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イースグレイ王国の幽霊王女  作者: しろ
0章 プロローグという名の幼少期
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 あれから何事もなく3日が経とうとしていた。

 日中は相変わらず窓の外を見ているラウル。

 ようやく、これは現実だと実感して来たのか、今日の昼はよく手をつねったりする姿を見かけた。それにナルが本から顔を上げると、目が合うことも何度かあった。


 ベッドはラウルに譲った為、ナルは今毛布を巻きつけ部屋の隅で身体を丸めていた。マスターに一緒の部屋で眠るように頼まれているので、アレスのベッドを借りに行く事も出来ないのだ。ナルはラウルと一緒に寝ても良いかとも思ったのだが、ここに来てクウラ、リア、エルの3人と話してるうちに女性の嫉妬深さに恐怖し、まだいもしないラウルの未来の彼女の事を考え、遠慮する事にしたのだ。


 だんだん肌寒くなる中、毛布1枚は少し寒い。

 だけど、ちゃんと寝とかないと明日に響く。


 ギュッと目を閉じて少しでも多く睡眠を取る為に寝ようとしたその時だった。

 とても大きな叫び声、と言うよりも絶叫が耳に飛び込んで来た。


 「っ?!ラウルッ!?」


 声の元はラウルだ。ナルは慌ててベッドまで飛んで行った。


 「ラウル!おいっ!ラウルってば!」


 彼は髪を搔きむしりながら、涙を流して絶叫している。焦点が合っていないところを見ると、多分正気ではない。

 髪を掻きむしる手を両手で押さえる。


 「やめろって!って、嘘だろ!」


 不意にラウルの中の魔力が高まる気配を感じたナルは焦る。

 こんな所で魔法を使われたら部屋が軽く吹っ飛ぶ。しかしアレスから、ラウルに怪我をさせるな、建物を壊すなと言われている。


 結界を張っても良いのだが、それをすれば高い確率でラウルが怪我を負ってしまう。

 どうすればいい?

 瞬時に判断を下したナルはラウルを抱えて、いつも訓練している森の中まで転移魔法で飛んだ。

 誰かを連れて転移魔法を使うのは初めてだったが、上手くいったようで無事いつもの場所にいる。

 その事に一安心するよりも先にラウルの魔法が発動した。

 ぶわり、とラウルを中心に風が巻き起こる。そして一気に爆散した。


 「っ!」


 それは、魔法が発動すると言うよりも魔力の暴走に近かった。

 炎が混じった暴風が荒れ狂い、辺り一帯の木を薙ぎ倒していく。


 結界を張るのは間に合わず、咄嗟に手で頭を庇ったが、チリチリと服は焼けるし熱いし飛ばされそうになるしで散々だった。


 数分で収まったので、顔を覆った手を退けると、魔力が切れたのかラウルが倒れ込む所だった。

 地面に倒れる前に咄嗟に受け止める。外傷は見た所なさそうだ。ただ単に魔力切れだろう。


 安心して小さく息を吐き、ラウルを背負う。


 ナルの転移魔法は不完全で、今転移出来るのは唯一この場所だけだった。なので、部屋までは歩いて戻らなければならない。


 (転移魔法はきっちり使えるようにならないとダメだな。せめて部屋には戻れるようにしないと。もっと練習だな…)


 歩き出そうとした所で、誰かが転移して来た。まぁ、こんな大きな魔力暴走があれば、誰かが来るだろうと予想してたナルは特に驚かない。

 現れたのは2番隊隊長のギルティさんだった。


 「ナルか。何があった?」

 「ラウルの魔力暴走」

 「ラウル…?そいつか。確かマスターの養子って言ってたな」


 ギルティさんはナルが背負ってる赤髪を見て成る程と頷く。


 「大丈夫だったのか?」

 「うん、平気。ここは全然大丈夫じゃない状態だけど」


 と、焦げた木が倒れた周辺を指さすとギルティさんは豪快に笑った。


 「ガハハハッ!そりゃ仕方ねーわな!ま、何もないようで何よりだ。んじゃ、俺ぁ帰るぜ」


 確認だけしてさっさと転移魔法で去って行ったギルティさん。嵐もビックリのスピードだった。




 部屋まで戻り、ラウルを再びベッドへ寝かせる。

 その日はその後何事も無かった。





 だがそれは次の日も、そしてそのまた次の日も続いた。


 夜、悲鳴で飛び起き、ナルが宥め、そのまま寝入ったかと思えばまた泣き叫んで目を覚ます。それで治まる日もあれば、魔法をぶっ放そうとする時もあるので、ナルはその度に転移魔法を使い森まで行き、そして意識を失ったラウルを背負って部屋まで戻るのを繰り返していた。


 仕方なく、未来のラウルの彼女に心の中で謝罪したナルは、ラウルと一緒の布団で眠るようになった。

 その方がラウルを宥めやすいからである。


 食事の時はご飯をジッと見つめる事が増えたラウル。やっぱり無言のままなので、何を考えているかよく分からない。






 今日も今日とて一緒の布団で眠る2人。

 マスターやアレスはまだ帰って来ない。


 モゾモゾと夜中に動き出したラウルに気付いたナルは、薄く目を開ける。


 (……あれ?今日は叫ばないな…)


 珍しく泣き叫ばず、起き上がって布団を抜け出したラウル。

 喉でも渇いたのかとナルが布団の中からラウルを観察していると、ラウルはおもむろに窓を開け放った。


 一瞬、ナルの方を見て微笑んだように見えた。いつも無表情のラウルが、あまりにも綺麗に笑うものだから、思わずナルは固まってしまう。


 その間にラウルは窓に足をかけた。そして、次の瞬間──跳んだ。


 「っ!?」


 慌てて布団を剥ぎ取ったナルもラウルを追い窓の外へ飛び出す。

 ここは15階だ。魔力を扱えるならともかく、今のラウルでは死んでしまう。


 ラウルの服を掴んで止まったのは、もう地面すれすれだった。

 この時、アレス達からの魔法の訓練から逃げ出さず、続けて練習して来て良かったと心の底から思った。

 そっと地面に下ろすと、ナルはその前に仁王立ちする。すうっと息を吸い込むと、真夜中にも関わらず怒鳴った。


 「何考えてんだよっ、お前っ!死ぬ気か!?」


 ラウルは何の反応もしない。ただ無表情にナルを見ていた。


 「おいっ!なんか言えよっ!」


 胸ぐらを掴み上げ揺さぶるも、表情1つ変えない。


 「チッ」


 手を離したナルに、ポツリとラウルが呟いた。


 「…いつか、……いつか死ぬんなら、──俺は今、死にたい」


 そう言って、ナルに背を向けて裸足のまま歩き去って行くラウル。


 「ハァッ?!何だよそれ!────あ〜っ!クソッ!」


 仕方なくナルはラウルの後を追った。何だかんだでラウルの事を放って置けないナルだった。


 そっとついて行きながら見てると、余程死にたいのか、数々の方法で死のうとする。それをナルはことごとく潰していった。


 森に入ったラウルはまず大型のモンスターの目の前に殺してくれと言わんばかりに近寄った。ナルは問答無用でモンスターを倒した。


 崖を見つけたラウルが飛び降りようとしたのを、ナルは結界を張って阻止した。ラウルは見えない結界に強く鼻をぶつけるだけに終わった。


 そして、挙げ句の果てには両足に蔓を結び、その先に石を括り付け始めるから何をするのかと見ていれば、そのまま大きな湖に飛び込んだ。これにはナルも慌てて湖に飛び込み、蔓を切ってラウルを助け出す。

 岸に上がったナルは再びラウルに怒鳴った。


 「お前なぁっ!なんでそんな死にたいんだよ!なんか不満でもあんのか?」

 「…ない」

 「だったらなんで──」

 「だからだよっ!あり得ない事なんだ!」


 初めてラウルがナルに向かって叫んだ。

 顔を歪ませてボロボロと涙を零しているラウルを見たナルは言葉に詰まった。


 「いつもいつも暗い場所で閉じ込められて、食事は1週間に1つのパンと5杯の水!他の人間が一緒にいる時は必ず奪い合いになる!毎日毎日変な薬とか打たれて早く死にたいのに死なせてもくれない!なのに!なのに!あの時あの人が助けてくれるって言って、ここに来てっ、毎日ご飯が食べれて部屋の外にだって普通に出られるっ!もう十分なんだ!いつかあの生活にまた戻らないといけないんなら、幸せな今の内に死にたいんだよっ!!!」


 だから俺の事は放っといてくれ…と涙を零すラウルの頬をナルは思わず引っ叩いていた。

 2人の時間が一瞬完全に止まった。

 ナル自身も何故叩いてしまったのか分からず、自分の手を見下ろす。なんだかとてもモヤモヤする。


 「幸せなら!このままでいいじゃないか!」

 「それが出来るんなら困らないさ!」


 ラウルも全力で殴り返して来たのでナルはそれを受け止め、殴り返した。


 「マスターが親になるんだろ!なら大丈夫だよ!」

 「何が大丈夫なんだよっ!そんな保障どこにもないっ!」


 殴り合いはだんだん激しさを増していく。


 「ラウルが酷い所にいて、嫌な思いを沢山して来たんだろうけど、ここはそんな事ない!みんな良い人達だから!ラウルに酷い事なんてしない!」

 「そうだったとしても!奴らはどうする!絶対に俺を追って来る!分かってるんだ!いつか連れ戻される事も!」

 「俺は詳しく知らないけど、連れ戻されないようにマスターやアレスが動いてるんじゃないのか!」


 ラウルは運動神経が良いのか、だんだん早くなるナルの動きについて来る。


 「それでも、それでも俺はっ!」

 「どうせ死ぬんなら一回くらい信じてみてからでも良いんじゃないのか!?ここのみんながついてるし、それに俺だっている!」


 そして今まで以上の速さでラウルを殴り飛ばした。今までは手加減していたのだ。もちろん、大怪我をさせない程度に今も少しは手加減したが。


 それに──、とナルは笑う。


 「俺だって結構強いんだぜ?」







* * *








 ラウルはナルに背負われて部屋へ戻って来た。いつものパターンかと思いきや、今日は違った。魔力切れではなく、熱で倒れてしまったのだ。そりゃあそうなるよな、とナルは思う。寒い中、森の中を裸足で歩き回り、湖に飛び込んで濡れた服のまま殴り合いをしたんだから。そう思ってるナルだって実際寒い。


 濡れた服を剥ぎ取り、身体を見ないようにしながら着替えさせベッドに寝かせる。


 治癒魔法なら少しは使えるようになったが、緊急でないものは自身の力で治した方が身体も強くなるとアレスから教えられていたので、治す事はしなかった。


 自身もさっさと着替え暖かくするも震えは治まらない。なのでラウルと一緒にベッドに潜り込んだ。


 一緒にいると、さっきの事を思い出し身悶えた。


 (なんだよ!俺だって結構強いって!他の隊長達に比べたら俺なんてひよっこで甘々で何も出来ないのに!うわー!安心させる為とは言え恥ずかし過ぎる!!!)


 それにしても、とナルはラウルの少し赤く染まった顔を覗き込む。

 食事に感動したのかと思えば、夢にうなされ、自殺未遂、そして全力で叫びながらナルと喧嘩をしたかと思えば、挙げ句の果てには熱を出し倒れる。


 「お前、今日は忙しい奴だな」


 少し温もった後は、ため息を吐きながらもしっかりとラウルの看病をするナルであった。









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