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イースグレイ王国の幽霊王女  作者: しろ
0章 プロローグという名の幼少期
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 「先生?あの、少しお聞きしたいのですが…」


 ラティアがヨハネスから学ぶようになって、早半年が経とうとしていた。

 ヨハネスは厳しく教えていたが、ラティアはそれに屈する事なく、むしろ楽しそうにしながらもぐんぐん成長した。その速度はヨハネスも目を見張るほどのものがあった。


 「どうした?何か分からないところでもあったか?」

 「いえ、違うんです。前にメイドのケイティが言ってたんですけど、私は好きでもない人─……と、無理やり政略結婚させられるんですよね?ある程度は仕方ないって勉強してて分かりましたけど…、あの、それを避ける方法って何かないんですか?」


 豚で臭い変態のお嫁さんはさすがに言いづらくて、言葉を飲み込んだラティア。


 「ふむ、そうだな…。実力をつけて自分に価値がある事を示せば、無理やり結婚させられる事もないだろう」

 「実力……。なら、強くなれば良いと言う事ですね!」

 「まぁ、間違ってはいないが…」

 「先生!私、強くなって、結婚するのは好きな人とします!」

 「そうだな、応援しよう」


 深く突っ込むのはやめ、うむ、と頷きながらヨハネスはラティアの頭を撫でた。

 撫でられてるラティアは、年相応の満面の笑みだ。


 「ところで、姫。それも大分慣れたんじゃないのか?ぶれる事が少なくなってる」


 本来のラティアの金髪は黒へと色を変え、蒼い目も黒色になっていた。

 始めの頃は色を変える事もままならなかったが、今ではこの調子で2、3時間ならぶれる事もなく、他の魔法も同時発動出来るようになっていた。他の魔法を使わない場合では、余裕で日中は持つ。


 (本来ならここまで出来るようになるのに、最低でも3年はかかるんだがなぁ…。まさに、魔法の天才と言ったところか)


 「でも、先生。まだ長さは変えられないんです」

 「なに、そこまで出来てたら十分だ。後は訓練をサボらずに続ければ出来るようになる」

 「はい!今、就寝中も特訓中なんです」

 「な…!」

 「でも、寝てるんでちゃんと持続出来てるか分からないんです。朝起きたらこの色のままなんで変わってないとは思うんですけど…」


 えへへと笑うラティアを見てヨハネスは冷や汗が背中を伝うのを感じた。


 (黒は初歩とはいえ、やはり末恐ろしい娘だな。寝てる時まで練習するとは…。だが、性格に問題はないし、将来が楽しみでもある)


 「その調子で頑張りなさい。──ところで、姫。急だが、わたしは後一月でこの城を離れる事になってしまった」

 「えっ⁉︎」


 一瞬で絶望に染まったラティアの顔を見て、ヨハネスは申し訳なさそうに眉を下げた。


 「こちらの都合が出来たんだ、申し訳ない」

 「それは…仕方ない、ですよね……。でもまだ他の魔法教えてもらってないのに…」


 ラティアがこの半年で学んだのは主に言葉遣い、読み書き、礼儀作法、そして変身魔法だけだった。


 「なに、姫ならば他の魔法だって練習すれば出来るようになるさ。わたしが保証する。それよりも、昼食を持って来る事が出来なくなってしまうんだが…」


 ラティアの昼食が出ない事を知ったのは、勉強を始めた次の日の事だった。

 昼になっても勉強を続けるラティアに、ヨハネスが昼食を食べに戻らなくて良いのか聞くと返ってきた答えが「でないからいいの」であったのだ。ヨハネスもこれには絶句した。そして慌ててラティアの分と自分の分の昼食を買いに行ったのだ。それからの昼食はヨハネスが毎日2人分用意して来ていた。


 「大丈夫です。一食くらい抜いたって死にませんから」

 「そういう問題じゃないんだが…」

 「本当に大丈夫です。ご飯くらい何とでもなりますから。心配しないで下さい」


 眉を寄せてしばらく考えていたヨハネスだったが、結局良い案はうかばず、ラティアの固い意志に負けたように頷いた。


 「すまない」

 「ところで先生、後一月はいつも通り私に教えて下さるんでしょうか?」

 「ああ、もちろんそのつもりだ」

 「ありがとうございます!私、いつも以上に頑張りますね!」


 やる気を見せるラティアの頭をヨハネスは優しく撫でた。

 暴力はないにしても、酷い扱いを受けるこの子をこのままここに置いて行くのはあまりにも忍びなかったが、だからと言って姫であるラティアを連れて行ける訳もなかった。






* * *






 一月経つのはあっという間だった。

 いつもの図書室で、いつものように勉強した。そしてその時間は無情にもやって来る。

 ラティアがこの一月、来るな来るなと願っていた時間だ。


 「先生……」


 今にも泣き出しそうなラティアを見てヨハネスは困った顔をする。


 「頼むからそんな顔をしないでくれ。私は姫が笑ってる顔の方が好きだ。それに、一生会えない訳じゃない」

 「本当に…?また会えます?」

 「ああ。会えるよ。約束しよう」

 「はいっ!」


 目は潤んでるものの、笑顔を見せるラティアにつられてヨハネスも微笑んだ。


 「ほら、これはわたしからのプレゼントだ」


 ラティアの両手一杯に収まる布袋をそっと彼女の手に乗せる。

 チャリチャリと小さな音を立てる中身を覗いたラティアは驚いた。

 そこには金銀銅とそれぞれの色に輝く硬貨が沢山入っていたのだ。


 「これはっ…」

 「何かと入り用になる時もあるだろう。硬貨ならどの国でも使える。なに、遠慮はいらない。変身魔法をこの短期間で覚えた姫への、わたしからのプレゼントだからな」


 咄嗟に断ろうとしたラティアであったが、ヨハネスに先を越されてしまい、ありがたく貰っておく事にした。


 「ありがとうございます、先生!」

 「元気でな、また会おう」

 「はいっ!私、勉強頑張って、次に会う時は先生をビックリさせますから!」

 「そうか、それは楽しみだ」


 ラティアはヨハネスの顔をしばらく見つめた。

 光沢がかってる濃紺の長い髪に神秘的な紫色の瞳。誰から見ても美しい顔。この図書室へ来る時はおじいさんを装って来るけど、2人だけの時はこの姿でいてくれる。短い間だったけど、本当に沢山の事を教えてもらった。

 私の、大切な大切な先生──。


 片膝を地面に付け、ワンピースの端を少し持ち上げ、深く腰を折った。礼儀作法の一環で覚えた最上級のお辞儀は、とても美しく様になっていた。


 「短い間でしたが、本当にお世話になりました。この御恩は一生忘れません。今後も先生に教えて頂いた事を胸に努力していきます。──先生の、今後の御多幸をお祈り申し上げます」

 「ありがとう、ラティア姫。わたしも貴女が今後幸せに暮らせるように祈っている。何事にも弱気になってはいけない。頑張りなさい」


 最後にポンッとラティアの頭を撫でてからヨハネスはここを去って行った。

 彼が出て行った後も、ラティアは頭を下げたままだった。


 ポタポタッと床に水滴が落ちて行く。


 「っふ、くっ……うぅ…」


 離宮に住むように言われてからというもの、2人の兄達には一切会えていない。

 メイドのケイティはほぼ姿を見せないし、見せたとしても話す気はおきない。


 また一人ぼっちで過ごす日々に戻らなければならないのだ。

 それまでは何ともなかった事だったが、ヨハネスと毎日一緒に楽しく充実した時間を過ごした事によって、それがとてつもなく寂しく感じた。








* * *









 時は遡り、ラティアが離宮に移動させられてから数日後。

 2人の王子、スウィンクとヴァルジットは王宮にあるラティアの部屋へとこっそりやって来ていた。

 ラティアの部屋と言っても、2人が使っている部屋のように大きな部屋ではなく、メイド達が使うよりも小さな一室だけの部屋だ。それも、一階の誰も使っていないような隅の方にある一室。そこには当然人通りが少なく、シンとしていてどこか寂しさを感じる場所だった。


 「ティア、来たよ」


 コンコンと軽くノックしながらヴァルジットは声をかけた。

 いつもならこれですぐに扉は開くのだが、今回は開かない。


 「ラティ?」


 いつになく、シンとしている部屋を不思議に思ったスウィンクは少し強めにノックした。が、扉が開く事はなかった。


 「そこで何をなさっているのですか?王子様方」


 突然背後からかけられた声に振り向いた彼らの先には、王妃付きの侍女であるジェーンが厳しい顔で立っていた。


 「これからお勉強の時間では?何故こんな所にいらっしゃるのです。早くお戻り下さい」


 淡々と告げる彼女をスウィンクは睨みつける。


 「ラティアをどこへやった?」

 「ああ、姫様ですか?王妃様の命令で、違う場所にお住まいになっておられますよ。心配はご無用です。さぁ、行きましょう」

 「ちょっと待ってよ!どこに住んでるのさ!」


 少ない説明に堪らずヴァルジットも声を上げるが、「王妃様のご命令でお二人に居場所をお教えする事は出来ません」と一蹴されてしまった。











 「…チッ」

 「ウィン兄…さっきから舌打ちばかりだよ」


 少し前に先生からの授業が終わり、自習時間となった今、誰もいない2人きりの部屋で予習や復習をそれぞれしていた。


 「──ヴァル。俺たちは今、無力だ」

 「…うん」

 「ラティに会いに行くことすらままならない」

 「…うん」


 スウィンクは書籍にやってた目線を上げてヴァルジットを見る。その目の奥には、強い怒りの炎が揺らめいているように見えた。


 「このまま、母上の言いなりにはなっていられない。ラティを守れるのは俺たちだけだ」

 「そうだね」

 「その為には力が要る。知恵が要る。それに、信頼出来る人間も。誰の息もかかっていない優秀な人材を俺たちで探さねばならない。あの人達の息がかかる前に、俺たちが育てるんだ」

 「うん」

 「今は、……我慢の時だ」


 スウッと息を深く吸い込んで、そう呟いたスウィンクの声は、自分自身を鎮めているようにも見えた。


 「ティアにも、暫くの間は我慢してもらわないといけないんだね…」

 「ああ。だが、」

 「うん、分かってるよ。空いた時間で出来る限り探す」


 ヴァルジットの力強い頷きを見たスウィンクは、優しく顔を崩した。


 「頼むよ。俺は出来るだけ早く帝国の学院に通えるように交渉してみる」

 「僕の分もよろしくね。もう通える歳なんだから」

 「分かってるさ」


 2人は頷き合った。


 「──俺は1日でも早く国王になる為に」

 「──僕は兄さんを支える為。知恵の方はあんまりだから騎士でも目指すよ」


 「「全てはラティ(ティア)が心安らかな毎日を送れるように!!!」」


 ラティアとは1、2歳違いの、まだ幼い2人は動き出す。









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