閑話 メイドのケイティ
辺境にある男爵家に生まれ育った私は、イースグレイ王国の王宮で、王妃様付きのメイドまで成り上がった。ここまで来るのにどれだけ苦労したことだろう。雑用は自ら率先してやり、先輩達の反感を買わないくらいの媚を売りながら必死でこの地位まで上り詰めたのだ。私はこれから先、一生安泰だと言っても良かった。
それなのに…。それなのにあいつのせいで私の輝かしい未来は閉ざされてしまった。
国王夫妻の実の娘であるラティア。
王様からも王妃様からも愛されない子。
それを見た使用人達からは疎まれ、鬱憤晴らしの対象として見られている。
ある日を境に私はあいつの世話係という名の見張り役に任命された。
お給料は変わらないと王妃様はおっしゃったけれど、そういう話じゃない。王妃様付きという肩書きが周囲にどれほど大きな影響を与えるのか、王妃様はご存知ないのだ。
しかも、大きな離宮で私とあいつだけで過ごさなくてはいけない。それはもう、息が詰まってしょうがなかった。
基本なんでも自分1人で出来るあいつは、放っておいても勝手に自分でする。
私は料理を運んで軽く掃除するだけ。他はほぼ自由時間と言っても良かった。
だから私は、合間の時間に色々と理由をつけて王宮へ戻った。もちろん、王妃様の周辺を探る為だ。
これくらいの自由は許されるだろう。
あいつを見殺しにせず、毎日王宮からわざわざご飯を運んでいるのだから。
その際、ゆっくり運ぶ事は忘れない。冷めたご飯にするのは、ちょっとした鬱憤晴らしだったりする。
ある日の事だった。
朝ご飯を運んだ後、情報を仕入れる為王宮に戻った私は騎士団訓練場の前を通りかかった。
そこには、1人のまだ若い騎士が一心不乱に剣を振っている姿があった。
心に強い意志を持ってるのか、力強い光を眼に宿し、汗を流しながらも休む事なく剣を振り続ける姿に私は一瞬で心を奪われた。
時間を忘れて見入っていると、こちらに気付いた彼はなんと、ニコリと微笑み小さく頭を下げてくれた!
キャーー!!!なんてカッコイイんでしょう!!!
顔が真っ赤になってしまった私は、思わずその場を走り去ってしまった。けれど、それからは度々その場を訪れるようになった。
最初は会釈程度だった挨拶も、言葉を少しずつ交わすようになり、今では世間話をするようになっていた。
デュースと名乗った彼は、空き時間であるこの時間に1人で訓練を重ねてるそうだ。なんと、王子達のお役に立つ為に頑張っているそうなのだ。
若いのになんて立派なお方!!!
更に彼を好きになってしまった私は、時間を見つけては彼に会いに行くようになった。と言っても、私には時間は有り余るほどあったので、私も仕事のふりをしながら彼の休み時間に合わせた。
そしてある日、あいつからしつこく遊びをせがまれた。あまりにせがむので、蹴って黙らせようかとも思ったが、ある事を思い付いた私は渋々頷いてこう言った。
「じゃあ、隠れんぼをしましょう。私が鬼をします」
予想以上に喜んだあいつは隠れるが、そもそも探す気がなかった私は数を数え、探すふりをしながら部屋を出た。もちろん、音からあいつが外へ出ていない事は分かっていた。そして私は愛しのあの人の元へと向かった。
そんな事があってから、あいつは昼にはあまり帰って来なくなった。そして私もあいつの昼食を運ぶ事をやめた。
そんな生活を送っていた時だった。
ある日王子様方と王妃様の護衛を担当した時、王妃様付きの侍女と少し話した、と彼は興奮ぎみに語ってくれた。内容は王子様達の話ばかりだったけどそこは関係ない。
私だって少し前までは王妃様付きのメイドだったのに…。なによ!ずるいじゃない!
私ばっかりがあいつの面倒を見なくちゃなんないなんて…最悪だわ!
離宮に戻った私は食事の準備をしていた食器を割り、怒鳴りちらしてその場を後にした。
あー!ほんとイライラするわ!
全部全部あいつのせい!
給料だけは良いから辞めないけど、早くあいつの専属から抜け出さないと私の未来は真っ暗だわ!
この時はこう考えていたけど、まさかこんな事になるなんて思っても見なかった……。
背中を冷たい汗が滑り落ちる。
あいつが帰って来なくなり、今日で1週間。
離宮内を全て探してもどこにもいない。
他の人にバレないよう、王宮の中も必死で探しているが見つからず、あいつの噂も聞かない。
いくらあいつの世話が嫌だと言っても、王妃様に命令された以上やり遂げなければならなかったのに、肝心のあいつはどこにもいない。
もしかすると攫われたか、どこかから侵入したモンスターに連れ去られ、殺されてしまったのかもしれない。
──まずい。
今日は本当にたまたま、王妃様からお呼び出しがかかっている。
目の前が真っ暗になりそうなのを堪え、王宮へと向かう。
「久し振りね、ケイティ。あの子の様子はどうかしら?王子達と接触はさせてないでしょうね?」
久し振りに会う王妃様にあいつの様子を聞かれる。冷や汗が伝うが、これは一応体裁を保っての事だと自分に言い聞かせる。本題は王子様方と秘密裏に接触したりしていないかを聞いているのだ。落ち着け、落ち着け私。
「……姫様は、ここしばらく、体調を崩され……離宮から外出される様子は全くありません」
こう言う以外に自分を守る術が分からなかった。
あれ?でも、もし今王子様方に見つかっていて…知らない間に保護されていたとしたら…?とんでもない量の冷や汗が全身を流れる。ガタガタと震えが止まらないが、王妃様には悟られないようにしないと…。
「そう。体調を…。――それは良いわね。どこへも行けやしないわ。もちろん王子達と会う事も叶わないもの。これからは元気になっても、体調を理由に外へ出るのを控えさせて頂戴」
「かっかしこまりました…」
王妃様の前を辞すまで、冷や汗が止まる事は無かった。
大丈夫。もし王子様達に保護されているのならとっくに王妃様もご存じのはず。私を呼び出してこんな質問をするはずがないのだ。質問をせずに罰を受けさせられているはずなのだから。
だから、あいつが消えてしまった事は絶対誰にも知られないようにしなければ。最悪私の首が飛んでしまう。
王妃様がおっしゃった通り、だんだんと病弱になってしまった設定でいこう。幸い、リヴィア離宮まで訪ねてくる人間はいないし、これなら私1人でも隠し通せる。
こうしてケイティによる一人芝居が始まり、ラティアがいなくなったことに気づく人間は数年の間、誰もいなかった。




