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イースグレイ王国の幽霊王女  作者: しろ
0章 プロローグという名の幼少期
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 結局、全部は食べ切れなかったラウルだったが、それでも十分満足したようで無表情は相変わらずだが、さっきよりはどこか明るい表情に見える。

 

 次は建物内を案内しようと思っていたナルだったが、食堂内に入る時にラウルの手が強張った事、そして人の多い所を通った時はより一層無表情になった事から、しばらくはやめとこうと思い直す。部屋で大人しく過ごすかー、と考えたところである事に思い至った。


 「あ、そうだ。ちょっと寄るところがあるんだ。悪いけど付いて来てくれるか?」

 「……」


 さっき頷いたり少し話してくれた態度はどこえやら、また無言のラウルである。まぁ、あれを話したとは言えないかもしれないが。


 サンドウィッチの入った籠を持ち、ラウルの手を再び握り、ジェフさんにお礼を言ってから食堂を後にした。






 なるべく人の少なそうな所を通りながら、目的の図書室までやって来た。


 緑の髪のメガネをかけた男性が窓際に座って本を読んでいる。さらりと落ちる髪を片手で耳にかけ、ページをめくる姿はとても様になっていて、男性だというのにどこか美しく感じる。既に何人かはいたのだが、彼はこの中で1番目を引いた。

 彼は5番隊隊長のヴァンさんだ。


 「ヴァンさん」


 ナルに気付いたヴァンさんは本から顔を上げた。


 「おや、ナルですか。で、そちらの子が──」


 今日の訓練はヴァンさんの講義から始まる予定だったのだが、アレスからラウルを託されたので事情を話しに来たのだ。


 「実は──」

 「ああ、聞いてますよ。アレックス達が帰って来るまではその子の面倒を見る為に、自主訓練になったのでしょう?」

 「え!会ったの?いつ?と言うか、自主訓練?俺、それ聞いてない」

 「実は今朝、ギルドの前で会いましてね。数日は戻れないだろうから、その子の面倒を貴方に任せる代わりに訓練は自主訓練にすると言ってましたよ。彼の事ですから、詳しく説明し忘れたんでしょう。他の隊長達には私から説明しときますね」

 「ありがとう」

 「いえいえ。それでは、今日から暫くは私との授業はなしになるので、宿題を渡しておきましょう」


 ドンッと分厚い本を数冊ナルの目の前に積み上げられた。思わずナルは顔を引攣らせる。


 「この中身を次の授業までに覚えて来て下さいね。もちろん、出来ればで構いませんよ。忙しいでしょうから」


 にっこりと笑い、とても親切に見えるヴァンさんだが、ナルは知ってる。これは絶対にやらないとまずいやつだ。出来なかった時にどんなお仕置きをされる事か…。

 以前たった一問だけ正解する事が出来なかった時があった。その時は魔法陣についての本だったのだが、身体で覚えた方が早いならそうしましょうと、転移魔法でモンスターがウジャウジャいる地帯まで転移させられ、使えもしない魔法陣を使ってモンスターを倒すまで帰してはもらえなかった。

 もし今回もそんな事になれば…。ナルはブルリと身を震わせる。


 「わ、分かりました……。行こうラウル…」


 本を持ち、ラウルの手を引っ張って、そそくさとその場を後にした。








* * *








 カチコチ、カチコチ、と時間が過ぎ去る音と時々、パラリとページをめくる音だけが部屋に響いていた。

 もう既に日は沈みかけ、明るい光が部屋の中へ差し込んでいる。


 ナルは本に落としていた視線を上げ、ラウルの方を見る。

 ラウルは変わらずに窓際に置いた椅子に座り、ジッと外を眺めている。


 ここはナルとアレスの住む部屋の中である。ここへ来てから、何かしたい事はあるか聞いたり、簡単な本を見せてみたりしたが相変わらずの無反応。ナルが頭を抱えそうになったところ、ラウルの視線が窓の外へと釘付けになったのだ。

 窓の外には、なんて事ない日常の風景が広がっているだけだ。ここは最上階である為、街の様子がよく見える。

 たったそれだけの事でも珍しいのか、ふらふらと吸い寄せられるように窓に近寄り、どこか熱心に外を見つめる姿を見たナルはそっとしておく事にした。

 ヴァンさんから預かった本を読みだして数十分、あまりにもラウルが微動だにしないので、椅子を引っ張って来て無理やり座らせた。

 昼もサンドウィッチで済ませた後、今の今までずっとあそこから動かないのだ。

 おかげで勉強は捗ったものの、ナルはラウルの事が気になって仕方なかった。

 アレスに言われた謎の言葉が気になっての事でもあったし、あまりにも細すぎる事や、食堂での出来事があったからでもあった。

 途中途中で、飲み物を渡したり、トイレの場所を教えてやったり、お菓子をあげたり、調子が悪くなっていないか観察したり、ずっと外を見て退屈にならないか聞いたり…。答えは相変わらず無言だったが。


 そしてあっという間に今の時間になった。早めの夕食は、人が少なそうな時間帯を狙ってラウルを連れて食堂で済ませた。


 「風呂…どうすっかなぁー…」


 そう。次の問題は風呂である。1人で入れるだろうか?いや、入ってもらわないと色々まずい。

 服は自分の物を着てもらおう。


 入る為の準備をささっと済ませ、まだ外を見たりなさそうなラウルを風呂場まで引っ張って来る。


 「ラウル、お風呂は入れる?」

 「……」


 無言であっても、もうナルは気にしない。


 「ここで服を全部脱いで、中へ入るんだ。このボタンを押せばここからお湯が出るから、初めは自分の手に当てながら湯加減を見て。温度調節はここ。頭と体を洗って湯船に浸かってゆっくりすると疲れも取れるだろうし良いと思う。シャンプーとかはこれな。好きなの使ってくれたら良いから。のぼせないようにだけは気をつけろよ。タオルはここ置いとくから出たら使って。後、俺ので悪いけどこれ、着といて」


 自分でやれるよな?と言うか、やってくれなきゃ困ると思いながら脱衣所の扉を閉める。

 そしてナルはその扉の前に座り込んだ。


 しばらくするとラウルが動く気配がする。布切れの音が聞こえる事から、多分服を脱いでるんだろう。


 ……自分は一体何をしてるんだろう。これじゃまるで変態じゃないか。

 いやいやいや、アレスから目を離すなと言われてるんだし、これは仕方ないのだ。まさか、一緒に入る訳にはいかないし──ガシャンッ、バッチャーン


 ナルがそこまで考えた時だった。中から物凄い音が聞こえてきた。


 「ラウルっ!?」


 バンッと扉を開け中へ入る。中には上半身を湯船に沈めたラウルがいた。


 「えっ!?大丈夫か!」


 急いで引き上げ、背を軽く叩いてやる。

 厳しい訓練を受けてきたナルにはラウルの重さなどないに等しかった。…ラウルがあまりにも痩せ細ってるせいもあるかもしれないが。

 ともあれ、引き上げた際に、ひっ摑んだタオルを素早くラウルの腰に巻きつけるのを忘れない。


 「ゲホッ、ゴホッ…」


 撫でる背は骨が浮き出るほど細く、数十ものミミズ腫れが出来ていて、他にも痣など沢山の傷が出来ていた。まだ血の滲んでいるところもある。


 「これは……」


 お風呂は早かったかもしれない。ここまでだと考えてなかったナルは、自分の安易な考えに反省した。

 数十ものミミズ腫れはきっと鞭で打たれた痕だろう。

 ナルにも痛さは分かる。ここまでは無いが、一度だけ打たれた事があったからだ。以前王宮にいた時、使用人の1人に八つ当たりされた時に使われたのが鞭だった。兄達にバラせば更に打つと脅され、秘密にしようと頑張ったラティアだったが、あまりの痛みに兄達の前でもおかしな行動を取ってしまったのか、バレてしまい、その後何故かその使用人を見かける事は無かった。あの時の痛みは半端では無かったのだ。その後、ラティアは熱で数日寝込んだ。そこからだっただろうか。使用人達の暴力は目に見えて減っていった。


 「ラウル、大丈夫か?風呂は今日はやめとくか?」


 またもや無視かと思ったナルだったが、予想は外れラウルは小さく首を横に振った。

 こんな身体じゃ体力もほぼ無いと思って良いだろう。

 ナルは覚悟を決め、袖を捲り上げた。


 「よし、手伝うからな。いいな?」


 出来るだけ優しくお湯をかけてやり、髪を洗う。汚れが落ち、くすんだ色から綺麗な赤色の髪に思わずナルは見惚れてしまうが、しっかり手は動かす。身体の方はもちろんラウル自身に洗ってもらった。


 湯船に浸かるのも手伝ってやり、どこか気持ち良さげな表情で目を閉じるラウルを見て、ナルはやり遂げたと小さく息を吐いた。






 ザバリッと湯船から急に立ち上がったラウルにナルはびっくりする。


 「もういいのか?出る?」

 「…ん」


 お、珍しい。ラウルが返事をした。とナルが驚いていると、フッと糸が切れたようにラウルがナルの方へ倒れた。


 「へっ!えっ!嘘っ!ラウルっ!?」


 倒れる事なく、しっかり受け止めたナルはラウルが気絶してるのを見て冷や汗をかいた。


 「ラウル?ねぇ、ラウルさーん?起きて!」


 起きる気配は全くない。

 ラウルは今、腰にタオルを巻き濡れた裸状態である。

 なら、やらないといけない事は…。

 ラウルの身体を拭き、服を着せて寝室まで運ばなくてはならない。風邪を引いたりしたら余計に体力が奪われるだろうから。

 寝室へ運ぶくらいなら楽勝である。だが、ナルも女の子である。そう。まだ子供だが一応女の子なのだ。周りは一切知らないが。なのに今日会ったばかりの…いや、これ以上考えるのはやめよう。


 「…………。え、マジで……?」


 気絶したラウルを抱き抱えたまま、ナルは呆然とした。







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