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ゴロゴロと縺れるように転がり、背後にあった木の幹にぶつかって止まった2人。
「いっ……!」
「ぐっ…」
激しく咳き込み、呼吸を整えたナルはラウルに声をかける。
「大丈夫か、ラウル…」
「それはこっちのセリフだ」
身体中が痛む。だけど、ゆっくりもしていられない。痛みに顔をしかめながらも身体を起こし、ナルはしみじみと呟いた。
「ラウル、成長したよな」
「何でだよ」
「いや…以前なら俺に任せて他人を守るなんて絶対にしなかったのに」
「…お前だからだよ」
「ふふ…」
小さく笑ったナルをラウルは睨みつける。
「何笑ってんだ」
「いやぁ〜、嬉しいなぁと思って、さ」
早く行かなければならない。だけどここには、穏やかな時間が流れているようで錯覚しそうになる。
今回の魔物は桁外れに強い。ナル達ではきっと対処するのは厳しいだろう。もしかしたら本当に死ぬかもしれない。
それでも。それでもナルはラウルが他人を守ろうと動いてくれるのが、自分を信頼してくれるのが、嬉しかった。
こんな気持ちになれるのはきっと、ユニバースに連れて来てくれたアレスのおかげだろうとナルは思う。
ユニバースに来て初めて知った色々な感情。
優しさや愛情はもちろん兄達から沢山貰っていた。だけどユニバースではそれ以上に沢山の感情を知った。悲しさや悔しさ、無力感、嫌な事も沢山あったけど、沢山の喜びに切磋琢磨できる親友との繋がり。ここに来て後悔した事はない。いつ死ぬかも分からない世界だけど、覚悟だって出来てる。覚悟とは言っても他の隊長達からみたら薄っぺらい覚悟なのかもしれないけれど。だけどナルはナルなりの覚悟があるのだ。だから今もナルはこうしてここにいる。
激昂したガディリアスさんが魔物へ向かって突っ込んで行く。
「ナル。取り敢えずあいつを村から出すぞ」
威力の大きな魔法でも撃つつもりなのだろう。魔物の方を向いたまま魔力を練っているラウル。魔力操作に長けたナルはそれを感じ取る事が出来る。
「ああ」
何をするのか分かったナルは、ガディリアスさんの方へ向かって風魔法も駆使し、飛ぶように接近する。そのまま彼を捕まえ、横にある民家へと転がり込む。
その横をラウルの炎の爆風が通り過ぎていった。あれで外へと押し出すつもりなのだろう。もちろん、近くに転がっていた村人達はナルが風魔法を使い村の中心部辺りへ飛ばしておいた。怪我はしていないはずだ。
ガディリアスさんの攻撃に身構えていた魔物は、ラウルの攻撃が不意打ちだったのか、面白いように簡単に飛ばされていく。これを見るとナル達にも勝機はありそうな気はするが、やはり油断は禁物である。
「っ、てめぇ、何すんだ!」
外にいる魔物の様子を見ていたナルは、ガディリアスさんにチラと視線を向けた。
「何って助けたんですよ。あのまま行ってたら確実に殺されてましたよ?」
「俺はそんなやわじゃねぇ」
そう言ってまたポーションを呷るガディリアスさん。顔も少し赤くなり、まるでポーション中毒者のようだ。
ラウルが放った魔法の後を追うように走っていくのを見たナルは、自分もと駆け出そうとするが、ガッシリと手を掴まれ阻まれてしまう。犯人はもちろんガディリアスさんだ。
「…離して下さい」
「おめぇら…、もしかしてまだガキか…?」
瞬間、ナルは魔法を使い無理やり掴まれた手を外し、ラウルの方へ駆けた。
ナル達はローブを着てフードも被っている。背格好は確かに少し小さめだ。だが、そこも幻術で普段のナル達よりは大きく見えているのだ。
だけど、掴まれてしまっては隠しようがない。
ラウルもさっき牢屋で掴まれていたし、そこで気づかれたんだろう。でも今はそんな事で時間を割いている暇はなかった。
ガディリアスさんが追ってくる気配を感じながらも、ナルは魔物とラウルを追ってさっさと村の外へと出た。と、同時にラウルが飛ばされて来て、村の外にあった柵へ激突する。
「ラウルッ!」
「ぅ……」
飛ばされて来た方を見ると、魔物が心底可笑しそうに肩を震わせていた。
「こ、のっ!」
ナルが抜刀し、魔物へと斬りかかろうとした所をラウルが呼び止める。
「ナルッ!待て!先にイーサンに連絡だ」
ラウルに言われ、ハッとする。この魔物は強い。2人だけじゃ、到底敵わないだろう。村の人達を救うためにも応援がいる。
分かっていたはずなのに、ラウルの事をあんな風に攻撃され、嗤われるとどうしても我慢できなかった。
魔物は魔力を集めた両手をナル達の方へ向け、もうすぐで発動できる状態になるだろう。
ぶつかった衝撃で切れたのか、血が流れる口元を拭いながらナルの方まで来る。でもその足取りはしっかりしていた。
「俺が行く」
だからナル、分かってるよな?と声を出さずに視線を寄越すラウル。その間にマスターと連絡を取れと言っているのだ。ナルが分かったと頷きかけた時、2人の間を誰かが駆け抜けて行った。いや、誰かなんて分かっている。ガディリアスさんだ。その手には剣を持ち、魔物へと向かって突っ込んで行った。
「あっおいっ!チッ」
舌打ちしながらも即座に後を追うラウル。
ナルはガディリアスそんの事はラウルに任せ、すぐにピアスに魔力を通す。
『マスターッ!マスターッ!』
『ん?ナルか?どうした?もうコーリネには着いているんだろう?』
通信の向こうからはのんびりとした声が聞こえる。
でもこっちはゆっくりしてられない。
ガディリアスさんとラウルが上手く魔物の攻撃を避けた為、こちらへと飛んで来た魔法が村へ激突しないように避けず、軌道を変えようと踏ん張る。
『マスターッ!応援を願いますっ!』
この魔法道具は声を出さなくとも通信出来るのだが、自然と声が出る。その間もとんでもない大きさの魔法にジリジリと押されている状況だ。
ラウルが魔物へと斬りかかってやっと魔法が途切れ、ナルは村から軌道を変えることに成功した。
『ここは俺たちだけじゃ、っ!厳し…ッグハッ』
通信に参加してきたラウルが魔物の蹴りを受けて吹き飛ばされる。
「ラウルッ!!!」
木の幹へと激突したラウルに、ヤツは更なる攻撃を仕掛けてくる。それを防ぐ為、ナルはすぐさまその間へと割り込み、迫ってくる魔法の攻撃を渾身の力で叩き斬った。
『ラウル!?ナル!何があった!』
『魔物ですっ!おそらく中級下位の!!!』
『何ッ!?それをお前達が相手をするのはまだ無理だ!一旦引け!!!』
『ッ、出来ませんっ!!!』
まだ近くに村人達が沢山いるのだ。しかも大半はガディリアスさんのせいで動けない状態である。
魔物はまだ彼らを襲う事は無いかもしれない。だけど、そんな人達を放って逃げるなど、ナル達には到底出来ない。
『今全員が魔物の処理で出払っている。すぐに向かわせるようにするが、早くて半日はかかるだろう。そこまで持つか?』
一振りした魔物の手が硬質な剣のようになり、ナルへと迫る。剣を交えるが、重く、力では押されてしまう。
『ッ!──持たせますッ!!!』
重心を逸らし、少し軽くなった所でナルは勢いよく押し返し、そのまま風魔法の中に氷の粒が混じった魔法を魔物へと向けて放つ。
「ッ!?」
ダメージは少ないだろうが、風魔法で勢いを増した氷の塊が襲いかかるのだ。相当痛いだろう。顔を覆った魔物は瞬時に後退した。
「ラウルッ!大丈夫か──ッ!!!」
ラウルの方に顔を一瞬向けたナルはすぐに魔物の方へ視線を戻す事になる。怒りに顔を染めた魔物が手に魔力の塊を集めていた。そこに込められた魔力の量を見て、ナルは冷や汗を流す。
あんなもの、まともに食らってしまったら──。
「このゴミどもが。大人しく従っておれば良いものを」
そして、魔物はそれを放つ。
後ろにはラウルがいるので避けるという選択肢はナルにはない。
全力で防御結界を張る事しか出来る事はなかった。




