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ラウルがそこに降り立った時、真っ先に感じたのは熱さだった。蒸し暑さはもちろんあるのだが、それよりも物凄い熱気が空気中を支配しているようで、暑いと言うより肌が焼けるように熱かった。しかも呼吸をするのが困難なくらい熱い。
それもそのはず、その場所は見るからにマグマの池ようなものがそこら辺にちらほらと煮えたっていた。
それに1番目を引くのはあのマグマの山。マグマは液状のはずなのに、流れ落ちる事なく山になって蠢いている。そこからはとてつもない殺気を感じる。
ラウルはすぐさま自分自身に結界と涼しくなるような魔法をかけた。
すぐ側には先に魔法陣で転移されて来た人々が口元を覆って蹲っていたので、同様の魔法をかけておいた。激しく咳き込んだりはしているが、ほっとしたように表情は変わっている。
この程度でへこたれているのに、Aランク冒険者になれるのか。アレックス隊長が俺達なら余裕だろうと言ってたとナルが話していたのを思い出し、納得する。確かに、これで試験に落ちればとんだお笑い種だ。納得なんて出来る訳ないだろう。
さて。
ラウルは山のようになったマグマに向き直る。
今までに見た事もない奴だ。モンスターなのか魔物なのかも分からない。マグマでも燃えるだろうか?
「な、何だあれは……」
「こんなの勝てる訳ないじゃないか…っ!」
自らの呼吸が落ち着き、周りを見る余裕が出てきたのか、男達がマグマの山に気付き、そこからの殺気にガタガタと震えだす。
「にっ逃げないと!」
「一体どうやって!?ダンジョンにここまで飛ばされたんだぞ!?逃げ場なんてあるのか!?」
「やっぱり…あの噂は本当だったんだ……」
「噂…?」
「ダンジョンには不定期にモンスターが増える時期があって、そこでダンジョンから逃げられなかった人間は帰って来られないらしい。その後、落ち着いたダンジョンに入った人間はダンジョン内が様変わりしていたと全員が口を揃えて言ったんだ。先に入って逃げられなかった冒険者達は死体も見つからなかったとか。おそらく全滅したんだろうって話だ」
「そんな……」
「そこからダンジョン内にモンスターが大量発生すると直ぐにダンジョンを出るようにと言う通達が出てる」
「それじゃあ、俺達は……」
「嫌だ!家族がいるんだ!!!死にたくない!!!」
「うるさい」
ピシャリとラウルが言い放つ。ラウルはナルには見せないような冷たい表情で男達を睨みつけた。その時だった。
ブ オ オ オ オォォォ……
突然。あのマグマの山から地鳴りのような音が響き、ラウル達に向かって放たれたマグマの攻撃を咄嗟にラウルが魔法障壁を張って全員を守る。ラウルは、怯え、何も出来ない冒険者達を見て鼻で笑ってやった。
「あんたら冒険者なんだろ?戦えないなら黙って生き残る事でも考えてろよ」
自分達よりも遥かに小さな子供にバカにされながらも、守られている。しかも自分達が嘲笑った子供に。その事実に冒険者達の表情は変わった。
ラウルは他の冒険者達にバレないよう、すぅーっと息を吸い大きく吐く。今のはちょっと危なかった。冷や汗が流れ落ちる。
思った以上に攻撃が重い。し、長い。戦意を喪失した全員を守りながら戦うのは正直厳しいだろう。
ラウルにとって誰かを守りながら戦うというのは初めての事だった。
今まで隣にいたのはユニバースの隊長達やナルで、例え任務があっても一般の人間は他の誰かが守ってくれていた。だから守る事を考えずに動く事が当たり前だった。
でも今は違う。ここにはラウル1人。頼れる人間はいない。ナルとはここを出て会うと約束した。何としても自分がどうにかしなくては。
彼らを挑発したおかげでやる気が上がったのは良いが、変に出しゃばられて勝手に死なれるのも困る。
でも。
ポツリポツリと現れるモンスターを見て小さく息を吐く。
あのでっかいのを相手にしながら、雑魚どもを相手にしている余裕はない。ここは彼らに任せるしかなかった。
ナルと一緒に見ていたダンジョンについて書かれた本には、転移魔法でダンジョンの外に出るのは不可能と書かれていた。ならば入り口に近い所に転移すれば良いだけだが、今の冒険者の話を聞く限り、そこに戻れるとは限らない。何故なら、ここは既にダンジョンではない可能性もあるからだ。
それにラウル自身、この人数を一気に転移させる事も出来ない。ならば何度か往復すれば良いだけの話なのだが、それを敵が許してくれるとは到底思えない。
「クソ……」
道はただ一つ。
「奴をぶっ倒す」
後の事を考えるのはそれからだ。
* * *
ナルがそこに出た時、辺りには信じられない光景が広がっていた。
「そ、んな……」
風が吹きサワサワと揺れる原っぱ。少し向こうには大きな湖も見える。ダンジョンだとは到底思えない光景。頭上には青い空が広がっていた。
ただ、そこには不釣り合いな光景が。
それは真っ赤に染まり倒れ伏す冒険者達の姿である。
「だっ大丈夫ですかッ!?」
1番近くの冒険者に駆け寄ろうとした時、ナルの鼻先を何かが掠めていった。それを瞬時にナルは仰け反って回避する。
「ほぉ、あれを避けるか……これはなかなか…」
声がした先、そこには深くフードを被った者が佇んでいた。声からするに男だろうか。
「この人達を…あなたが?」
「いや、残念だが私は今回手を出していない」
男の目線の先…いや、顔は見えないが向いた方を見るとそこにはチロチロと舌を出す大きな白蛇がいた。光沢のある鱗のようで、ピカピカと虹色に光っているようにも思う。
全長だけでも人間の大人15人分ほどはあるだろう。その背中からはまるで妖精のような羽が生えており、不自然極まりない。
シューッ、シューッと金色の目で見下ろすその様は、ナルを獲物としか見ていないようだった。
背後には得体の知れない男、前には冒険者達を襲ったであろう大蛇がいる。冷や汗を流しながらもナルがグッと腰を低くして身構えた時、なんとも気の抜ける可愛らしい声が聞こえた。
「パパーッ!もうっ!!!勝手にモンスター入れたでしょ!しかも魔物までっ!私のだから今回は私に任せてって言ったのにぃ!!!」
その少女は得体の知れない男に飛びつくように抱きついた。ピンクと赤の可愛らしいドレスを着たその少女はいかにも貴族の娘といった感じだ。その少女を難なく受け止めた男はポンポンと彼女の頭を撫でる。
「ハハハ、悪いな。あちらさんがどんなものか少しだけ見たかったのだよ。許しておくれ」
「むー!!!──うーんとね、次は私が全部やるからね!」
「分かった分かった。じゃ、帰ろうか」
「あれ?殺さないの?」
キョトンと言う少女の言葉にナルは悪寒が走る。
「生き残ったら生き残ったで、またそれは面白くなるからね」
「……ふぅーん。パパの言う事、よく分かんないや」
「今死ぬんならそれはそれで。もし生き残ったら楽しみは後日って事だよ」
少女はナルをジッと見つめる。深い赤い色の目に引き込まれそうになる。
「私の所で生きて帰れるとは思えないけど……パパがそう言うんなら、頑張ってね!!!」
バイバーイと手を振った少女は、男と一緒に消えた。そう。消えたのだ。ナルがずっと見ていたにも関わらず。転移魔法でもない。魔道具も使ってなかった。なんだ、あれは。
首筋が突如凍りつくような殺気を覚え、瞬時に上へとジャンプする。
ダァァアアアンンン!!!!!
下には頭ごと地面へ突っ込んだ白蛇がいた。
取り敢えず、他の冒険者達は巻き込まれてはいない。
なら。
ナルは倒れ伏している冒険者達に魔法を放った。治癒と防御の魔法である。
生きてるかどうかを確認出来ないのは辛いが、今はこれしかない。
「確認するのはお前を倒してからだ!!!」
そうして、ナルは右手を天に掲げる。そこには巨大な魔法陣が浮かび上がる。白蛇は既に体制を立て直し、大口を開けてこちらへ迫ってくる。どうやらあの変な羽でも飛べるらしい。
だが、遅い。
ナルは右手を振り下ろし、魔法陣から発動された火と光と風の竜巻を白蛇に叩き込んだ。




