14
「ごめん」
そう言って男達の方へと歩き出すラウルの手をナルは咄嗟に掴んだ。
「ちょっと!意味分かんねぇし!なんでそっちに行こうとしてんだよ!あれが何だってんだよ!」
ナルに答えたのはラウルではなく3人の内の1人だった。
「グフッフッフ…。お前は知らないようだから教えてやろう。これはなぁ、特殊な魔導装置のスイッチなのさ!」
「魔導装置?」
「そうさ!俺達の大切な大切な子供達が拐われないように目印を埋め込んでいるんだ。ただ、悪い子にはお仕置きが出来るようになっている優れ物さ」
「埋め込むって…どうせ碌なものじゃないんだろ!さっき威力がどうだとか、見殺し…いや、物騒な事を言ってたくせに!」
「それは俺達に逆らった悪い子に、少々お仕置きをしてやったまで」
「そういう事だ。さぁ、さっさと来い。キュージュウサンバン」
再び歩き出そうとするラウルの手を、ナルはギュッと握りしめた。
「行くなよ?ラウル。言っただろ?マスターもアレスも、俺もいるって」
「…違うんだ。あれはただの魔導装置じゃない」
「何が違うんだよ。まぁ、確かに、まだ何か仕掛けはありそうだけど」
「爆弾だ」
「爆弾…?」
ナルとラウルの会話が聞こえていたのか大袈裟に溜息をつく男達。
「あーあ、言っちまいやがったぜ、あいつ」
「どうするよ?」
「そりゃあ、方法は1つしかねぇだろ?あいつは殺せ。いや、連れて行って新しい実験体にするのもありだな…。キュージュウサンバンは連れて行く。あいつは中々に頑丈だからな。あんな奴は滅多にいねぇ。だが、最悪の場合2人とも殺す」
その言葉に、分かりづらいが焦ったような顔をするラウル。
「なっ!?こいつだけは助けてくれるって…」
「ああ、言ったけどなぁ。お前が悪いんだぜ、キュージュウサンバン。さっさと来ればいいものを」
「別に俺達は、そいつが死んでもどうでもいいからなぁ〜」
「このっ…!」
ギリリと歯を食いしばり、相手を睨み付けるラウル。怒りのあまりか手が小さく震えている。自分の為に怒ってくれてるのか、とナルは感動した。
「おいおい。そんな顔して俺達が許すとでも思ってるのか?俺達に逆らった奴らがどうなったかはお前が1番よく分かってるはずだぜ?」
「このボタンを押すだけで一瞬であの世行きだもんなぁ〜。知ってしまったからなぁ、キュージュウサンバンの連れのお前にも教えてやるよ。この青いボタンを押すとなぁ、なんて事はない。こいつの中に入った魔導装置からは毒が出てくるのさ。それは身体を蝕み苦しめ、やがて死に至らしめる猛毒だ。だが、それだけじゃない。毒が出て、こいつが呼吸する事によってそれは外へも流れ出る。周囲の奴らが息が出来ず、苦しみバタバタ倒れていくのは見ものだぜ」
「悪趣味な…。でも、それじゃあ、あんた達も死ぬんじゃないのか?」
「ハッ!そんな馬鹿な真似はしねぇさ。もちろん、俺達は毒対策をしてる。それに毒が効くほど近くには行かねぇさ」
確かにそれもそうか、とナルは納得する。
「赤いボタンは派手だぜぇ〜!」
「そうそう!」
「えげつないがな」
ニヤリと笑った男は握った片手をパッと開く。
「ドカン、だ!」
ラウルは何かを思い出したのか、震え、目をきつく瞑って下を向いてしまった。
「グフッフッフッフ。これはほんとにやべーのさ」
「跡形も残らず、全部吹っ飛ぶ」
「辺り一帯もなぁ」
「優秀なキュージュウサンバンを失うのは損失だが、致し方ない。ここで死んでもらっても別に構わねぇ。ただ、この辺り一帯の人間を巻き込みたくないんなら、大人しく俺達について来い」
「卑怯な…っ!」
ラウルが悲痛な声を上げるが、ナルは平然としていた。
「俺達にはもう時間がないんだ!さっさとお寝んねしなぁ!」
1人が唐突に飛び出し、2人を気絶させようと呪文を唱えながら拳を振りかぶる。
あまりにも気持ち悪い笑みを浮かべていた男を見て、ナルは思わずラウルと自分の前に見えない障壁を張る。
男は呪文を唱え終わる前に障壁にぶつかり、拳を押さえて飛び退った。
「ってぇーな!何すんだ!このっ!」
今度はその場で呪文を唱え始めるが、攻撃するまで時間がかかり過ぎだ。この間にナルなら、10回以上は攻撃出来る。
少しの興味本位から魔法発動まで待ってると、ようやく出来たのはお粗末な土魔法で、ナル達を動けなくしようと足元から出て来た土が絡み付いてくる。
「え…?」
「フンッ!驚いたろう!これでもう動けないぜぇ!」
ナルの驚きは、どうやら突然出て来た土魔法についてだと思われているらしい。実際には全く違うのだが。
男は再び迫って来る。
ナルが足に少し力を入れると簡単に片足がすっぽり抜けた。そしてそのまま絡み付いた土を踏み潰す。
「なっ!?」
驚いた男だったが、走ってる途中で急に止まる事も出来ず、突っ込んでくる男に、ナルは手を前に出し大きな水の球体を作った。
「ぶっ!ご、ごぼっ!」
突然現れた水の球体に突っ込む事になった男は、抵抗する事も出来ずに溺れ意識を失い地面に倒れた。焦ったのはそれを見ていた残り2人の男達だった。
「む、無詠唱だぜ!こいつ!ヤベェ!」
「クッ…。惜しいがやっぱ殺せ!ここで捕まるわけにはいかない!」
こんなにあっさり倒れるとは…。自分が思っている以上にもしかして弱い?と内心ナルは首を傾げながらも、さっきから気になってた事を聞いてみる。
「──なぁ、ラウルに埋め込まれてる魔導装置って、魔導機械って事で合ってる?」
「…そっ、そうだ!だが、外そうとしても無駄だぞ」
「そうそう。1人1人違う場所に埋め込み、尚且つ分からないように魔法がかけられてるんだ。そうそう見つけられないし、魔導装置を無傷で分解出来るのはこの世に数人だと言われてる。諦めな」
「ふーん…」
ナルはじっくりラウルを上から下まで観察する。その場にいた者達はみんな気付かなかったが、ナルは魔法を使っていた。マスターやアレス達など魔法に優れた人が見れば、目が薄っすらと光ってる事に気付いただろう。
「分かった!ここだ!」
突然、ラウルの首元に手を当てたナル。
「無駄だ!例えそこだったとしても吹き飛ばす方が早い!やれ!」
「生け捕りにしなくて良いんだな?」
「良いから!早く!」
「ナル!逃げろ!」
咄嗟に突き飛ばそうとするラウルに、ナルは呆れたように言う。
「だから少しは信じろって。停止、解除」
ラウルの首元からカチリと音がしたのと、魔導装置の赤いボタンが押されたのはほぼ同時だった。
「……」
「……」
「……」
時が止まった。
「なっなんでだっ!?」
機械を持った男が両方のボタンをポチポチと押しまくるが、一向に何も起こらない。
「当たり前だ。もう解除したんだから」
「そんなバカな話があってたまるか!最高傑作だぞ!?」
「ラウル、後は帰って取り出してもらおう」
戸惑うラウルの頭を撫で、にっこり笑うナル。
「魔導機械の解除の仕方はコーキさんに教えてもらった事があるんだ。彼はヒナ達の生みの親だからね、詳しいんだよ」
「コーキさん…?」
「ああ、ラウルは知らないか。5番隊副隊長のコーキ・マンデルさん。ヴァンさんが勧誘しまくって、3ヶ月前に副隊長になったんだよ。元は研究員だったんだ。俺はまだ未熟だから無詠唱じゃなくて詠唱破棄でしか発動出来ないけどな」
さて、と残った2人を睨み付けるナル。
「ラウルを殺そうとした事、ラウルを酷い目に合わせて来た事。…絶対許さないからな!」
「チッ、仕方ねぇ!こうなりゃ力尽くで…!」
今度は1人が剣を抜いて走って来る。
対するナルも、ここユニバースへ来て肌身離さず持っている剣を抜いた。
キィィイインと、刃のぶつかる音が響くかと思いきや、ナルはぶつかる寸前で姿勢を低くし、回し蹴りで鳩尾を強く打つ。
「ガッハァッ!?」
一撃で崩れ落ちる男。剣を抜いた意味はなかった。
「さぁ、後はあんただけだけど?」
「くっ、くそっ!こうなったら…!」
ブツブツと呪文を唱え始める男。呪文の意味は知らなかったナルだが、呪文に合わせて浮かび上がってくる魔法陣を見てナルは焦った。
(転移魔法陣!転移する気か!でも……遅い!)
アレス達なら余裕でとっくに転移してるのに、彼はまだ必死に呪文を唱えていた。呪文を唱えて魔法陣をいちいち出していては時間がかかるのに、何故面倒な事をするのか。ナルには理解出来なかったが、好都合だったので今の内だと飛びかかろうとした時だった。
「ピギョッ!」
変な声を上げて男が潰れた。もちろん、魔法は完成前に中断してしまったので唱えるならまた最初からだ。
憐れな男の方を見ると、ナルが見知った黒髪の男性が、最後の1人を片足で押さえつけていた。
「よぉ、ナル。よくやったな。これは応援は…要らなかったか」
辺りに伸びている男2人を見て、満足そうに頷くアレス。
「ラウル!無事だったか!」
ラウルの身体中を確認した後、抱きしめるマスター。ラウルは全てが硬直している。ちょっと見てて面白いと思ってしまったナルだった。
「なんだナル。あれが羨ましいのか?俺もしてやろうか?」
ナルがラウル達を見ていると、アレスは踏み付けてた男をさっさと気絶させたのか、こちらへやって来た。
「結・構・です!」
プイッと横を向くと、わしわしと大きな手に頭を撫でられる。
ナルは大人しくされるがままになっていた。少し乱暴なように見えて実際優しく頭を撫でるアレス。実はナルはアレスに頭を撫でられるのが好きだったりする。それに、ようやく帰って来たんだと実感出来てホッと安心したのだ。
「おかえり、アレス」
「ああ、ただいま。遅くなって悪かったな」
「遅いなんてもんじゃないよ!もっと早く帰って来てくれると思ってたのにさ!ほんと、色々あったんだから!」
「悪かったよ。ちょっと手こずったんだ。詫びになんでも奢ってやるから!な?」
「それ、約束だからな!」
嬉しそうに笑い合うナルとアレス。
マスターとラウルの方はまだギクシャクしているが、仲良くなるまで時間の問題だろうとナルは思う。だって、本当にここ、ユニバースは素晴らしい所なのだから!
その後、ディナンシェさん達が来て男達をどこかへ連れて行った。
ナル達は4人でユニバースへ帰り、お使いの品を渡した後、みんなで一緒に夕御飯を食べたのだった。その時、ナルがユニバースに入りたての頃の恥ずかしい話をラウルに曝露されたのは余談である。