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モクモクとした土埃がだんだん晴れていくのをナルは空中から黙って見下ろす。
これで倒せてたら一番だったのだが…、残念ながらそうはいかないようだ。
土埃が晴れ、現れた大蛇を見てナルは思わず舌打ちする。
ギラリとこちらを見て、勢いよく迫ってくる大蛇の様子を見るに、全然ダメージを与えられているようには思えない。
咄嗟に剣を抜き、巨体の攻撃を流すように斬りつける。
「シャアァァァッ!!!」
ものすごく浅くではあるが、傷をつける事には成功したようだ。
「と、いう事は……」
ナルは剣を構え直す。魔法よりは剣の方がダメージがあるに違いない。
大蛇は少しの傷で怒り狂っているが、それでも理性は残っているらしく、剣を構えるナルを見てピタリと動きを止める。そして鋭い目をナルに向けたまま、口を開けた。ナルは咄嗟に防御の魔法を張る。
──毒か魔法か、どっちだ!?
ある程度のものなら防げる自信はあるが、あまりにも強力過ぎるものだと周りの人達にまで被害が及ぶ恐れがある。簡単に壊れる結界を張ったつもりはないが、なんでも早い目の対応が大事なのだ。
キラッと大蛇の目が光ったかと思うと、そこから光のビームが発射された。
「そっちかよっ!!!」
予想外の出来事に思わず叫んでしまったが、その程度で揺らぐ事なく結界はしっかりと役割を果たしてくれている。
これも厳しい訓練の賜物だった。訓練を始めたばかりの頃は、よく集中を切らして結界は壊れ、アレスやギルティさんにコテンパンにやられていた。
結界を張ったまま、ナルは攻撃している最中の大蛇に迫る。目からビームが出ている今、そう簡単には分からないだろうと思っての事だったが、予想に反して大蛇はビームを出したまま大きな尾でナルを払うように振り払った。
「う、わっ!」
間一髪でそれを避けたナルだったが、その尾は勢いを殺す事なく地面に激突し、そのまま地面をえぐりながら結界を張ってある冒険者達の方まで滑って直前で止まった。
慌てたナルだったが、ホッと胸を撫で下ろし、未だビームを放っている大蛇に風魔法を叩き込む。
治癒魔法をかけているとはいえ、血を流してる人達がいる今、そんな悠長にはしてられない。
そのまま顔を目掛けてナルは正面から飛び込んだ。
「イ、イヤァァァ────ッ!!!!!」
「ッ!?」
突然の悲鳴に驚いたナルは、思わず目の前の大蛇から目を離し声のする方を確認してしまう。
丁度斬りつける前に止まってしまったナル。好機とばかりに大蛇は長い舌をナルに巻きつけ地面へと叩きつける。
「ぐっ!」
すぐに起き上がり、大蛇から距離を取るが、左肩からは血が滲み、痛めてしまったのが分かる。
それでもナルは冒険者の無事を確認しようと動く。
知らないうちに蛇の尻尾が当たるかして、巻き込んでしまったのか?それぐらいで破れるような結界ではなかったはずだし、冒険者達のいる所からは出来るだけ離れた所で戦っていたはずだ。それでも尻尾が届くぐらいには巨大な大蛇である。万が一の事だってあるかもしれない。
目に入った光景は、何故か半狂乱になった女性の冒険者が魔法で結界を破って外に逃げようとしている。
「やめろ!!!」
それを見たナルは咄嗟に叫ぶ。結界は外からの攻撃には強いように作っている。だが、まさか中から壊そうとされるとは思ってもみなかったので、ある程度強い魔法を使われたら簡単に壊れてしまう。そうなればきっと、大蛇は先にあの人を狙うだろう。
他の結界もザッと見ると、女性の悲鳴でか何人か呻いたり、身体を起こそうとしている人達が見える。良かった、生きてる。数人が動いてないのは気になるが、今はそれどころじゃないので確認には行けない。
結界を壊そうとする程元気なのは最初の女性だけのようだ。まぁ、周りの人達はまだ事態を把握してないだけかもしれないが…。
チラリと大蛇が結界を壊そうとする女性を見た事に気付いたナルは、走りながら叫ぶ。
「結界を壊すなっ!!!死ぬぞっ!!!」
でもその声は恐怖にとらわれた女性には届かなかったようで、女性は震えながらも詠唱を完成させ魔法を発動させてしまった。
景色がやけにゆっくり見える。
口角を上げ魔法を発動させる大蛇。
恐怖で凍りつく女性の冒険者。
即座に女性を包み込むように結界の魔法を放つが……。
──間に、合わないっ!!!
辛うじて少し出来た結界の端っこに当たった魔法は、勢いをほんの少し弱め、女性の冒険者を吹っ飛ばした。
「ッ!!!」
ドサリと地面に落ち、身動き一つしない女性冒険者。
「え、い、いやぁあああ!!!タミュゥゥゥ!!!!!」
意識がはっきりしたのか、女性冒険者の仲間が悲鳴を上げる。
「このッ!!!」
自分の目の前で、他の人が死んでしまった。自分のせいだ。もっと早くあいつを倒せていたのなら。こんな事にはならなかったのに。
怒りが、哀しみが、後悔が、ナルの中で暴れ回る。
「……」
剣を持ち直したナルは無表情で大蛇へ突っ込んで行く。
ナルの気迫に怯んだのか、大蛇は妖精のような羽を羽ばたかせて空へ逃げようとする。
「させる訳ないだろッ!!!」
大蛇よりも先に空へと飛び上がったナルは、剣に風魔法を付与し、一気に振り下ろした。
「シャア、アァァ───?」
真っ二つに顔面が割れた大蛇は何が起こったのか分からない表情をしたまま、ドシャリと地面へ落ちた。
さっきの女性の方へナルが走って行くと、結界から出たリリスティアさんが彼女を抱いていた。横ではさっき悲鳴を上げていた女性も蹲って泣いている。
他の人も集まって来ている。結界で身動きしてなかった人達も、他の人に支えられてだが歩いている。その中にはセドリックさんもいた。みんな何かしら怪我をしているが、そこまで重症ではないらしいと確認して、抱かれている女性に近づいた。
──息が、ない………。
「そんな…」
死なせてしまった。自分が居たにも関わらず。でも、攻撃魔法を受け地面に叩きつけられたにしては外傷がない。
「…彼女、置いて、帰るんですか……?」
彼女と同じパーティーを組んでいたと言う女性の冒険者が目に涙を溜めながらも問いかけてくる。
ナルは首を横に振った。
「いや、連れて帰ってあげましょう。せめて家族の元に」
ナルの倍は身長がある彼女をリリスティアさんから受け取り背負う。
「ちょっと、あんたも怪我してるじゃない。私が……」
「軽傷です。少なくともあなたよりは平気なので」
女性の足を少し引きずってしまう事になるが、そこは我慢してもらおう。そしてこっそりと背負った彼女に治癒魔法をかけ続ける。もうどうしようもないとは分かっていても、何もしないでいるなどナルには到底出来なかった。
「運ぶのなら俺に任せてくれ」
オストダムさんも申し出てくれるが、これもナルは断った。
「ありがとうございます。でも、傷を完全には治療してないので皆さんに負担はかけられません。俺なら平気ですので」
魔法で傷を治してしまうのは重傷じゃない限りは簡単だが、身体の方が自分で治ろうとする力がなくなるのであまり使うのは良しとされていない。
数人が出血が酷く、死なないようにとある程度血が止まるようには治療魔法をかけたが、無くなった血液はまだ戻っていないはずだ。他の人達も何かしら怪我をしているので、本当ならまだ暫くは寝ていてもらいたいところだが、何が起こるか分からない以上、早くここから出る必要がある。
「さぁ、行きましょう」
「行くってどうやって?」
疑問は当然だろう。見渡す限り原っぱや湖が広がるこの空間には、ここから出る為の階段などが見当たらない。だからと言って歩き回って探すにはナル以外の体力は持たないだろう。
「転移します」
「それは無理だ!転移魔法がどれだけ難しいか知らないだろ!上位の魔法使いでも極少数しか使えないんだぞ!!!」
「そうだ!それにダンジョンの外へは転移では出られない」
確かに、ダンジョンの外へ転移するのは不可能だと、ラウルと一緒に見た本に書かれていた。ならば入り口のある部屋まで転移すれば良いだけだ。
全員を一気に連れて行くとなるとだいぶ厳しいとは思うが、今の魔力量なら出来ない事は無いはずだ。と言うより、やるしかない。
「ダンジョンに入ってすぐの部屋まで転移します。皆さん、手を繋いで下さい」
ナルが大蛇を倒した所を見ていたのか、嫌がるそぶりを見せる人はおらずに言われた通り手を繋いでくれる。
全員が手を繋いだ事を確認したナルは、最初の部屋へ転移した。