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「ハ……ッ」
頭の中がグアングアン揺れている。視界が定まらず、ゴクリとカラカラな口の中を潤すように唾を飲み込むが、それだけでは全然潤わない。転移はしたはずだが、視界が定まらず、どこにいるのかさえ分からない。この人数はやっぱりキツかった。
ナルはバレないように顔を伏せる。暫くすればこれも治まるはずだ。
「あ……最初の部屋…?」
「ホントだ…!俺達帰れるのかっ!!!」
「ッシャアァ!!!」
興奮したように叫ぶ声をナルはどこか遠くで聞きながら、無事着いたのかとホッと胸を撫で下ろした。
「見ろよ!出口があるぞ!!!」
「ホントだわ…!本当に、帰れる…!タミュ、良かったね、帰れるよ…!」
隣ではどうやらナルの背負った女性に対して、泣きながら話しかけている女性もいるようだ。
ようやく頭の中の揺れが収まり、感覚が全て元通りになったナルは顔を上げ、現在位置を確認する。どうやら無事、最初の部屋へと転移出来たようだ。後ろには階段があり、ナル達の目の前には相変わらず大きな人型の鎧がピクリとも動かずに佇んでいる。その向こうからは外の光が見えた。あそこに行けば外へ、ギルドへ帰れるはずだ。
ラウル達の姿が見えないのは気になるが、もう外に出ている可能性もある。
「──行きましょう」
冒険者達を促し、鎧の間を通って行く。
全員が負傷し、1人が亡くなってしまい暗い雰囲気だったのだが、外の光が見えると言う事で、冒険者達はもうすぐで安全なギルドへ帰れると浮かれていた。
その時だ。
ヒュッと風を切る音を聞いたナルは、咄嗟にナルの前を歩いていた男の冒険者を後ろへと魔法も使い思いっきり引っ張る。
男が尻餅をつくのと、それは同時だった。
巨大な斧がさっきまで男の冒険者がいた所に地面を叩き割って突き刺さる。
「な、何っ!?」
「キャアァァア!!!!!」
そして、動き出す銅像達。標的はもちろんナル達のようだ。
「ここまで来てまたっ…!」
女性の冒険者が絶望の声を上げる。
「おいおい、嘘だろ…」
「さっきからモンスターだか魔物だか分からんやつらばかり…」
冒険者達は武器を構えるが、その手は震えている。それ程までに鎧から与えられるプレッシャーは強かった。
「私達が一体何したって言うのよっ!」
「リリスッ!!!」
プレッシャーに耐えきれなくなったのか、リリスティアさんが一体の鎧に向かって走って行く。それを追うセドリックさん。左の方では棍棒を持った鎧が1人の男性をターゲットに定めたらしく、振り下ろそうとしている。それをどうにか受け止めようとしているオストダムさん。
転移して魔力が完全に戻っていない今、大きな魔法は使えない。なのでナルは剣を使うしかない。つまり、どちらか一方じゃないと助けられない。しかも背中には女性の冒険者を背負い、他の敵も今すぐに攻撃して来そうだ。
でも考えている時間も惜しい。瞬時に女冒険者を床に横たえ、ナルは近い方、棍棒を振り下ろそうとする鎧の方へ跳んだ。それと同時にリリスティアさんへと迫っていた鎧が白い炎で燃えていく。
「!」
あれは自分がやったんじゃない。でも、誰がやったか分かる。だから、リリスティアさん達の方は一切気にせずに目の前の鎧に斬りかかった。魔力を多く消費する魔法は使えないが、剣に付与するくらいなら訳もないので風魔法を一緒に使い、バラバラに斬り刻む。
「ナルッ!一気に行くぞ!!!」
「ああっ!」
短期決戦が良いと言う事はユニバースで何度も教わっている。実際、あと4体と言っても順番に倒すのは、魔力的にも体力的にもキツイのは事実だ。それにラウルにこう言われてはカッコ悪い所を見せる訳にはいかない。
ナルはラウルの隣に走り寄り、必死で身体に残った魔力をかき集める。
いつの間にか、冒険者達はナル達の後ろへと集まっている。目の前にいるのはこちらへと武器を振り上げ走って来る鎧達だけである。
1人では無理でも、ラウルとなら出来る。
ラウルが出した白い炎に、風の魔法と光の魔法、更にはナル自身の炎の魔法を加える。側から見れば簡単そうに見えるだろうけど、これがものすごく難しい。複数の魔法を同時に発動させる事は勿論高度な技であるが、それを他人の魔法と合わせるとなると、ユニバースの隊長達でも中々出来るものではないのだ。ずっと一緒に過ごして来た時間、あり得ないほどの魔力制御、それとお互いの信頼があってこそ為せる技なのだ。
そして、4つ武器が振り下ろされるその瞬間、2人は力を合わせその全てを鎧達に向けて放った。
視界が一気に白く染まり、雷のような音が響く。
そして視界が晴れた時、鎧達は跡形も無く消し去っていた。
* * *
「……なぁ、あれ、どうしたんだ?」
女性冒険者を背負い、ラウルと2人先頭を歩くナルだったが、後ろをラウルを讃える歌を歌いながら歩いてついて来る男達に引いていた。
「知らん」
「…随分好かれたんだな」
「それはナルもだろ」
歌こそ歌われていないが、ナルと一緒に行動していた冒険者達も尊敬の眼差しで見ている気がする。ナルの気のせいでなければだが。
「それより、その人…」
ナルが背負っている女性に目を向けるラウル。
「…助けられなかったんだ……」
ナルの言葉に目を丸くするラウル。
「なんで──」
「間に合わなかったんだよ…!俺が、いた、のに……」
「いや、違くて」
その場でラウルはナルに女性を下ろさせる。外へはあと一歩で出れる距離で、ギルドの庭園の風景まで見れる。一刻も早く出たいだろうに、冒険者達は何も言わずにナル達を見守っている。
ラウルは女性の冒険者に顔を近づけた。
「やっぱり。この人、生きてる」
「え、」
「ええーっ!?ほんとっ、ホントにっ!?」
驚いたナルと冒険者達。冒険者の言葉は軽くスルーしてナルを見つめたラウルは首を傾げる。
「?ナルは知ってて連れて帰って来たんじゃないの?治療魔法までかけてるし」
「え、いやだって…心臓、止まって……」
「この匂い、仮死の薬飲んでるよ。ほら、脈だって戻ってきてる。これなら…」
ラウルが身体力強化をする魔法を彼女にかけると身動ぎした。
「ぅ……」
「タミュ!タミュ!!!良かった!!!生きてた!!!」
抱きつきながら泣き崩れる女冒険者に、タミュと呼ばれた女性冒険者はゆっくり目を開ける。そして申し訳なさそうに口を開いた。
「ご、ごめんね、心配かけちゃった…?」
「心配どころじゃないわよ〜!!!何で何でっ!!!」
「もしもの時に死んだフリが出来るように口の中に薬が常に入ってるの。うち、薬屋だから」
「そんなの知らないわよぉ〜!!!言っといてくれないと置いて帰っちゃったらどうするつもりだったのよぉ!!!」
「あなたなら優しいから大丈夫かなって。それに今までこんな事なかったし…。でもこれじゃ、Aランク試験落ちちゃったよね…」
「そんなのいつでも受けられるでしょ!いいの!生きてくれたのなら!」
「そうだぞ、お前は俺達の大事なパーティーメンバーなんだから、死なれちゃ困る」
冒険者達に囲まれ、涙ながらに喜ばれてる様子を見て、ナルは心の底から安堵する。
「よ、良かったぁ……」
ラウルの肩に顔を埋めたナルの頭を、ラウルは何も言わずにポンポンと優しく撫でた。




