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一人ぼっちで過ごす時間は2週間と経たない内に飽きてしまった。
図書室で本を読んでいたら、どうしてもヨハネス先生の事を思い出してしまい集中出来ない。だからと言って離宮に引きこもっていても、建物内を歩き回ったり、掃除するだけで1人では何の楽しみもなかった。庭にも出れない事は、ラティアにとってとても窮屈な事だった。
とうとう我慢を切らせたラティアは、この離宮を出る事にした。
メイドのケイティは今では朝食の用意と夕食の準備以外は姿を見ない。
兄達とも会えない今となっては、ラティアがここにいる理由はなかった。
鏡を覗き込んで、青みがかった金髪を茶色に変える。青い目は黒色に。
ついさっきまでケイティがいたので元の色に戻していたのだ。
色を黒色以外にするのは難しい。これは色を変える最初の授業で教わった事であった。
その日、ヨハネス先生は絵の具を持って来ていた。そして無造作に黄色の絵の具をパレットの上に乗せる。
「髪の毛を染める時、何色にしたい?」
「うーん…。水色か銀色か赤か茶色がいいです」
「…バラバラだな。よし、ならばこれらを混ぜて水色にしてみてほしい。この黄色は姫の髪の色を表している」
ラティアは取り敢えず、青を手に取り大量に混ぜ、白も手に取り…やっぱり違うかと他の色も混ぜていった。その間、ヨハネスは黙って見ていた。
そして出来上がったのは、なんとも言えないどす黒い色だった。
「良いかい、姫。この絵の具のように、魔法とは初めは思い通りにいかないものだ。色を変える時はこの絵の具の事を少し思い出してほしい。魔法とは不可能なものを可能にする力を持っているが、絶対ではない。だが、出来ないと思い込めば出来ないものだ。色だって水色、赤、緑と様々な色に変えられる。絵の具じゃないからな。ただ、1番簡単なのはこれだ」
そう言って出来上がったどす黒い色を指す。
「初めては黒から始めるべきだろう。色んな色が混じれば黒く変わる。魔法だってそうだ。他の色はこれのコツが掴めてからだな」
ヨハネスのその言葉通り、ずっと黒色に変える練習してきたラティアだったが、この2週間で茶色も出来るようになった。目の色まではまだ変える事が出来ないが、十分満足していた。
ワンピースに着替えた後は、ヨハネスに貰ったお金を持ち、離宮を抜け出した。
離宮を抜け出すのはラティアにとって簡単な事だった。
問題はその後だ。離宮を出てもそこは王宮の敷地内である事は変わらない。ラティアはここにいてはいけない事になっている。
敷地内では騎士達が見回りをしているし、門の前には当然見張りもいるのだ。
考えながらも外門の側をこそこそと移動していた時、運良くラティアがギリギリ通れそうな崩れた箇所があった。そこは草木が生い茂っていて、この門の管理人も見逃してしまったのだろう。ラティア自身、もう少しで見逃しそうな小さな穴だった。
誰もいないか周りを見渡した後、躊躇いなくそこへ潜り込んだ。
出た場所は、森の中だった。
木々がサワサワと揺れ、鳥や虫の鳴き声が聞こえる。森の奥の方は暗く、少し怖く感じた。
どうやら門から、完全に外へ出てしまったようだ。
街に行きたかったラティアは、狙い通りにならず肩を落とした。
門に沿って歩き出して何分経っただろう。入る場所は全然見つからない。
森の中はモンスターが出るとヨハネス先生から教わった。もし、今ここで出てきたら、ラティアに為す術はない。
時々ギャーギャーと鳴く何かの声がラティアの不安を煽り、早歩きにさせる。
更に漸く歩いたところで、人の話し声が聞こえた。
ホッと息を吐いたラティアは一度深呼吸して、声をする方へ向かった。
そこには街へ入る為の順番待ちをしている商人や旅人、冒険者達がいた。どうやら街の中へ入る門へ辿り着いたようである。
初めて見る沢山の人々に、思わず息を潜めてしまう。
だけどずっとこうしている訳にもいかない。どうにかして中へ入らなければならないのだ。
「どうしよう…」
考えている間にどんどん列は進むし、時間も進む。
ウジウジしていても埒が明かない。覚悟を決め、取り敢えず列に並んで見る事にした。
木々の間をそろそろと通り、列の最後尾に並ぶ。
誰にも話しかけられる事なく、ラティアの番が回って来た。
「はい、次…ってお嬢ちゃん一人か?」
「はい…」
「あー、身分証持ってる?」
「あ、えっと、無くしちゃいました…」
「保護者の人は?」
「はぐれちゃって…」
「そうか、それは可哀想に…。だが、悪いが身分証が無いとここには入れないんだよなぁ…」
うーんと悩む門番にそっと銀貨を差し出す。
「これで何とかなりませんか?」
それを見た門番は暫く悩んだ後、受け取った。
「今回だけだからな。ちゃんと役所行って身分証再発行してもらえよ。後、ご両親に会えるといいな」
と、あっさり道を譲ってくれた。
礼を言い、ラティアは走って街の中へと入った。
街の中は、今まで見た事がない程の大勢の人で溢れかえっていた。ほとんど誰も来ない城の奥にある一室や、離宮で生活していたラティアにとってここは未知の世界だった。
たくさんの人の話し声が聞こえる。楽しく談笑している人。急いでいるのか、せかせかと目の前を通って行く人。おばあちゃんと孫が手を繋いで道を歩いて行く姿。
お店を開いてる人が客の呼び込みもしている。中でもラティアの興味を引いたのは、何処からともなく流れてくる、様々な美味しそうな香りが漂ってくる店だった。
無事に街へ入る事が出来たラティアが、初めて見る色んな物を見て回りたいのをグッと堪え、まず始めに向かったのが、古着屋だった。
街に来るのは初めてなので、道行く人に教えてもらいながら辿り着いたそこは、普通の民家のようで、一見、店には見えなかった。
中へ入ると、ふわりとどこか懐かしいような匂いがラティアを迎えた。右を見ても左を見ても服が山のように置いてあり、やっぱりここは古着屋なんだと納得する。
「お、いらっしゃーい。好きに見てってね」
服を畳もうとして崩れ落ちてきたのか、頭からたくさんの服を被った人が、ラティアの方を向いて優しく言った。顔は服で見えないが、多分優しいお姉さんなんだろう。声音からは優しさが滲み出ていた。
ラティアは目当ての物を何点かすぐに選ぶと、服を横へ積み上げ立ち上がったお姉さんに持っていく。ポニーテールのお姉さんは思った通り優しそうで、それに快活そうだった。
「これ、下さい」
「ん、毎度ありー!あれ、これ男物だけど良いの?」
「はい」
「そっかそっか。今着てく?」
「はい!」
支払いを済ませた後、奥の部屋を借りて着替えさせてもらう。髪の毛は、離宮に置いてあった黒い紐で後ろに一つにまとめた。
鏡を見ると、そこには茶髪に黒目でズボン姿の中性的なラティアの姿が写っていた。この姿なら街のどこにいても誰もラティアの事に気がつかなさそうである。と言っても、ラティアの姿を知っている方が少ないと思うが…。
ラティアが脱いだワンピースを持って出て行くと、お姉さんが笑った。
「お。良いじゃん良いじゃん。女の子にも男の子にも見えるねー。あ、そのワンピースはどうする?持って帰るんなら、何か袋出してあげるよ。それともここで売ってく?」
持って移動していれば、確かに邪魔にはなるだろう。だけど、ラティアが持っている服は全部で五着くらいしかないのだ。
しばらく考えた後、お姉さんの顔を見てはっきり言った。
「売ります」
「ん、オッケー。じゃあ、ちょっと見せてね〜」
無事に換金も終わり、店を出たラティアは次はどこへ行こうか思案する。
離宮を出たのは、1人で過ごすのが寂しかったからでもあるが、新しく魔法を教えてくれる人に会えないかとも思ったからである。
ラティアは強くならなくてはならないのだ。政略結婚となればある程度は仕方ない事もヨハネス先生の授業で習ったが、あんまりに酷い人とは結婚したくない。それに、強くなれば兄達を守る事にもなるとも教えてもらった。兄達の為になるならば、絶対に強くなろうとその時決心したのだ。
先生が去り、初めは独学で魔法を勉強しようとしたが、初心者には難しいのか魔導書はさっぱり分からなかった。なので新しい先生を探す事にしたのだ。
でも、肝心の先生の探し方が分からない。
考え事をしながら歩いていると、どこからかキャーキャーと言う甲高い子供の声が聞こえてきた。
そちらを見やると少し遠くに原っぱと木が何本か生えてる場所がある。どうやらそこは公園になっているようだ。声はそこから聞こえてくる。
好奇心から、ラティアはそちらへと足を向けた。
途中で屋台をやっていたおじさんから、サンドイッチを買い、ちょうど公園の前に来た時だった。足元にコロコロとボールが転がってきた。
「あ、そこの君ー!そのボールこっちに投げてー!」
周りを見ても誰もいない。どうやらラティアに言ってるらしい。そっと拾い上げたラティアは、ボールを振りかぶる。えいっと気合い入れて投げたそれは、ラティアからそう離れもしない地面で跳ね返り違う方向へと飛んでいく。
「やーい、ヘタクソ!」
さっきとは違う男の子が笑いながら言う。言葉はバカにしているようだったが、その表情からはただ単に面白がってるみたいだ。
ラティアは慌ててボールを取りに行き、その子達へ手渡した。もう投げたりはしない。ボールを触った事も無かったラティアは、直感で思ったのだ。これは次やっても同じ結果になる、と。
「ありがとな」
ボールを受け取ったその子達は、すぐに遊びへと戻って行く。
ラティアは側にあった木の下に腰を下ろし、さっき買ったサンドイッチを取り出して食べた。
食べ終わった後も、遊んでるその子達をボーッと眺めながめていると、1人がラティアの方へ走って来た。
「なぁ、一緒に遊ぶか?」
「…え?」
「ほら、良いから来いよ」
ラティアの手をグイグイ引っ張っていく少年に連れられ、彼らの仲間入りを果たしたラティアは、初めて同じ年頃の子供達と共に遊んだのだった。




