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ディナンシェ・ハルシュミッド。彼は6番隊隊長だ。オレンジ色の髪と目を持つ彼は、明るく優しくそして面倒見が良い。隊長達の中で1番年齢が下の彼は、ナルやラウルが入隊すると、後輩が出来たと喜び大層可愛がった。
ナルやラウルもディナンシェの事を兄のように慕っている。ナル達に小さな豆知識から様々ないたずらを伝授したのも、ディナンシェだったりする。
「ナ〜ル、ラウル〜」
「ディナンさん」
ナル達が食堂で注文をしていた時、ひょっこりと現れたのはディナンシェさんだった。
以前はディナン隊長と呼んでいたのだが、プライベートの時は隊長をつけないでほしいと言うディナンシェさんの願いにより、ディナンさんと呼んでいる。
「俺も一緒して良い?」
「もちろん!」
「久しぶりだもんなぁ〜。あ、おっちゃーん!俺、日替わり定食で!」
「おうよ!ちょっと待ちな!」
注文した料理をそれぞれ受け取った後、3人で食堂の中にある二階へと上がる。食堂全体が見渡せるそこは、マスターと隊長達、そしてナルとラウルの専用になっていた。
今は他の隊長達は出ているようで、3人だけの貸し切りのようだ。それぞれ食事をとりながら会話を始める。
「2人は明日の事聞いた?」
「聞きました」
「いやぁー、俺さぁ、審査員の方に立候補してたんだけど、外されちゃって残念に思ってたんだよねー。まさか潜入審査員にしてくれるなんて!めっちゃ面白そうじゃん」
「面白い?」
ラウルが聞くと、そうそうとディナンさんは頷く。
「だってさ、入隊した後俺達が先輩だったって気付く訳だよ!絶対面白いじゃん」
「ディナンさんってシュエル隊長と考え方似てますよね」
「ふふん、そりゃあね。ナルにはアレックス隊長、ラウルにはギルティ隊長がついてくれてるように、俺が入った時にはシュエル隊長がついてくれていたんだ」
そう言ってパクリと本日のメインの肉にかぶりつくディナンさん。
「ふーん」
「ディナンさんはどうやってここへ入ったんですか?」
「シュエル隊長に拾われたんだよ」
「拾われた?」
「あん時色々あって俺、荒れてたからなぁ…。シュエル隊長には本当に感謝だよ」
「何だ?俺の噂か?」
タイミング良く、シュエル隊長が料理の乗ったお盆を片手に階段を上って来た。
「シュエル隊長!」
「お疲れ様です」
「その髪型…」
それぞれ違う声を上げる3人。
「どうしたんだディナン。そんな驚いた顔して。お疲れ、ナル。2人とも元気になったようで安心した。──これか?飯食ったらちょっと遊びに行こうと思ってな」
そう言いながらちょいちょいと前髪を触る。
いつもは前髪をピンでクロスしてとめてあるのだが、今はそれが無く完全に目が隠れた状態になっているので、いつもの美貌が見えない。
シュエル・トゥック。彼は3番隊隊長だ。
黒髪黒目で肩まである髪を後ろで一つに括り、普段は前髪をピンで止めている。どちらかと言うとチャラく見えるタイプの人だ。面白い事が大好きで、趣味はギルドで何も出来ない下っ端を演じる事らしい。
普段のユニバースでは見せないその姿を見たら、絶対笑うとアレスが言ってたような気がする。
「夜なのに?」
「甘いなラウル。夜だから行くんだよ。酒盛りが始まるからな。これはこれで面白れーぞ」
「どうせ扱き使われる側っスよね?」
呆れたようにディナンさんは笑った。
「当たり前だろ。そうだ、ナルとラウルもそろそろ良い頃合いだろ。今度連れてってやるよ。今まで散々あいつらに譲ってきたんだからな、ちょっとくらい良いだろ。俺からの授業をしてやる」
「うへー。ナルとラウル可哀想に」
「他の隊長達よりは楽だと思うけどな」
「いやぁー、シュエル隊長の場合、腹筋が崩壊するんスよ。二重人格すぎて」
「俺は二重人格じゃない。あれは演技だよ」
「分かってるんスけどね〜」
「そう言えば、シュエル隊長は明日参加されないんですか?」
ナルが聞くとシュエル隊長は頷く。
「俺は辞退した。ギルドの奴らが混ざってたら面倒だし」
「え、でも入隊したらバレるっスよ?」
「そん時はそん時だ」
ニカッと笑い、伊達眼鏡をチャッと装着したシュエル隊長。
「じゃあな。明日頑張れよ」
相変わらずの早いスピードで食べ終わったシュエル隊長はさっさと去って行き、他の3人も解散する事になった。
「じゃ、また明日!俺の事は別に気にしなくても良いからな!」
「はい」
「おやすみなさい」
「あ、そうだ。明日の朝一番にマスターが呼んでたから。言うの忘れるとこだった。正装で来いってさ」
2人が首を傾げるのを尻目に、ディナンさんはひらひらと手を振りながら去って行った。
* * *
翌日。ナルとラウルはユニバース内にあるマスターの執務室の前にいた。昨日言われた通り正装──つまりユニバースの戦闘服である。フード付きの黒地に銀色の装飾を施されたそれを着たナル達は、それを貰った当初、着こなすと言うより服に着られていた。だが何度も任務をこなし、経験を積んだ今では完全に着こなせていると言って良いだろう。
扉をノックした彼らはマスターの返事を待ち、背筋を伸ばして中へ入った。
中には珍しい事にマスター、アレス、そしてそれぞれの隊長達が全員集合していた。
しかもみんな正装で、マスターの背後に控えている。彼らの服装は黒地に金色の刺繍が入っていて、ナルとラウルが着ているものより豪華になっている。
マスターはいつにない真剣な表情で口を開いた。
「ナル・ホーリング」
「はい」
「ラウル・パルドラン」
「はい」
「お前達二人は、幼い年齢にも関わらず訓練に励み、今では下級上位の魔物ならば単独で倒せるように成長している。これは異例の強さだ。ついこの間の任務では二人で協力し、中級下位の魔物を倒し、更にはギルドでSランクに認められた。これらの成績を認め、ナル・ホーリングには一番隊副隊長を、ラウル・パルドランには二番隊副隊長を任じる。心して任務に臨むように」
二人は一瞬視線を交錯させた後、揃って右手を胸に当て深くお辞儀する。
「「はい、心して承ります」」
ナルが顔を上げた時、マスターが一瞬苦々しい表情をしていたのは気のせいだったのかも知れない。
「では、これを」
すぐに笑顔を浮かべて2人に何かを差し出すマスター。
2人に渡されたのは新しい戦闘服だった。それは今着ている隊長達と同じ、黒地に金色の刺繍が施されたものだ。
「この金色の刺繍は隊長と副隊長専用となる。敵からも見分けがつくようにわざとそうしてるんだ。当然狙われやすくもなる。……いいか、お前達が苦労するのは魔物だけじゃない。これから新しい人間も大勢入って来る。中にはお前達に嫉妬する者も出るだろう。でも、覚えておくんだ」
マスターは人差し指を立てる。
「何があっても無理してはいけない。君達をバカにする奴も大勢いるだろう。でも君達より強い奴はハッキリ言っていないはずだ。これからを考えるとそれはマズいんだが…。まぁそれは今はいい。必ず私達が力になるから何かあれば必ず言うんだ。副隊長になったからと無理は決してしない事!分かったか?」
「「はいっ!」」
優しい笑みを浮かべる隊長達。少なくともここにいる隊長達からは認められている。そして心配してくれている事も充分に理解したナルとラウルは、揃って返事をした。
* * *
「よぅ、チビども!来たか!待ってたぜ!」
片手を上げニヤリと笑うのは、先日ナル達の受付を勝手に済ませた男だった。
相変わらずのモヒカン頭で一昨日と違いサングラスをかけたその人は、己の体格には見合わない大きな戦斧を背負っていた。
ここはユニバース本部内、ではなく、ギルド・ユニバース支部の前にある広場の前だ。
「おはようございます」
「今日はお互い頑張ろうな!俺はオルディスっつうんだ。宜しく!」
「宜しくお願いします」
にっこり笑うナルの後ろでは、ラウルがそっぽを向いている。
「今日は一日中試験だが、ちゃんと親には言ってきたか?」
「大丈夫です」
試験まではまだ時間がある為、世間話をしながらナルは周りの人を観察する。ラウルは自分からは会話には入らず、質問されたものだけ気が向けば答えていた。
「そう言えば、何でオルディスさんは試験を受けようと思ったんですか?」
ナルが質問すると、彼は頭をボリボリと掻く。
「うーん…。そうだなぁ。君らくらいの年齢じゃ知らねーだろーけど、“窓”や“扉”が開くのは十年前は一年に2、3回で多くて5回程だったんだ」
ふんふんとナルは相槌を打つが、それはヴァンさんの授業で既に習っていた事だし、身に染みて分かっていた。
ゲートが開くのは不定期。ユニバースでも研究はしているが、まだ完全に予測する事は出来ない。何故開くのかも分からない。それが今では5日に1回は平均で開くまでに増えた。
昔は皆んなでよく食事を囲んだが、今では隊長達の誰かが任務に出ているので、皆んなバラバラで食事をするのが当たり前になってしまっている。
「それがだんだん増え、モンスターの並じゃない強さの魔物は俺達の脅威になった」
ぐっと掌を握りしめる彼をナルは見逃さなかった。
「村の男どもが犠牲になり、俺の、幼馴染みも犠牲になった。──俺はギルドで働いててな。ちょうど帰って来た時にその現場に着いたんだ」
自分が怖い顔をしていると気付いたのか、にっこり笑ってナルの頭を撫でた。
オルディスは思い返す。
あの時起こった出来事を。
ギルドの依頼はいい感じに終わり、幼馴染みの好物の木の実を沢山見つけ、何もかもが順調で軽快な足取りで帰っていたのだ。
あともう少しお金を貯めたら幼馴染みの彼女に告白しよう。
そんな事を考えながら村に着いた時、彼はとんでもないものを見てしまった。
村の外へ必死の形相で逃げ出す人々。
「どうした!?」
何とか人を捕まえ、聞くと“扉”が開いたとの事だった。しかも場所は彼女が働いている近く。
「あんた冒険者だろ!?何とかしてくれよ!!!」
そう言って走り去る男。
オルディスはB級冒険者。魔物は弱い奴でもそれなりの強さを持っていると聞く。最近“窓”や“扉”が開く事が増えたとは聞いていたが、まさか自分が遭遇する事になるなんて思っていなかった。
勝てるかどうかは分からないが、オルディスはとにかく現場へ急いだ。
そこで目にしたのは酷いものだった。
既に死体だけが転がっていて、魔物はその一体を美味そうに血を啜って食べているのだ。食べられている人物を確認したオルディスは頭が真っ白になった。
……幼馴染みだったのだ。
「──このぉぉおおおおおおお!!!!!!!彼女から離れろおおおおおおお!!!!!!」
勝てない事は本能で分かっていた。しかもその本能は逃げろと自身に囁く。
だがそれでも彼女を放って逃げる事は出来ないし、ましてや許す訳にはいかない。武器を振り上げ、走り出そうとした彼は誰かに肩を叩かれたが無視して走り出そうとした。
だが、走れなかった。
全身が何かに絡めとられたように動きが取れなくなってしまったのだ。
……魔法か?
まだ魔物が!?首から上だけは動かせたので、慌てて振り返ると青い髪を持った美丈夫が立っていた。
「…悪かったな。遅くなった」
その男はスラリと剣を抜くと慌てる事も無くただ淡々と魔物へと近づいて行く。
「あんたっ!死ぬぞっ!これを解け!!!奴は俺が殺すッ!!!」
「ダメだ。これ以上犠牲者を増やす訳にはいかんからな。そこで大人しくしとけ」
近づいて来る気配に顔を上げた魔物。奴は幼馴染みをその場に転がして青髪の男へ飛びかかった。
それは一瞬だった。
瞬きする時間もなかったかのように思う。
気がつけば魔物は地に倒れ伏して血を流していた。
「……は?」
その光景に俺は呆然とした。
だが、その魔物には興味が無くなったかのように目もくれず、上へと視線を上げる男。そこには飛びかかって来る数十体の魔物がいた。
「なっ!!!!?」
こんな数が出て来てるなんて聞いてない。
こんなの最早災害だ。
俺はここで死ぬ……。
そう思った時、男は飛び上がった。
パンパンパンと赤い血の花火が上がった。…と言うよりも降ってきた。それは魔物の数そのものだった。
俺は開いた口が塞がらなかった。
「…終わりか。──ゲートの方は?」
路地の方に向かって男が声をかけると1人の白い白衣を着た男が出て来た。
「既に閉じた模様です」
「そうか」
その声が聞こえると同時に俺の拘束は解かれ、俺は地面に倒れそうになったが、踏ん張り、転けそうになりながらも幼馴染みの元へ駆け寄る。
だが既に息はなかった。──守れなかった。俺は彼女を抱きしめ嗚咽を堪える。
「すまなかったな。もう少し早く来れたら良かったんだが…」
「あんたは…?」
男は少し考えた後にこう答えた。
「ユニバース。魔物を専門とした退治屋だ」




