間話 二人の葛藤
〜ナルとラウルが副隊長に任命される前のお話〜
「反対だ。年齢的にもまだ背負える立場じゃない。もっと経験を積んでからでも遅くないはずだ。いくらなんでも早すぎる」
「いいや。俺は今が絶好の機会だと思う。それに実力的にも充分だろ。あの年齢で下級の魔物は余裕で倒せるし、ギルドではSランクだ。一体この世界に下級の魔物を片手間で倒せる奴が何人いると思う。経験は後ででも詰める」
「だからと言ってもまだ子供だぞ?それに下級くらいなら訓練すれば誰でも倒せるようになるだろう。いくら大人びてるからと言っても責任が伴ってくるんだ」
「そりゃ、本人達次第だろ」
「そんな投げやりな……」
街にある小さなバー。その片隅で酒を片手に話し合うのは、長い銀の髪を後ろに流した薄い青色の目を持つ男性と、黒髪でこれまた青い目を持つ男性の二人だ。
対殲滅組織ユニバースのイーサンとアレックスである。
二人は真剣な表情で、けれども周りには聞こえない声量でヒソヒソと話し合っていた。
「絶対に反対だ。もっと成長してからでも遅くはない」
「いいや、こういうのは早い目にやらせて慣らせておくべきだ。一度下についたら、指示を仰ぐくせが抜けなくなる。今は人も少ない。絶好の機会だ」
アレックスの言葉にイーサンは唸る。
「そうであったとしても、まだ幼い。これは事実だ。たった一度の指示ミスで人が何人も死ぬ事だってありえる……。それをあの子達に背負わせろと?」
「それは俺達がフォローすれば良いだけだ。ユニバースに入る人間が増えれば増えるほど、あいつらのフォローはしにくくなるぞ?少なくとも、新しく入ってくる奴らには、あの年齢でちゃんと戦えるって事を知ってもらう必要がある」
「それはそんな肩書きがなくても証明出来るだろう」
「いいや。数年後に副隊長にしてみろ。絶対に反感を買って八つ当たりしてくる奴が増えるぞ」
「そんなもの、あの二人なら力で捻じ伏せるだろう」
イーサンの言葉にアレックスは頷いた。
「そうだろうな。だが、その後は?子供の下につくのが嫌で辞めていく奴だっているだろ。それなら先にナル達を副隊長にしておいて、嫌な奴はその場で辞めて貰えばいい」
ふむ、とイーサンは手を顎に当てて考え込む。
「教える時間がもったいないと言いたいんだな?」
アレックスは頷いた。
「そうだ。せっかく教えてもその程度で辞めるなら時間の無駄。それなら自分達の訓練に時間を使うか、ナルとラウルに訓練をつけたい。そう考えるのはダメか?」
「いや……。確かにそれは一理ある。だが、この件は他の隊長達とも話し合わなければ…」
「それはしなくていい」
何故なのかイーサンが問う前に、アレックスが空間収納から取り出して見せたのは数枚の書類だった。
「ここにあいつらの署名がある。全員承知済みだ」
書類を受け取り、目を通すイーサン。確かにそこには、ナル達を副隊長とする事に同意した各隊長達、全員の署名があった。
「……用意周到だな」
「な?良いだろ?」
ため息をついたイーサン。
「全員が認める事は無いと思ったんだがな…。クウラとリアとエルは特に。あとはヴァンもだ」
「説得したからな」
アレックスを射抜くように見るイーサンだったが、彼は飄々とした笑みを浮かべている。
「はぁ。分かった。ただし、もし二人が辞退するならこの話は無しだからな」
「ああ。分かってる」
ニヤニヤと眺めてくるアレックスにイーサンは眉を顰めた。
「何だ?」
「いや〜?ナル達が断るはずもないだろ。それにイーサン。お前は二人に断れないように言うつもりだろ?」
アレックスの言葉にイーサンは再び深いため息をついた。
「やるのなら徹底的にやらないとな。ぬるい覚悟ならこれから死人は増えるばかりだ。これからはユニバースを引っ張っていけるようになってもらわないといけない」
こうして、ナルとラウルの副隊長という立場が決定したのであった。
「──そう言えば、ナルがここへ来て三年になるな。ラウルは二年程か…」
イーサンは懐かしくその時の事を思い出す。
アレックスが突然連れてきた子供。それがナルだった。初めはビクビクしていたが、すぐに全員と打ち解け、訓練にも真剣に取り組んでいた。それはもう、頑張りすぎなほどに。
暫くしてイーサン達が連れてきたラウルは、表面上では良い子を演じていたが、一切大人を信用していなかった。彼はナルにだけは心を許したものの、あの施設にいた事もあってか、心の中では警戒してイーサン達を認めようとはしてくれなかったのである。そのラウルの態度が徐々に柔らかいものになっていく様は、イーサンにとってなかなかの生き甲斐でもあった。
コトリ、と酒の杯を置いたアレックスは、ふと思い出したかのようにイーサンを見た。
「──そういや、あいつらの誕生日祝いってしてやった事ないよな?その辺のガキらって祝ってもらってるんだろ?親に……」
「…………やってるだろうな」
「…………」
「…………」
二人は顔を見合わせた。
「普通、子供ってやって欲しいとねだってくるもんじゃないのか?プレゼントを要求したりとか」
「バカ。ナルは分からないが、ラウルは特殊な環境下にいた。誕生日パーティーがあるのも知らないんじゃないか?と言うより、誕生日を教えてもらってるとも思えない。それに二人ともプレゼントをねだったりするような子じゃないだろう。私としてはもっと甘えてくれて良いのだが」
イーサンの言葉にアレックスも頷く。
「確かに。それは俺も同感だ。──それにしても、ラウルはともかく、ナルの誕生日は分からねーな」
ラウルの出自は、以前囚われていた施設からある程度の情報を得る事が出来ている。
だが、ユニバースでナルとラウルに触れ合う大人達はほぼ戦闘員である。常日頃から、訓練、戦闘のほぼ仕事漬けの毎日で、そんな事は考えもつかなかった。女性であるリア達だって、忙しくそこまで気が回ってなかったのである。
「ナルの両親はまだ見つかってないのか?」
「ああ、見つからない。男だと思って探してたのも悪かったんだが、そもそも女児の行方不明届けでも黒目に茶髪であの年頃の子は一人も探されてないんだよな」
「それはまた……」
「親か一緒に住んでる奴か分からんが、要らねーって言われて酷い扱いを受けてるようだったし。年齢は分かってるようだったが、もしかすると自分の誕生日は知らない可能性もあるな」
ユニバースへ来た時、ナルは七歳だと言っていた。それが真実ならば、行方不明届けを家族が出していないという事になる。
「売られたという可能性は?」
アレックスは即座に首を振る。
「ないな。あいつはあの時、自分の意思であそこにいた。堂々と一人でいた事からも、それは確かなはずだ。──どう言う経緯でかは知らないが」
「三年か……。今までに何の動きもないのなら、もう、探してる事もないか」
「おそらくな」
アレックスが小さくため息をついたのを、イーサンは酒を静かに傾けながら見た。
「ナル本人に聞いてみよう。もしナルが自分の誕生日を知らなかったら、ユニバースに来た日で良いんじゃないか?ラウルは……、そうだな。本人が望むなら教えてやったらいい。望まないんなら、ナルと一緒かラウルがここへ来た日。それか二人とも自分の望む日にしたら良い。──ラウルが望むのなら、全ての情報を教えても……」
二人はラウルがあの酷い場所へ行く事になった経緯などの情報は知っているが、あんまりな事実だった為、ラウルには一切言わないでいたのだ。
アレックスはそれはまだやめとけと首を振る。
「帰ったら聞いてみるか」
「そうしよう」
そして二人の話題は、彼らへの誕生日プレゼントをどうするかに変わっていったのだった。




