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格が違う。
受け止めてすぐ、砕け散った結界を見てナルはそう思った。
今まで散々訓練してきたけど、それでもまだ足りない。アレス達のように、上には上がいる。
魔法が襲い来る少しの間に、せめてラウルの負担を減らそうと、気を失いぐったりとした彼に覆い被さる。
「ッ!!!」
痛い、苦しい、辛い、衝撃での痛みと負の感情がナルを襲う。それ以外にも囁くような甘美な声が聞こえてくる。
もうやめてしまえ。
──そうしたい。
戦いなんて意味がないだろう。
──確かにそうだ。
死ぬかもしれないぞ?
──死にたくない。
どうせ勝てないんだ。さっさと逃げ出してしまえ。
そうだ、俺はどうやってもあいつに勝てない。なら、逃げ……
そこでナルはハッと正気を取り戻す。それと同時に、2人は縺れるように弾け飛び転がった。
「ぅ……」
全身が痛い。でもそれ以上に頭がガンガンする。今のは一体何だったのか。意識が飛んでた…?身体を起こそうとするのに、力が入らず直ぐに地面へ突っ伏してしまう。
心が折れそうな言葉の数々。
「…ほう。今のでも精神が壊れんか」
なかなかに面白い、とこちらへと近づいてくる魔物の気配。
身体が勝手に強張る。全身に魔力を渡らせ、無理やり起き上がった。今のナルの状態は、魔力によって無理やり動かされた人形のようなものだ。その魔力を操るのはナル自身なので、ある意味自分で動いている事にはなるのだが…。暫くすればナル自身で動けるようになるだろうが、その時まで魔物も待ってはくれないだろう。
フラフラとしながらも起き上がった瞬間、パサリとフードが落ちる音がした。きっと転がった拍子に脱げたのだろう。でも見ている村人はいないので気にしない事にする。
魔物が目を細める。
「まだ動けるか。しかも子供ときた」
面白い、と舌舐めずりし、手を伸ばしてくる魔物。
「させるかぁああああああ!!!!!!!」
瞬間、魔物が横へと吹っ飛んでいった。
パチクリと目を瞬かせるナル。
その人物はおそらく蹴り飛ばしたであろう足を下ろし、ナル達の方を振り返ると青筋を立てて怒鳴りつけた。
「ほらおめぇやっぱガキじゃねぇか!おい、大丈夫か!?」
その人物は他でもないガディリアスさんだった。…この人の存在を忘れてた、と反省するも時すでに遅し。
ガッとまるでナルが転けそうな勢いで肩を掴まれ、そのまま横抱きにするように彼の懐に存外優しく抱かれる。そして口に何かの瓶を当てられた。
これはさっきナルが渡したポーションの1つだ。
ナルが飲み干すと、優しくそこに座らせ、ラウルにも新たなポーションを飲ませてくれていた。
「ッ!」
ポーションのおかげで自分の力で立てるようになったナルは、その気配に即座に剣を抜き、2人の間に立ち塞がる。
ガキィィッッツ
と硬い音が鳴り、彼もそれに気づいたようだ。
「チッ、時間稼ぎにもなりゃしねぇか!」
チラと後ろを伺ったナルは、ラウルがポーションの瓶を押し返し、口元を拭い、そして小さく口を動かすのを見た。
そして、魔物の少し後方を見る。
あそこか。
剣で押し返すのと同時に最大限の魔力を込め、竜巻に似た風魔法を魔物へと放つ。少しは踏ん張っていた魔物だったが、ナルが狙ったその場所へとジリジリ後退していく。
あともう少し。
一息に全力の魔法を叩き込む。
そして。
そこに辿り着いた魔物は真っ白な炎に包まれた。
「やっ「てない」」
ラウルに声を被せられ、ガディリアスさんが落ち込んだようにポーションを口にする。
「そうか…」
「ラウル、大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
ラウルもフードが完全に脱げていた。もうガディリアスさんに隠し通すのは無理だ。こうなったら村の人達には気づかれないようにするしかない。彼らは気絶しているので大丈夫だとは思うが。
ポーションを飲んでもラウルの傷は全て塞ぎきれなかったらしい。あちこちから血が滲んでいる。でも問題ないと言っているのだからこれ以上言っても無駄だろう。
初めは全く聞こえなかった魔物の声がだんだん大きくなり、絶叫になる。
「ガディリアスさん、ポーションありがとうございました」
「え、ああ。というより、もともとお前のだしな、アレ」
ナルとラウルが隣に並び立つ。
「イーサンはなんて?」
「早くて半日だって。全員出払ってるらしい」
「……そうか」
ラウルのその声音は絶望でもなく、ただ淡々としていた。
「ナル、アレいけるか?」
「時間を稼いでくれるなら。魔力回復ポーションも持ってるし。ただ効くかどうかは…」
「分かってる。でもやってみないと分からんだろ」
「そうだな。じゃ、時間稼ぎよろしく」
「ああ」
少し慌てたようにガディリアスさんがポーションを揺らす。
「おい、話が全然読めねぇんだが…」
ラウルは相変わらず説明する気は無いようで、魔物の方を睨みつけている。なのでナルが簡単に説明した。
「…取り敢えず、出来る事をやってみるって事です」
「いや、分からんし!」
「取り敢えず、ガディリアスさんは避難を…」
「する訳ねぇだろ!こんなガキ置いて!もともと俺がアレの前に出て来たのも、アレを倒す為なんだからな!」
ジャリ、と砂を踏む音でナル達はそちらに目を向ける。
そこにはかろうじて原型だけが残っているような溶けた魔物の姿があった。
「ク、クク、クククククク……。この私をここまでにするとは…なかなかやりますね」
片方の目だけになってしまった魔物はギラリと3人を睨みつける。
「…ナル、頼むぞ」
そう言って返事も聞かずに剣で魔物に突撃していくラウル。
ナルは魔力を練り始めた。
時間がかかり過ぎるので、たった1人では発動出来ない魔法だ。
これはナルの特別製とも言える。
全ての属性が同時に発動出来、繊細な操作を可能とするナル限定ものだ。
全ての属性の魔法を同一の大きさにし、かつ一定に混ぜ合わせる。少しでもどこかの力が大きかったり、小さかったりすると暴発してしまう。
繊細な魔力操作も必要になってくるそれは、全ての属性の魔法を使えるアレスにも出来ない。
ゆっくりゆっくりそれらが混じり合わされ、1つの色となって完成に近づく。
この間、ナルは魔物やラウル達がどうなっているか一切見ていない。
少しでもよそ見をしてしまえば、ただ単に練った魔力がただ霧散して消えるだけなら良いのだが、最悪爆発などして、危険がナルだけでなく、ラウルやガディリアスさんにも及んでしまう。
それだけは避けたかった。
そしてそれは完成する。
金色に様々な色の光の粒が混在した綺麗なボール型の魔法。薄っすらとしているので見た目的にはあまり強い魔法には思えないが、ここにはとんでもない量の魔力が込められている。
ナルがやっと顔を上げる。
そこには血にまみれ倒れたラウルの姿とガディリアスさんの姿があり、魔物はこちらへと迫ってきていた。
「絶対魔法」
ナルが手を放すと、魔法はナルの手から離れ、魔物の方へと向かう。ナルの意思によって動いているのだ。
魔物はそれを避けようとしたようだが、そうはさせない。急にスピードを上げた絶対魔法は静かに、魔物を全て飲み込んだ。




