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「私の目が節穴だったのかしら…。今まで私が人を見る目を間違った事なんてなかったのに…」
「確かに、あいつは俺もおかしいと思うんだが…。だってあいつは…」
「まぁまぁ、人は見た目じゃ判断出来ませんしねぇ」
のほほんと笑ったペインスハイムさんにクレアさんは鋭い突っ込みを入れる。
「何言ってるんですか!よくよく考えてみれば、あいつ、危うくペインスハイムさんを轢きそうになった人ですよ!?」
「正確には、馬車を暴走させていた2人の内の1人だ」
「そんなのどっちでも良いでしょっ!とにかく危ない人なの!なのに……こんなの信じられないっ!」
うわぁぁぁあ!と発狂するクレアさん。
話題は昨夜の七三分けにした金髪の男だ。
時間は遡り、朝食を全員で食べた後、向かった先はギルドだった。もちろんナル達も3人について行った。
そこで目にした光景はすごいものだった。まるでお祭り騒ぎ。その中心にあの男がいる。
そう。七三分けの金髪イケメン男、例のイケメン詐欺野郎である。その横にはユニバースで会った依頼主の男が鼻高々にしている。確か名前はピグだったか。今依頼をしているだけで、彼との私的な繋がりはないはずだろうに。
ナル達が呆れてしまうのも無理はない。
周りの雰囲気を見て、事情を詳しく知ってるのがその中心にいる人物だと思ったのか、タンドリクスさんやクレアさんは真っ先にイケメン詐欺野郎がいる方へと向かって行く。
ペインスハイムさんもそれに続くので、ナル達も後を追う。
「おはようございます。昨日、原因を探って来て下さった方ですよね?」
「そうだが?あなたは?」
「申し遅れました。俺はタンドリクス。昨日は外で戦っていた者なのですが…、昨日の状況を教えて頂きたくて」
「そうかそうか!!!あんたもご苦労だったな!あんた達のお陰で街は無事だ!助かったよ!!!」
タンドリクスさんに返事をしたのはイケメン詐欺野郎ではなく、彼の横で騒いでいた男達の1人だった。
「聞いて驚くな!!!実はなぁ、なんとあの森の奥で窓が開いたらしいんだ!!!」
「窓っ!?」
クレアさんは息を飲む。タンドリクスさんにペインスハイムさんも驚いた表情だ。
イケメン詐欺野郎は得意げにうんうん頷いている。
「そうだ窓だ!驚いたろう!魔物のせいでモンスターがこっちに逃げて来てたって訳さ!」
「魔物は?」
「もう大丈夫らしい。なんでもユニバースの隊員さんが魔物をやっつけてくれたらしいからな!!!」
な!と笑いながらもバシバシとイケメン詐欺野郎の背中を叩いている。
彼は痛そうにしながらも、得意げだった。
「その魔物を倒してくれた隊員の方って…?」
「さぁ…黙秘します」
いやいやいや、違うだろ。あんたが得意げにしてどうするんだとナル達はすぐに突っ込みたくなったが、辛うじて我慢する。
おそらく、ユニバースの研究員達に口止めをされているんだろうが、なんだか釈然としない思いを抱えるナルとラウル。
この黙秘が誤解を招いているのだから当然だろう。
ユニバース隊員である事だけでも否定すれば良いのに。
でもそれをナル達が否定する事は出来ない。マスターとの約束があるからだ。
「彼はセニウスさんと言うんだとよ!覚えておけよ!この街の大恩人だ!」
近くで女の人達の黄色い悲鳴が上がる。
胸を張るイケメン詐欺野郎に彼の依頼主、ピグ。いやだからなんでだよ、とナルはさっきから突っ込みたくて仕方ない。
それでも耐えた。
──耐えたのに、だ。目敏くピグはナル達を見つけてしまった。
「おやおや〜?そこにいるのはユニバースのギルドで会った餓鬼どもじゃないかぁ?」
「……」
獲物を見つけたとばかりに大きなお腹を揺らしながら彼はナル達の目の前に来る。
「やっぱり儂の見立ては間違ってなかったようだ。あのマスターも人が悪い。こんな良い人材が側にいたというのに、こんな餓鬼どもを寄越そうとするなんて…。ケチりおって許さん!ああ、だんだん腹が立ってきた!あやつ!マスターとは言え新人のくせに、クソが!!!覚えておれよ!儂がせっかく下手に出てやったと言うのにバカめ!」
「てめぇっ!!!」
「──ラウル」
殴り掛かろうとしたラウルをナルは静かに止める。
許せない。こんな奴にマスターがバカにされるのは。本当はナルだって今すぐに飛び掛かって「謝れ!」と叫びたい。
でも、それをしちゃダメだ。
何よりもマスターに迷惑がかかってしまう。
ラウルも分かっている。だから、渋々ではあったが動きを止めた。
本人は何をされそうになったのか全く分かってないようで、いやらしい笑みを浮かべたままだ。
それもそうだろう。ラウルは常人より遥かに速い動きをしようとしていたのを、ナルがそれ以前に止めたのだから。
だが、ピグの言葉に反応したのは意外な人物だった。
「ちょっと!ユニバースのマスターを侮辱するつもり!?あんたはあのお方が誰だか知っててそんな事を言ってるの!?」
ピグの目の前に出て来たのはクレアさんだった。
「ハンッ!そんなのどうでもいいわい!」
「はぁっ?!どうでもいいわけないでしょ!あのお方は私達とじゃ天と地ほどの差があるお方よ!あんたなんかが簡単に話せる相手じゃないんだから!!!──あんた、まさか……」
ジリジリとピグに詰め寄るクレアさん。
「ユニバースのマスターの事、知らないなんて事ないわよね?」
「知らなくとも問題なかろう!!!」
「はぁぁあああ!!!?知らない!!?あのお方を!!?ギルド本部の総本部長がわざわざ頼み込んでユニバースにギルドを作って、そこのマスターにまでなってもらったっていうのに!?知らないの!!?」
え、マスターってそんな偉い人だったの?と言う視線をナルはラウルに向けるが、ラウルも知らないと言った視線を返すだけだ。
「それになんの問題があると言うんだ!そこまで言うんなら何者か言ったらどうなんだ!」
「ふんっ!あんたなんかに言っても無駄そうだから教えてあーげない!」
フンッとそっぽを向いてしまったクレアさん。
ナル達の方が気になる内容だったが、クウラさん達に教わった女の怖さ講座の中に、怒る女性に声をかけるべからずとあったので、ナルとラウルの2人は視線を交わして黙っていようと頷き合う。怒る女性に声をかけると八つ当たりされる可能性があるらしいのだ。そんなのごめんである。
「このアマがっ!」
喧嘩になりそうな雰囲気だったので、タンドリクスさんがみんなを連れて早々とギルドを出た。
そして急いで食材を買い込みそのまま街を後にした。
しばらく怒っていたクレアさんに話しかけるきっかけを失い、また知る事になるだろうからとマスターの正体は気にしない事にした2人。
そんな一行はその後何事もなく旅を終え、目的のグランドアルス帝国、帝都グランディに到着した。