15
ラウルが無事保護されて、時は経ち、ユニバースにも暖かい春がやって来た。
ラウル自身の意思で彼もユニバース隊員になる事が決まり、ナルとラウルはこの半年で更に厳しい訓練を受けていた。
それもその筈、今年からユニバースに見習いの隊員達が入ってくるのだ。見習い一期生である。これから、クウラ、リア、エルの訓練を受け、彼女達に認められた者や隊長達に引き抜きされた者が、見習いから抜け隊員へと昇格出来る。
ちなみに、ラウルまではギリギリ隊員の一期生に認められ、隊員に相応しい強さになるようにと2人は一緒に厳しい訓練を受けているのだ。
へこたれず諦めず、隊長達の訓練に耐えてきた2人の努力も実り、どんどん実力を上げていった彼らは、今では任務を任せられるようになっていた。
今日も任務が終わり、ナルとラウルは一緒に食堂でご飯を食べていた。
「ナル、明日休みだろ?何するんだ?」
「ふっふっふ。気になるかい、ラウルくん?」
「やめろ、その言い方。気持ち悪い」
「ラウルもなかなか言うようになったよな。明日かー…。どうしようかな…」
「特に用事はないのか?だったら俺と…」
「あー無理無理!明日ラウルはギルティさんと訓練だろ。休みの日まで訓練なんてしたくないしー」
「…いつもは喜んで来るのに?」
ラウルは2番隊のギルティ隊長より、気に入った!と言われ、2番隊副隊長にする為に他の隊長達よりも厳しい訓練を受けていた。
それに負けじとナルは休みの日を返上して、ラウルとともに必死で訓練していたのだ。
でも、明日だけは──ダメだ。
たまたま明日になった休み。ナル自身まさかこの日になるとは思ってもみなかった。
「ちょっと試したい事があるんだよ」
それもまた事実であったが、1番やりたい事は実は他にあった。
──明日はナルの…いや、ラティアにとって大切な2人の兄達の誕生日である。
* * *
「んあ?珍しいな。今日はナルの奴はいねーのか」
「なんか試したい事があるそうです」
「それは…出かけるっつー事か?」
ユニバースにある外の訓練場にて、ラウルはギルティ隊長と剣を手に向き合っていた。
「おそらく。ナルの事だから、どうせどこかの森で1人訓練してるんじゃないでしょうか」
「ほう…」
口に手を当て少し考え込んだ彼は、いい事を思いついたとばかりにニヤリと笑う。
「ラウル。今日の剣の訓練は延期だ。代わりに──」
* * *
街へ繰り出したナルは様々な店を転々としながら、兄達の誕生日プレゼントを探していた。
お金なら、ナルになってからギルドの依頼で貯まったものや、正式にユニバースの隊員になって働いてから貰った給料などを合わせて、今ではヨハネス先生から貰ったものよりも多い金額になっている。使う事はほとんどないので、ナルの貯金額は増えていく一方である。
去年、一昨年は離宮に移されたり、ユニバースでの訓練でお祝いどころではなかったナルは、今回たまたまとはいえ休みを貰えた事に浮かれていた。
2人とも誕生日が同じ日なので、イースグレイ王国では派手なパーティーが開かれるらしいと、ユニバースのギルドに来た人が話しているのをナルは聞いていた。どうやら2人ともグランドアルス帝国にある学院に入学していて、一時的に帰るらしいのだ。
「何が良いかなぁ…」
プレゼントにも悩むが、最大の問題はきちんと渡せるかだった。会って渡せたら1番良いが、それは出来ないだろう。なんせラティアは今、離宮にいる事になっているのだから。…もしかすると、もう死んだ事にされているかもしれない。
それに、まだラティアとして堂々と会う事はしないと決めていた。もっとナル自身が成長してから会うのだ。
取り敢えず、渡す事を考える前にプレゼントを買ってしまおうと、様々な店を見て回る。その内、屋台街へと出て来てしまった。ここでは食べ物だけでなく様々な物が外で売られている。
「いらっしゃいいらっしゃい!綺麗なネックレスはいかが?もしもの時の悪漢避けにもなる機能付きさ!」
「空中に書けるペンだ!珍しいだろう!安くしとくよ!」
「道に迷っても安心!現在地が表示される絶対に無くならない地図はいかが?」
じっくりと見て回ってる最中だった。
「…?」
一瞬背後から視線を感じた気がしたナルは、すぐには後ろを振り返らず気配を探る。だが、人が多いこの場所では見つけるのは困難だ。自然に見えるように後ろを見ても怪しい人はいない。気のせいだろうか。
取り敢えずさっさと買い物を済ませてしまおうと、今じっくり見ていた物を手に取る。それは一見なんの変哲も無い指輪だった。
「なぁ、おっちゃん。これは?」
「お!坊ちゃん、お目が高いねぇ!それは普通の指輪に見えるが、実は収納魔法が組み込まれていてな。魔法が使えない場所でも使えるんだ!しかも指にはめれば透明になって見えなくなる!どうだ凄いだろ!」
「へぇ…。どれだけ入るんだ?」
「それは初めに魔力を込めた量で決まるのさ!」
「それって使う人じゃ無くても良いのか?」
「ああ。関係ないぜ。何を入れておくかにもよるが、魔力量が馬鹿みたいにある奴にお願いするのが良いだろうよ。中に入れた物は時間が止まるから冒険者とかには食料の保管に重宝されてるらしい。…ただよ、坊ちゃん。」
大声で自慢してたおっちゃんは突然声を潜め、ナルに顔を寄せる。
「残念だがあんたには買えないだろうさ。なんせバカ高いからよ」
「いくらだ?」
答えられた額は確かに高かった。世間一般からしたら約5ヶ月分の給料に相当する額だろう。だが、ナルに買えない金額ではなかった。
指輪を2つ購入したナルは、更にいくつかのお店を回った。もちろん、指輪の中に入れる為の物である。
買い物を終え、街の外へ行こうとしたところで、ナルはまた妙な視線を感じた。
「……。なるほど、そういう事か。ちょっと遊んでやるか」
何かに納得したナルは向かう先を変え、転移魔法塔へと向かう。
ちなみに転移魔法塔とは、転移魔法塔がある場所へと転移出来る魔法が設置された便利な建物なのだ。もちろん一般人でも使える事が出来るが、物凄く高い。
「イースグレイ王国まで」
魔法転移塔の管理員さんにお金を渡しながら、周りに聞こえるよう少し大きめの声でそう告げる。
「かしこまりました。魔法陣の中央へお立ち下さい」
管理人さんの詠唱によって発動した魔法陣で、無事イースグレイ王国まで辿り着いたナルは、逃げるように路地裏へ駆け込んだ。
そして、人がいない事を確認すると転移魔法を使う。行き先は離宮の中である。
「出来た…」
魔法陣を書いてない場所まで行けるか不安だったナルだが、無事ラティアが住んでいた部屋に到着する。もしこれで失敗すれば、一旦街の外に出て、あの小さな壁が壊れた場所を探さないといけない所だった。試したい事が成功してホッと胸を撫で下ろしたナルは、素早く人気の有無を確認する。
シン──と静まり返ってる離宮にはどうやら人はいないようだ。
まぁ、いないと思ったからこそナルも部屋に転移したわけだが。
まだ完全とは言えない転移魔法なので、人が2人は入れるタンスの中に一応魔法陣を書いておく。
そして、指輪を取り出したナルは必要最低限の魔力を残し、残りを全て2つの指輪へと注ぎ込んだ。
* * *
街の中は大変な賑わいを見せていた。
買った物を全て指輪に収納し終わったナルは街を探索していた。
あのまま隠し通路から王宮へ入ってプレゼントを置いてきても良かったのだが、それをすると完全に怪しい物になってしまう。
やっぱり渡すのは無理だろうか。手紙と一緒に、会える日まで保存しておくしかないかもしれない。
どうしたものかと途中で買ったパンを頬張りながら歩いていると、キャーキャーと頰を上気させた女の人達が話す声が聞こえて来た。
「ねぇ!何にするー?」
「私は髪飾りにするわ!だってあのお2人よ!絶対に似合うわ」
「でもつけて下さるか分からないのよ?」
「良いのよ!たった1%でも、可能性があるんだから!」
「そうね!そうよねーっ!」
「王子様方自ら私達一般人のプレゼントを受け取って下さるなんて!ああ!夢見たい!!!」
えっ!?今なんて言った?
思わず立ち止まってしまったナルはくるりと今話してた女の人達の方へ方向転換する。
「あのー、その話って本当?」
「あら、坊や。あなたも王子様にプレゼントしたいの?」
「うん!」
「なら、いい時に来たわね。私達一般人が渡せるのは今日この日だけよ!しかも手渡し!明日にはもう学院の方へお帰りになってしまうし、来年はあるか分からないの」
「そうそう。良い?王宮の広場へ行きなさい。渡せるのは15時から17時までの2時間だけ。人が多くなるでしょうから早めの方良いわ。坊やは小さいから潰されないようにね!」
「ありがと〜!」
思わぬ情報に喜んだナルは、王宮広場へと向かう。
でも…とナルは思う。3番隊隊長のシュエルさん直々の指導を受けていて良かった。今の女の人達には、ナルがただの幼い子供にしか見えなかっただろう。
初めに見たシュエルさんの演技力にはラウルとともに驚き、思わず吹き出しそうになったものだが、練習して来た甲斐があった。
随分早めに着いたにも関わらず、王宮の広場にはもう随分な長い列が出来ていた。
長い時間列を待ち、ようやく兄達の前に立てたのは並んでから4時間後の事であった。
スウィンク兄様は前よりも雰囲気が鋭くなったように感じる。笑みを浮かべてはいるが、目の奥では何か恐ろしさを感じさせる光がある。
ヴァルジット兄様は相変わらず優しさで溢れていた。誰に対しても100%の笑顔である。
ずっと会いたくて、会えなかった2人が目の前にいる。本音を言うと、今すぐ2人の胸に飛び込みたい。
背も高くなり、更にかっこよくなった2人を見てナルは思わず涙ぐみそうになったが、グッと堪えて震える手でプレゼントを渡す。
「お誕生日、おめでとうございますっ!」
ありがとう、と言う2人の声を聞く前にナルはその場から走り去った。
頭を切り替えたナルは背後から追ってくる気配を完全に捉えていた。
スッと路地裏に入り沢山の箱が積み重なってる場所にしゃがみ込んで気配を完全に消す。
慌てたように入ってキョロキョロ辺りを見回すローブ姿の人間に背後から飛びかかった。
起き上がれないように手をしっかり決め、押さえつける。さぁてと。
「何してるのかなー?ラ・ウ・ル・く・ん?」
「…クソッ。いつから気づいてた?」
「んー、ユニバースの街にいた時から」
「めちゃくちゃ初めじゃねーかよ!」
「ふっ。俺と隠れんぼしようなんざ100年早ーんだよ。ところで、ギルティさんとの修行は?」
手を離してやり、起き上がるのを手伝うと、ラウルはムッとした顔で服の汚れを払った。
「急にナルの尾行に変わったんだよ。帰るまでバレなければナルにペナルティ。バレれば俺にペナルティだそうだ」
あー。ギルティさんの無茶振り、お疲れ様です。てか、
「俺もだったのかよ!」
無視して帰らなくて良かったぁー!と心底思うナルであった。
* * *
王宮の一室で一般人からのプレゼントを受け取ったスウィンクとヴァルジットは人払いをし、2人きりとなった部屋の中で話していた。
「ほんと、母上も考えるよねー。この為だけにわざわざ僕達を呼び戻すなんて」
「国民への好感度を上げる為だろうな」
「…でも、あの子なんか他の人と違ったよね。覚えてる?あの茶髪の男の子。歳はきっとティアと一緒だよ。別に僕達に媚を売る訳でもなかったし」
「ああ。何故か貰った物を思わずポケットに突っ込んでしまった」
「僕もだよ。僕達を見て何も言ってこないなんて珍しいよね。さぁ、何が入ってるのかな?」
部屋の中には山のように積み上げられたプレゼントの山がある。プレゼントを受け取るたびに横にいた使用人が受け取り、それを運び込んだ物だ。
「気を付けろよ。開けて爆発とか洒落にならないからな」
「分かってるって。もう、ほんと兄さんは心配性だなぁ。──“防御”、“魔力吸収”」
苦笑しながらも、きちんと魔力の防壁を張るヴァルジット。何かあってからでは遅いのだ。
「…指輪?それに手紙だ。やっぱラブレターかな?んーと、何々?」
ヴァルジットは指輪と一緒に入ってた手紙を読み上げる。
「スウィンク様、ヴァルジット様、お誕生日おめでとうございます。この指輪は一見普通の指輪ですが、魔法が使えない場所でも使える収納魔法になっています。指にはめると自然と透明になるので、見つかりにくいそうです。良ければ御活用下さい。今後のご多幸をお祈りしています」
パタリと紙を閉じて指輪をしげしげと眺めるヴァルジット。
「…それだけか?」
「手紙?そうだよ。──これ、思った以上に便利そうだね」
「ああ。そうだな」
「こっそり撮ったティアの写真入れとこーっと。兄さんも要る?」
「要る」
真面目な顔で、母親に燃やされでもしてしまったらたまらないからなと、大きく頷いたスウィンクだった。