13
「ナル、悪いがこの食材買って来てくれないか?」
「ん?分かった」
食堂で、いつもの調子で必要な食材を書いたメモを受け取ったナルはハッとする。
ラウルがいる事を忘れていた。
「帰って来たらおっちゃん特製のいつものやつ、用意しておいてやるからな!」
ナルの喉がゴクリと鳴った。
いつものやつとは、イチゴタルトの事である。ナルはここへ来て、4番隊隊長のヴィクターさんから沢山の甘いお菓子をもらいその存在を知った。そして何よりもジェフさんが作ってくれる甘いスイーツが大好物になったのだ。
イチゴタルトはサクッとしたクッキーの上に甘いカスタードクリーム、そして酸味のあるイチゴでいくらでも食べれるような美味しさに仕上がっている。
ラウルが人混みを苦手としているのは分かってるつもりだ。だからと言ってこのまま永遠にユニバースで閉じこもっているのもあまり良くないだろう。
それに買い物と言ってもこの街を出るわけじゃない。
ラウルはあまり外に出た事がないようだから、苦手克服の為にも少しくらい街を案内しても良いかもしれない。──決してイチゴタルトの為ではないのだと自分に言い聞かせ、ラウルの方を見る。
「ラウル…ついて来てくれるか?」
少し迷ったような表情をするラウルに、ナルは彼を安心させるようにグッと拳を握った。
「大丈夫!俺が守ってみせるから!見せたいものがいっぱいあるんだ!」
そう言うと、ラウルは渋々といった感じで頷いた。
「…分かった」
ラウルはナルと喧嘩し熱で倒れて看病され、元気になってから、ナルに対しては様々な表情を見せるようになっていた。それに、短くはあるが返事もちゃんとする。だが、その他の人に対しては表面的な表情である事をナルはまだ知らない。
「じゃあ、行こう!」
一度部屋へ戻り、フード付きのローブを深くまで被って準備を済ませた2人はユニバースの外へと繰り出した。
「食堂にはね、2日に1度食料を届けに来てくれる行商人がいるんだけど、ユニバースは人が多いし注文するものも様々だからこうやってたまにお使いを頼まれるんだ。まずは…調味料だね」
手を繋いで歩き出す2人。ラウルは人の多さのせいか無表情だ。それでも興味はあるようで、目線はあっちからこっちへと動いていた。
「ユニバースの敷地を出てすぐ右側にあるのが、この街唯一の大きな病院なんだ。大っきいだろ?」
「この街は最近出来たんだってさ。前は研究組織ユニバースの建物だけで他に何も無かったらしいんだけど、ユニバースで働く人の家族が続々やって来てこの街が出来たらしいんだ。だからこの街はユニバースの関係者が多いんだ。次に多いのは冒険者だな」
「この噴水はこの街の目玉で、よく待ち合わせに使われる場所なんだよ。ここから大通りが4本伸びていて西門、南門、東門、そしてユニバースに続いてるんだ。街の中心部でもある」
「あ、ここの屋台スッゲー美味いんだ!おねーさん、これ2つ下さい!」
と、お使いと言うよりも、気分は何も知らない観光旅行客を案内するガイドである。
沢山寄り道しながら、ようやく頼まれた食材全てを買い終え、そろそろ帰ろうと人の多い道を避け細い道を歩いてる時だった。
「よぉ。ようやく見つけたぜぇ〜」
その声に反応したのか、ナルが握ってるラウルの手が強張り震え出した。
いかにも怪しげな3人の男達がナル達の目の前に立ち塞がる。
背後の気配を確認しても誰かが隠れてる様子はない。ナルが気配を見落としている事は無いだろう。訓練に訓練を重ねた結果、気配を感じ取るのは他の隊長達に負けないくらいだと自負しているし、アレス達からも認められている。
え、3人?少なっ。というのがナルの正直な感想だった。
* * *
「クソッ。あいつらどこに隠れやがった」
「残りは3人の筈なんだが…」
アレックス達は各地に散った敵を追い、捕まえ続けて、現在はユニバースのある街へと戻って来ていた。
「後、考えられるのはラウルを捕まえて逃げる事くらいだろうが…」
「やっぱ一度戻るか?近くまで来たし」
「そうだな…。ヴィクター、リア、ディナンシェはこのまま街をくまなく探してくれ」
「りょーかい!」
「はい」
「了解っス!」
3人と別れたイーサンとアレックスはユニバース本部へと急ぐ。転移魔法は高位魔法である為、使える人間が少ない事から、目立たないように人のいる所ではあまり転移しないようにしているのだ。
「お帰りなさいませ、イーサン様、アレックス様」
「ただいま、ヒナ。私達が留守の間何か変わった事は?」
「特にはございませんでした」
「ナルとラウルは中にいるか?」
「いえ。お昼頃にお使いを頼まれたと外へ出て行かれましたが」
「何っ!?」
「おいおい、嘘だろ!行くぞ!イーサン!」
「言われなくてもっ!」
2人は猛スピードで外へ走って行った。
取り残されたヒナは何が何だか分からず、キョトンと首を傾げた。
* * *
いくら相手が弱いと思っても、決して油断はするな、というのがアレスの教えだ。
目の前の敵は見るからに弱そうだが、魔力を抑えてる場合もある。練習すればそれくらいは出来るようになるのだ。ナルだってユニバースに来て猛特訓で魔力量が増え、それを少なく見せるようにする事は普通に出来るようになった。
それでもナルが敵わない人は沢山いるし、例え自分より遥かに弱かったとしても頭を使う事でそれが簡単に覆される事がある事も教えてもらった。
俯き震えるラウルを背に隠し、3人を睨みつける。
「俺達に何の用だ?」
「グフッフ…。その後ろに隠してるやつに用があったんだが…、お前も結構良い声してんじゃねーか。しかも子供か?いいねぇ、2人とも痛い目に会いたくなけりゃ、大人しくついて来てもらおうか」
気味の悪い笑い声を上げる男達に、ナルは毅然とした態度で返す。
「悪いけど、知らない人にはついて行くなって言われてるんだ」
「おお〜、そうかそうか。だがぁ俺達は決して知らない人じゃないぞー?な、キュージュウサンバン?」
「……」
どうやらラウルに呼びかけたようだが、もちろんラウルは無言だ。
「俺達はそいつの保護者なのさ。さぁ、一緒に帰ろう!」
「この子の保護者はあんた達じゃない。行こう」
ラウルの手を引っ張って、反対方向へ足を向けようとすると、目の前にナルの背丈の倍はあるモンスターが、宙に出来た召喚陣から降って来た。見た目はゴブリンで、頭に小さなスライムをたくさん乗せている。まるでスライムが集まって出来た帽子のようだ。
「ゴブリスライムン…。チッ、モンスター使いだったか」
モンスター使いとは言葉の通りモンスターを使役する者の事を指す。
これは転移魔法よりは簡単だが、それでも難易度は高く、出来る者が少ないと言われている召喚術なので、奥の手として使われる事が多い。その事をナルは知らなかったが、召喚出来るモンスターの数は術者の力量によって違う事は知っていた。
ゴブリスライムンはランクCだったはずだ。このモンスターは武器だけでなく、魔法も使いながら攻撃してくる。それに、近寄れば頭に乗ったスライム達が酸やら毒やらを容赦なく吹きかけてくるので接近戦では面倒な相手ではあったが、ナルでも余裕で倒せるモンスターだ。
だが、ニヤニヤ笑ってる男達の顔を見ると、まだ何体か召喚出来そうだと思ったナルは身構えた。
「こいつの強さは知ってるだろう?キュージュウサンバンよ!!!さっさと降参して、そいつを連れてこっちへ来い!」
「バーカ!そんなんで降参するかよ!」
ナルが鼻で笑ってやると、3人とも煽られたようで額にビキリと青筋を立てる。
「こいつの強さも知らないとは哀れな…」
「グフッフッフ。沢山の者達がこいつの前では手も足も出ずに死んでいったというのになぁー!」
「フンッ!強がってるのも今の内だ!さぁ、行け!ゴブリスライムンよ!!!」
あれ?まずはこいつだけなのか?とナルは内心首を傾げるが、警戒は怠らない。
ゴブリスライムンは、いくつかの魔法陣を起動し、完成した魔法陣を発動する。
複数の魔法陣が途中で合体し、ゴォォオオオと大規模な炎の魔法を撃って来たゴブリスライムンに対し、ナルは手の一振りで風の魔法を発動し、炎の魔法を消し去るだけではなくゴブリスライムンまでを一瞬で消しとばした。
「……は?」
「今、一体何が…?」
「う、嘘だ…。ハハッ、こんな事あるはず無い!ハハハハハッ、召喚術が少し失敗してしまったようだな!」
「そっそうだよな!」
どうやらゴブリスライムンが倒された事を信じられない敵は、召喚術が失敗したと思い込もうとしているらしい。
「おいっ!キュージュウサンバン!これが何だか…覚えてるよな?」
そう言って1人の男が青と赤のボタンがついた機械をラウルに見せつけた。
「っ!」
それを見たラウルは息を呑む。
「今、こっちへ来ればそいつだけは助けてやってもいいぞ?賢いお前なら、これの威力がどれほどだったか覚えてるだろ?」
「オトモダチを何人も見殺しにして来たもんなぁ〜?」
「それとも、そいつも見捨ててまた自分だけ助かるか?」
「別に2人仲良く死んでも良いんだぜ〜?可愛いお前を失うのは俺達にとっては大きな損失だがな」
「ハハッ!よく言うぜ!微塵も思ってないくせに!」
ギャハハハハと下品な笑い声を上げる男達。
ナルがイラッとして言い返そうとすると、ラウルがナルと繋いでいた手を振りほどいた。
「…ごめん」
小さく呟くと、ラウルは男達の方へ歩き出した。




