52
「見ぃつ〜けた」
メイクの男達を拘束してから、ナルは近くにいる気配を順に辿り、メイクの男達を転移させてる元凶……つまり、転移魔法陣を見つけたのだ。
でも今はそんな簡易式の魔法陣があるなんて聞いた事はない。誰かが操作しているはずだ。
早速逆転移してみようとすると、後ろから気配を感じた。
「なんだ、そっちはもう良いのか?」
「良くはない。逃げられた。あの変なメイクの奴らは気絶させてるし、こっちが最優先事項だ」
金髪男の事を言ってるのはすぐ伝わったようで、ラウルは何でもないようにしているが、イライラが伝わってくる。
「ま、仕方ないか。ラウルも行く?」
「行く」
一瞬の躊躇いもなく返ってきた言葉に頷いて、2人で魔法陣の上に乗った。
僅かな魔法の気配を辿り、逆転移出来るように魔力を発動させるとそこは薄暗い一室だった。
今にも倒れそうな青白い顔色の青年が、ゼーッゼーッと肩で息をしている。首には太い首輪のような物が嵌められている。
奴隷…?
魔力の質からして、この青年が転移魔法を発動していたんだろう。見る限り、もう限界のようだが。
その周りにはメイクを施した人間達。
どうやらもっと早く転移させるように暴力行為をしていたようだ。
始めは突然現れたナル達にキョトリと固まっていた集団だったが、急に慌てだす。
「てっ敵襲だッ!!!」
「敵か!?子供だぞ!?迷い込んだ可能性が…」
「ボスは!」
「もう転移してるッ!!!」
「じゃあもしかしてボスは……」
「バカな事を言うな!俺達が負ける事なんかない!!!」
そんな慌てた中でゆっくりと会話を交わすナルとラウル。
「なぁ、ナル」
「んー?」
「殺したらダメだよな?」
「やめといた方がいいな。マスターはきっと生け捕りにして来いって言うはずだ」
「じゃあ、眠らせたらいいか」
言うや否やラウルは魔法を発動させた。その途端バタバタと倒れていくメイク集団。
「ちょっ、ラウル。俺にまでかける気か?」
「ナルならこれくらい簡単に防ぐだろ」
「防ぐけどさぁ。一言くらいあっても良かっただろ」
「悪い悪い」
「思ってないくせに」
軽口を叩きながらも眠ってる男達を拘束していく2人。
最後は転移魔法を発動していた痩せ細った青年だけだ。
「あとはこいつだけだが…どうする、ナル?」
「この人だけ連れて行こう。そうすれば他の人は逃げられないだろうし」
「分かった」
この建物に結界を張り、2人は青年を連れてユニバースへと転移で戻った。
「あっ、ギルティ隊長。良い所に」
2人が戻って来たのはさっきの転移魔法陣があった場所ではなく、ユニバースの裏手にある森側の訓練場だった。
「お。そっちも終わったか?」
「はい、この人が転移をさせていた張本人です」
ぐったりと意識を無くしている青年を見て、ギルティ隊長は頷く。
「そうか。あっちに集めてるから連れてってくれるか」
ギルティ隊長が指差した方を見ると沢山のメイクの男達が集められていた。近くにマスターとアレスとディナンさんがいる。
「分かりました。それとアジトも見つけたんですけど、行ってもらえませんか?」
「おう、いいぜ。ラウル、案内してくれ」
ラウルが頷いて2人は一緒に転移して行った。
青年を担いでアレス達の方へ向かうと、アレスが気づいた。
「ナル」
「転移させてた人物を確保しました。残党もいるので、そっちはラウルとギルティ隊長が確保しに行ってくれてます」
「そうか」
青年をアレスに渡し、メイクの男達の方を見ると、ナルが捕らえた奴らはいなかった。
「俺も捕まえた奴らがいるから連れて来ます」
「どうせ1人じゃないんだろ。俺も行く。──って事で、イーサン、ディナン、ここよろしくな」
「分かった」
「了解っス」
* * *
ナル達が仮面の男達を捕らえた場所へ戻ると、仮面の男は縛られた木ごと一緒に倒れ込んでいた。
「おー。すごいすごい。まさか木ごといくとは思わなかった。拘束は解けてないけどな」
そう。拘束は解けてないのだ。
木の根本を切り落としたのは良かったものの、その重みで一緒に倒れてしまったようだ。ひっくり返ったまま足をバタバタ動かしているので、見ているとなんだか気持ち悪い。
「クッソ……!!!早く解きやがれ!!!」
他のメイクの男達を全て転移させ終わったのだろう、アレスがこちらへとやってきた。
「──こいつはメイクじゃ無いんだな」
「うん、でもこの人以上に強い人は他にいるんだってさ。向こうのアジトでもボスがいるって言ってたんだけど、それっぽい人はいなかった」
「そうか。──ボス、ねぇ……」
考え込みながらもどんどんと拘束者を転移させていくアレス。
そこで受験者達の姿も消えている事に気付く。
「あれ?受験者の人達は?」
「試験は一旦中止になった。ユニバースの訓練場で縛ってる奴らの横に集めてるからな。そこへ送った」
「そっか」
訓練場に戻ると、ラウル達も既に戻っていた。捕まっている人数が増えている。
「これで全員──」
ディナンさんが言いかけた時、訓練場にいた全ての者達は知らない場所に立っていた。
「ッ!?」
「なっ!!?」
辺りは見える限り砂で覆われており、他には何もない。
「ここは…?」
気絶していた受験者も皆んなが意識を取り戻し始め、辺りを見回している。
「転移させられたか…?」
「……まずいな」
「何がまずいのです?」
マスターとアレスの小さな呟きに答えたのは、さっきまではいなかったシルクハットを被った壮年の紳士である。どこから現れたのか分からないが、悠然とそこに佇んでいる。
「その声ッ!!!」
「ボスッ!!!」
ナルと仮面の男の声が被る。
「……ナル、知ってるのか?」
姿こそ分からなかったものの、あの時ダンジョンで少女といたフードを被っていた男と同じものだった。それをアレスに告げると、彼は更に警戒する様に厳しい顔つきになり、マスターも眉を顰めてそちらを睨みつけている。
「おやおや?そう警戒しなくても私自身は今回何も手出ししませんよ。その方がよろしいでしょう?せっかくあなた方を取り持ってあげようとしている仲裁者なのですから」
言った途端に縛っていたメイクの男達の拘束が解けた。どうやらあの男が拘束を解いたらしい。
それと同時にギルティ隊長がシルクハットを被った男に向かって抜刀しながら飛び出していく。それと同時にアレスとマスターの魔法攻撃が男を襲う。
「やれやれ。血の気の多い若者はあまり好きではありません」
ギルティ隊長の攻撃をふわりと舞うように後ろへと後退し、その後の魔法攻撃もふわりふわりと何でもないように回避したその男は、視線をメイクの男達がいる方へと向ける。
「あなた達はずっと戦いの場を取られて嘆いていた。ならば見せてあげるとよろしいでしょう。どれほど自分達に実力があるのかを。まぁ、実力があればの話ですが…」
どこからともなく現れたのは約300体のツリーハリーだった。
ツリーハリーは成人男性の倍の大きさで、見た目はハリネズミに近い。ただし、その針の部分は葉に覆われていて、攻撃力は弱く見える。だからといって侮ってはいけない。その葉の部分は限度はあるものの自由自在に伸び、巻き付けた人間を自分の身体に押し当てて、水分を吸収していくのだ。ツリーハリーへの攻撃は遠距離攻撃をするのが一般的である。
「ボ、ボス?一体何を…?」
仮面の男が魔物の数に驚いたように声を上げるが、その男は僅かに首を傾げるだけだ。
「何をと言われましても。実力を示したいと言ったのは貴方達ではありませんか。私は貴方達のボスだと言った覚えは一度もありませんし、貴方達が生きようが死のうがどうでも良い事なのです」
その男の言葉に完全に固まってしまったメイクの男達。仲間だと信じていたのに、裏切られたとでも言いたげな顔をしている。
「ゲートも無いのにどうやって魔物が現れた?」
「……ユニバースの方々にはこれくらいの魔物、どうって事もないのでしょうが。貴方達へのお膳立てはこのくらいでよろしいでしょう。では、私はこれにて。また暫くしてからお会いしましょう。一方的に蹂躙するのは面白くないのでね。ゲームは何事も楽しくなくては。なので準備期間を設けると致しましょう。暫くは平和な時を満喫すると良いですよ」
そう言った男は次の瞬間には消えていた。
「チッ!逃した!!!」
ギルティ隊長が悪態を吐きながらもツリーハリーに向かっていく。
「イーサン、どうする?」
アレスがチラリと視線で示したのはメイクの男達だ。
「ああ……。働いてもらうか。ギルティ!一旦戻れ!」
ツリーハリーに攻撃を加えようとしていたギルティ隊長は、ピタリと動きを止めて「良いとこだったのに何だよ」と文句を言いながらもこちらへと戻って来る。
「──ユニバースが手柄を取って悔しかったんだろう?今が好機だろう。戦えばいい。そうすれば、今回のは全部お前達の功績だ。ついでにユニバースを襲った事も不問にしてやる」
マスターの言葉にやる気を見せるメイクの男達。だが、次のアレスの言葉にピキリと固まった。
「なぁに、たった300ぽっちだ。余裕だろう?」
「な……!」
「たった!?どう考えても多いだろうが!」
「俺達だけでこの数を相手にしろと?」
顔を強張せるメイクの男達。
「当たり前だろ。まだ弱めの魔物だ。それにお前達は30人はいるだろ」
そう、アレスの言う通り、ツリーハリーは下級下位の魔物だ。魔物の中では一番弱い位置に分類されている。
アレス達とメイクの男達が言い合う中でラウルはそっとナルの横に立っていた。
「なぁ、ナル」
「ん?」
「ここ、何かおかしくないか?」
「おかしい?」
ラウルに言われてジッと周りを見回して見るが、何がおかしいのか分からない。
辺りは一面の砂。サンサンと降り注ぐ太陽の光。雲は見当たらない。そして周囲から徐々に距離を狭めてくるツリーハリー。動きは遅いのでまだ葉の蔓に捕まる距離ではない。
そして、不思議なのは探してもゲートは見つからないという事だ。
アレス達に促されて、メイクの男達が一生懸命魔法で攻撃を始めてはいるが、それが魔物に効いてる様子は一切なかった。だがそれは想像の範囲内である。
受験者達はそれぞれ武器を持って周囲を警戒しているが、マスターから止められているのだろう、攻撃はしていなかった。
マスターとアレスとギルティ隊長は、メイクの男達の攻撃を見ながら、何やら話し合っているようだ。その話に受験者達が割り込まないように、さり気なくディナンさんが見張っている。
首を傾げるとラウルも同じように傾げた。
「何が、とかは分からないんだけどな。ただ、何となく……」
そう言われてみると違和感のようなものがあるような気がする。でも分からない。そのまま2人で考え込んでいると、武器を構え周囲を警戒しながらもオルディスさんが2人の元へやって来た。
「無事で良かった、2人とも」
その言葉に対して、オルディスさんの表情は硬い。
チラリとオルディスさんを見るだけのラウルにかわって、ナルはにこやかに答えた。
「オルディスさんもご無事で良かったです」
普通に答えただけなのに、オルディスさんは顔を曇らせてしまった。
「どうしたんですか?」
「いや……、俺は取り返しのつかない事を……」
オルディスさんの言葉を遮るように、受験者達にアレスから集合の号令がかかった。
アレスの隣にはマスターも立っているが、ギルティさんは変わらずにメイクの男達の様子を見張っている。おそらく、メイクの男達が死なないように様子を見ているのだろう。
ディナンさんは素知らぬ顔で受験者達に混じっている。
「今から魔物の掃討作戦を開始する」
受験者を全員集め、アレスがそう言い放つと受験者達はぎょっとした顔で一気に騒がしくなる。
そんなの無理に決まってる、相手の数が多すぎる、自殺行為だ、などの文句が数人から一気に上がってくるのをアレスはたった一言、「黙れ」と言って黙らせた。
「ユニバースに入れば、これくらいは余裕で倒せるようになってもらわないと困る。これでも下級下位の魔物なんだ。これは試験ではないので君達を戦わせるつもりはないが、この程度で怖気付くようならばユニバースに入らない方が身の為だ。先に言っておく。こういう魔物と戦うのがユニバースの戦闘員の仕事で、常に死と隣り合わせとなる。ここで引き返したい者がいるなら遠慮なく言ってくれ。──棄権したい者はいるか?」
「おっ、俺は嫌だ!まだ死にたくないっ!」
そう声を上げた者に、アレスは視線を向け頷いた。
「分かった。それも一つの選択だ。引くのは決して悪い事じゃない。だが、棄権するのならこの先を見る資格はない」
鈍い音がして、その男は気絶した。すぐそばにアレスが拳を握って立っている。
他の受験者達は、いつアレスが移動したのかも分からず呆然としていた。
「他はいるか?」
マスターの言葉に受験者達は顔を見合わせたりするものの、他に棄権する者はいなかった。
ただ、オルディスさんは必死で棄権を促すように、ナルとラウルの肩を叩いたり揺らしていたけれど、2人は完全に素知らぬ顔をしていた。
ぐるりと全体を見回したマスターは一つ頷く。
「ならば、ここにいる意識のある者全員を仮の合格とし、ユニバース見習い一期生に任命する。ただし、訓練中にその実力が伴わないと判断されればこれを剥奪する。これは異常事態が起こった事での特例の合格だ。それを心して臨むように。──そして今からお前達の先輩…、いや、隊長と副隊長にあたる者達に、ツリーハリーを討伐してもらう。しっかりとその実力を見ておくように」
「先に言っておくが、これから戦う者については口外禁止だ。一般にはいずれ公開することになるかもしれないが、取り敢えずは秘匿する。もし、どこかへ漏れてる事が分かった場合、連帯責任とし見習い一期生全員に重罰を与える事になる。いいな?」
睨みを利かせるアレスにコクコクと頷く受験者達。
「おい、アレックス!さっさとしろ!こっちはもう限界みてーだぞ!」
ギルティ隊長の声にそちらを見ると、完全に魔物に押されているメイクの男達の姿があった。ギルティさんは動けない者達を掴んでは、魔物のいない中心部へひょいひょいっと放り投げている。
マスターとアレスはチラリとそれを見ただけで、受験者達に視線を戻した。
「では、ディナンシェ、ナル、ラウル。今回は3人に討伐を任せる」




