しい音に、その近くにいた全員がそちらを向く。

 ラウルは都合が良いとばかりに、さっさとシュエル隊長の元へ行くと「おいで」とばかりに両手を出されたので大人しく抱き上げられると、シュエル隊長は満足そうに笑みを浮かべている。

 近くにいたモンスターは全て討伐されていた。あとはナルを追ったモンスターだけである。


 「ナルを助けに行こうか」


 ラウルにだけ聞こえるように囁き、面白そうに口端をあげるシュエル隊長。もちろん彼も、ナルの事は微塵も心配していない。あれくらいのモンスターならどうにでもなる事を知っているからだ。

 ラウルはその言葉にこくりと頷いた。

 シュエル隊長はするりと背負っていた荷物をおろすと、さっと周囲を見回す。目的の人物を見つけると急ぎ足でそちらへと向かった。


 「ディッターさん、す、すみません。僕たちはここで依頼を放棄させて頂きます。お代はもちろん要りません。依頼途中で放棄させて頂く事、誠に申し訳ないのですがご容赦下さい。これは迷惑料です」


 早口で言い切り、収納魔法に入れていた荷物と背負っていた荷物を置き、ディッターへお金を握らせるとくるりと踵を返す。向かう先はナルが落ちていった方向だ。


 「こ、これは……」


 シュエル隊長から受け取ったものを見たディッターの顔が強張る。その手には金色の硬貨が光っていた。ただの荷物持ちが金貨を持っているなど思わなかったのだろう。


 「ま、待ちたまえ!死ぬつもりか?クランプが後を追ったとは言え、あの子はもうダメだ。諦めろ」

 「あぁ、クランプさんがもし戻ったら彼への依頼料は払って頂けますか?それでも充分足りるとは思うのですが……。足りません?申し訳ないのですが今、手持ちはそれしか無くて……」

 「せめてその子をうちで預かろう」

 「いえ、結構です。ラウルは人見知りなので」

 「お前は荷物持ちだろう!?仮に二人が無事だったとして、行ってもどうにもならんぞ!犠牲者が増えるだけだ!」

 「逃げ足には自信があります」


 言い合いをしてる間もシュエル隊長は足を止めない。それを必死で追ってくるディッター。一緒にいた人は痛ましそうな表情でこちらを見ているだけだ。

 ラウルはこの人たちがどうしてこんな表情かおをするのか、理解出来なかった。


 「それでは皆さん、短い間でしたがお世話になりました」


 ぺこりと頭を下げたシュエル隊長は、躊躇なく崖から飛び降りた。


 「なっ!!!」

 「ちょっ、おいっ!!!」


 まさか崖から行くとは思ってなかったのだろう、ラウルが最後に見たのはディッターとその周囲が目を見開き硬直した姿と、ラウルの手を必死で掴もうとしていた男が驚愕し、酷く悲しげに歪めた顔だった。






* * *






 ナルは考えていた。


 魔法を使わず、落ちた先にあった背の高い木から低い木々を利用して、上手く受け身を取りながら地面に落ちたように見せる所までは良かった。

 ただ今は魔法も使えない普通の子供だという設定である。後を追ってきてくれたクランプさんにバレる訳にもいかず、地面に突っ伏したままになっているわけだが。

  ナルが地面へ落ちてすぐ、ナルの方へ突進してきたモンスターをクランプさんが薙ぎ払ってくれた。だが、それを素早く避けたモンスターはナルたちから一度距離を取った。それでも逃げずにこちらを伺い、ジリジリと距離を詰めているので諦める気は無いのだろう。

 そしてクランプさんとモンスターが一気に距離を詰め、そこから戦いが始まったが、上での戦いもあったのでクランプさんが押されている。疲れているのだ。本当は今すぐにでも割り込んで助けたい所だが、そうしても良いのか判断がつかない。いや、つかないじゃダメだ!これからも瞬時の判断が必要になってくるだろう。このままだと彼が死んでしまう。

 そう考えた瞬間、ナルは飛び起き隠し持っていた短剣でクモの脚を全て切り落とし、とどめに頭を刺してあっさりとモンスターを倒した。呆然とこちらを見上げるクランプさん。


 「良くやったな、ナル」


 不意に聞こえた声に後ろを振り返るナル。


 「出された指示に従うのは大事だが、自分で考え行動することも不可欠だ。──こいつはおそらくまだ幼体だろう。ちょうど良い。マスターから頼まれてたのはこいつの親の討伐だ。親を探しに行くか」


 ラウルを伴ってのんびりとやって来たシュエル隊長の言葉に、ナルは首を傾げる。


 「あれ?商隊は?」

 「抜けてきた」


 さらっと言ってのけたシュエル隊長はクランプさんに向き直る。


 「ナルの為に一緒に崖下まで飛び降りてくれたこと、そして守るためにモンスターと戦ってくれたこと、礼を言う。ありがとう」


 シュカの言動は見せず、きっちりと頭を下げたシュエル隊長。


 「え、あ、ああ」


 戸惑うクランプさんは放置して、シュエル隊長はナルに向き直りチョップを落とす。


 「それにしても、ナル。気を抜きすぎだからな」

 「すみません」

 「あれくらい簡単に避けて、上手く誘導出来るようにならないとな」

 「はい」

 「あとラウル。人嫌いなのは分かっているけど、人を上手く誘導出来るようになろうな。きっと役に立つ時がくるから」

 「……はい」


 肩を落とした二人の頭を、シュエル隊長はよしよしと撫でる。


 「ただ、二人とも誰にもバレないようにモンスターに傷を負わせてたのはプラス点かな」


 どんなにバレないようにしてたとしても、やっぱり隊長には分かってしまうらしい。それが少しくすぐったくもあった。


 「さて、クランプさん。あなたはどうします?」

 「は?」


 三人のやり取りを呆然と見ていたクランプさんは、突然話を振られて戸惑っているようだった。


 「商隊へ戻るなら、途中まで送らせていただきます。ただし、我々の事は誰にも話さないようお願いします。ナルは見つからなかった事にして、俺たちとも会っていないと報告をお願いしたい」

 「だがそれは……」


 迷いを見せるクランプさんに、シュエル隊長は一つ頷く。


 「あなたのような誠実な人には難しいでしょう。そこで、です。今、所属のギルドを辞めてうちに来ません?」

 「「え?」」


 思わず声を上げたのは、ナルとラウルである。

 どういう話の流れからそうなった?


 「改めて自己紹介を。私、対魔物殲滅組織ユニバース、第三部隊隊長シュエル・トゥックと申します。正直言ってうち、人手不足なんですよ。一人でも強い人が欲しい。あなたは諦めが悪そうだし、人を助ける為に躊躇なく行動出来る勇気がある。強さは正直言って今はそこそこですが、あなたなら鍛えたらもっと強くなれると思いますよ」


 突然の自己紹介と提案に狼狽える様子のクランプさんは放置して、シュエル隊長は止まる事なく話し続けていく。


 「給料は良いですし、不安ならギルドと兼業して頂いても構いません。ただしギルドはユニバース所属になってもらいますが。ちなみにうち、トップがあのイーサン・パルドラン様なんです。彼と一緒に働ける職場、どうです?」


 迷っている様子ではあるが嫌ではなさそうだ。そこに追い討ちをかけていくシュエル隊長。


 「もしあなたがそれに同意してくれるなら、私たちのことはたまたま出会ったユニバースの人間に助けてもらったと口裏合わせも出来ます。つまり、生きていると報告してもらって大丈夫です」


 別にユニバースに入らなくても口裏合わせくらい出来るんじゃ……とは思ったが、何も言わないでおく。後が怖いからだ。


 「ちょっと、待っ、少し……、考えさせてくれないか?」

 「構いませんが時間はそんなに待てませんよ?」


 あまりの情報量の多さに、頭が追いついていないクランプさんを見て、シュエル隊長はにっこりと笑うのだった。




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