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「なんだあいつ!ガキのくせして只者じゃないぞ!!!」
「あの怪物を押してる…!?」
ラウルがそれぞれに張った結界のおかげで動けるようになった冒険者達は、わらわらと周りから沸いてくるモンスターを協力しながら倒していた。
敵の数はそこまで多くはないので、少々よそ見してもまだ余裕がある彼らは、1人、あの大きなモンスターと戦うラウルを見て驚嘆の声をもらす。
あの巨大なマグマの攻撃をひらりひらりと躱し、逆に魔法の攻撃を当てる様は敵を圧倒しているようにも見えた。
ダメージを受けているのか、敵が嫌がる素振りを見せるその光景は冒険者達の間に希望が広がる。
「もしかすると俺たち生きて帰れるんじゃ…?」
「あのガキの名前って確か…」
「ラウルって言ってなかったか?」
「ああ、そうだ。そうだったよ!ラウルの兄貴だな!!!」
「子供に兄貴って言うか…?」
「少なくとも、ここにいる俺達以上に戦えるやつは彼しかいない。だから兄貴で良いんだよ!」
そうか、と納得している男の横で1人が小さくため息をつく。
「情けない。子供が1人で頑張ってくれてるというのに、俺達はこいつらの相手だけで手を出す事すら出来ないなんて」
「せめて応援しよう。そして生きて帰れたらこの事をきっちりとギルドに報告するんだ。それが1番彼の為になるだろう」
「確かにそうだな。せめて応援だけでも…」
男たちは頷き合い、声を揃えた。
『ラウルの兄貴ー!頑張れーーー!!!』
その声援に勢いよくこちらを向いたラウルは大声で叫び返す。
「やめろ!!!」
その顔は誰がどう見ても真っ赤だ。
「ガキのくせして凄い奴だとは思ったが…年相応なとこもあんだなぁ〜」
「だな」
モンスターとの戦いの中、垣間見てしまったラウルの子供らしい一面に男達は癒される。その原因は男達が作ったものではあったが…。だが、それが男達のやる気を高めた。
「あのでっかいのは俺達じゃ無理だ。その事実は変わらねぇ。だったらせめてこいつらだけでも、あの子の所に行かないようにしようじゃねぇか!」
「おうよ!」
そして男達は、無限に湧いて来るんじゃないかと思えるほど数の多いモンスターに飛びかかって行った。
* * *
「ったく、黙って震えておきゃいいのに…」
突然、冒険者達全員から謎の声援を受けたラウルは、ドキドキする心臓を鎮めようとしながらも、敵の攻撃を避け、更に自らの攻撃を叩き込むことを止めてはいなかった。
それにしても……。
チラリとマグマの山を見る。ラウル自身の攻撃は当たり、嫌がるように身をよじって声を出すのは、少しでもダメージがあるからだろうか。その度に飛んで来るマグマを避けなければならないのは本当に鬱陶しいが、少しでもダメージが入ってるならまだ良い。
でもラウルはそうは思えなかった。
手応えが少ない。つまり、あまりダメージにはなっていないはずなのだ。なのにここまで嫌がる素振りをするのは?
なんだか嫌な感じだ。
こういう時は短期決戦に限る。ただでさえ正体が分からない奴に時間をかける必要はない。弱いなら今のうちにトドメを刺すべきだ。なぜなら、敵が奥の手を隠している場合が多いからだ。奥の手を隠していた場合、必ずがなんらかの方法で強くなる。
──戦いを愉しむな。
これはアレックス隊長の教えだ。
敵が弱いものと油断して時間をかけた場合、仲間を危険に晒すかもしれない事は当然であり、更には自分まで死ぬ確率が高くなる。
弱いモンスターや魔物はもちろん、一体で強いモンスターや魔物も早めに倒すべきだ。弱いモンスターだからと油断して、ゆっくり倒していたなら強い仲間を呼ばれる可能性があり、当然こちらが危なくなる。
いくら自分が強くなったと分かっていても、油断だけはしてはいけない。それは1番弱いとされているモンスターに対しても当てはまる。
──ある程度自分の奥の手を隠すのは良い事だが、使う時を見誤るな。
ラウルとナルはアレックス隊長達に、徹底してそれらの教えを教え込まれてきた。
マグマの山は正体の分からない敵であり、まだ何かを隠していそうだ。それに、後ろには守らないといけない冒険者達。自己責任で冒険者になっただろうから、別に守ってやる必要はないのかもしれない。それでも、ユニバースでイーサンに養子として受け入れてもらい、以前では考えられないような愛情を沢山の人々からもらい、そして働くようになった今、出来る限りの事をラウルはしたかった。
なのでラウルは隊長達の教えを実行する。
今までは魔法を適当に放ったかのように見せかけて、どこかに相手の弱点がないか探っていた。
そして分かったのは、ある部分に当たった時、ほんの少しだけ上擦るような声を出す時があるのだ。
そうと分かれば躊躇う必要はない。
相手からの攻撃は単純だ。ただマグマを飛ばしてくるだけ。それを後ろの冒険者達がいない所に誘導しながら避けるだけで良い。その間に魔力を練り上げる。奥の手を使うつもりなので、時間は掛かるが単純な攻撃だけなら余裕だ。
──そのはずだった。
魔法があと少しで完成しようとした時、マグマの山が激しく唸りながら震え出した。
それはあらゆる方向にマグマを撒き散らし、ラウルはやむなく攻撃魔法を中止し、自分と冒険者達の防御をする事になってしまった。それは先程までの攻撃とは量も質も違う。狙いは定まっておらずただ撒き散らしているだけなので正直言って質は悪いが、なんせ量が半端ない。
まるで動物が水をかぶってしまった後、それを身震いさせて水を落とす時のようにマグマが飛んで来るのだ。
流石のラウルでも、この量で防御を張ったまま攻撃出来るほどまだ強くなかった。
やがて震えはおさまり、ソレは正体を現す。
4本の手足、丸まった胴体。それに、ギョロリと周囲を見回す目。
「グゥゲロォォォオオ──!!!」
マグマの中から姿を現したのは、巨大なカエルのような生き物だった。
何で鳴き声違うんだよ、とラウルは思ったが、マグマを被った状態だとくぐもった声になるのかもしれない。どうでもいい事を考えながらも、ラウルは相手を観察する。
「なっ何だありゃァ!!!あんなんもう無理じゃねーか!!!」
「いくらラウルの兄貴でも無理だ!」
「ったく、だからうるさいってば」
冒険者達にはある程度余裕の表情を見せながらも、ラウルは心の中で盛大な舌打ちをしていた。
──間に合わなかった。
出来れば正体を現す前に片付けておきたかったのに。
でも今更どうこう言ったってしょうがない。結局は倒すのだから。
それに正体を現した今、嫌がっていた部分がどこか分かった。丁度胴体の真ん中辺りだ。逆に正体が分かった事で攻撃しやすくなったと喜んでも良いかもしれない。
向こうが攻撃を仕掛けて来る前に、ラウルはさっきよりも手早く魔力を練り上げる。少し雑になってしまうかもしれないが、倒せるんなら何でも良い。
巨大なカエルがパカリと大きな口を開け、光が溜め込まれ発射されそうになった時、ラウルの魔法は完成した。
ラウルの奥の手。赤よりも青よりも熱く攻撃力も高い、白い炎。名付けて白炎。これだけはまともな名付けだとラウル自身は思っているし、密かなお気に入りだったりする。
それが奴に向かって放たれ、胴体から全てをのみ込んだ。