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第8話

「勇者……だと?」


 魔王アビスが口にした次の瞬間、一人の男が報告に来たデーモンの脇をすり抜

け、玉座の間へ『バッ!』と飛び込んで来ました。


 そのまま床を前回り三回転して『スチャッ!』と膝立ちの姿勢で停止。たっぷり三秒そのままの体勢で静止した後、ゆらりと身体を起こしました。


 続けて、やたらと大仰な動作で魔王アビスに人差し指を『ズビシィッ!!』とばかりに向け、


「とうとう追い詰めたぞ、魔王アビスめっ!!」


 腹の限りの大音声だいおんじょうを持って呼ばわりました。


「……何だあの、部屋に入るにしては色々と無駄な動作が混ざっている、良く分からんが多分面倒臭い種類と思われる人間は?」

「……勇者でしょう。まず確実に」


 ヘルマジシャンが目線で一応の確認を取ると、報告に来たデーモンはコクコクと頷きました。


 勇者を名乗るその男は、上下共にやたらとベルトの多い服装の上から、いやに自己主張の激しい真っ赤なマントを羽織っておりました。背中に差した剣にはゴテゴテとした装飾の施されたつばが見え、重力に逆らい天へと伸びる髪は、花でも生けられそうな程にツンツンととんがっております。何よりもその眼は、胸焼けを起こしそうな程ギラギラと油ぎった輝きを湛えさせており、その視線を魔王アビスへ向け腕よもげろとばかりの全力投球で放っておりました。


「俺の名前は勇者"ケンジ"! プレジール王国国王の命により、お前を倒しに来

た!」


「……って言ってるんだが?」

「……私に振らないで下さい」


 対面早々、やたらとテンションの高い男――勇者ケンジの宣言に、思わず魔王アビスとヘルマジシャンは顔を見合わせます。


「……イマイチ良く分からんが……。とにかく、一人で我が居城まで乗り込んで来た度胸だけは褒めてやるから、とっとと帰れ」

「あら? 相手をしないのですか?」

「色々めんどい。適当に追い返しとけ」


 意外そうなヘルマジシャンの様子に気付く事もなく、魔王アビスは手を振ってシッシッと追い払う動作をします。以前であれば、もっと威厳たっぷりな態度で相手に恐怖を植え付けた後、情け容赦なくほふっていたところでしょう。それを思えば、格段に角の丸まった対応であると言えます。


「どーせこっちが献血の準備やらで色々ゴタ付いているところに偶然乗り込んで、ろくな抵抗も受けずここまでやって来れたってだけだろ。見た目が派手なだけで、大した実力じゃない――」


「い……いえ、魔王様。その男、恐るべき手練れでございます……」


 魔王アビスの言葉を遮って、ブラックナイト、カオスドラゴン、ダークゴーレムの三体が玉座の間に入ってきました。皆が皆、かなりのダメージを受けており、ふらつく足取りはここまで来るのがやっと、と言う有様が見て取れました。


「お、おいお前ら!? 何だその傷は!」


「してやられました……。わずかに一合打っただけで、拙者の剣が弾き飛ばさ

れ……」

『……ギャォォ……』

『…………』


「……信じられませんわ……」


 致命傷こそ負ってはいませんが、あの様子ではヘルマジシャンの魔法で回復させるまで、戦闘は無理でしょう。四天王の内の三体を、たった一人で易々と打ち倒してしまえる人間の存在。そのような者の話など、聞いた事すらありません。プレジール王国の情報は、事前に人間の姿に化けた魔物に探らせて調査を済ませていますし、例え他国の人間であるとしても、それ程の実力者であるならば噂位は届いても良いはずです。


 ……まさか、と魔王アビスは思います。


 デーモン達の報告によると、ナナリー姫を連れ去っている最中、姫に謎の光が宿り、おそらくはそれが原因で彼女は人知を越えた力量レベルを得た……との事です。目の前に立つ勇者ケンジも、同じような理由で凄まじい力量レベルを得たのではないか。その可能性に至り、魔王アビスはにわかに身震いしました。


「おい、お前――ケンジだったか」

「ああ、何だ!」


 先程から一切姿勢を崩さず、魔王へ人差し指を突き付けっぱなしの勇者ケンジは答えます。


「お前もしかして、良く分からない内にある日突然強くなったり、超常的な力を得たりとかしてるんじゃないか?」

「ふっ、その事か……」


 魔王アビスの指摘に、勇者ケンジは急に遠くを見るような目で天井を仰ぎ見ました。


「どうやら少しばかり、俺の事情を語らなければならないようだな。……思い出すぜ、運命のあの日の事を……」

「あ、いや、こっちとしては手短にまとめてくれると嬉しいのだが……」


「俺は元々、"地球"と言う名の世界の住人だった。どこにでもいるようなごくごく平凡な学生として、退屈な毎日を過ごしていたんだ……」

「聞いてませんわね。どうやら、社交辞令的な軽い質問に対し、圧倒的熱量をもって返答するタイプだったようで」


 それからしばらくの間、勇者ケンジの情感たっぷりな説明が続きます。


 要約しますと――


 ある日、ちょっとした不注意でトラックに轢かれて死亡したが、"あの世"で神様に出会い、異世界へと転生させてもらった。


 転生先の世界で貴族の息子――マルシオとして新たなる生を得た彼は、恵まれた環境プラス前世から引き継いだ知識や精神のアドバンテージを存分に生かし、幼い頃から厳しい鍛錬を自らに課して来た。そして気が付けば、国に比肩する者が存在しないまでの圧倒的な戦闘能力を獲得した。


 その力を生かし、西の悪徳貴族を成敗したり、東の帝国主義国家の侵攻を阻止したりと、八面六臂の大活躍をした。その後、何やかんやあって復活した大悪魔が世界を滅ぼそうとしたので討伐を果たした――


「――こうして俺は、救世の英雄となった。転生先の世界の父上と母上も、俺の帰還を大いに喜んでくれていた……」


「……うん、うん」

「あの、ケンジもしくはマルシオさん? 魔王様がさっきから生返事しかしていない事に、そろそろ気付いて頂ければと……」


「しかし! 俺の力を必要としている人達はまだまだ沢山いるはずだ! ……そう思った俺は五たび実家を後にし、人々を救う旅に出た……」


「……うん、うん」

「……諦めて頑張りましょう、魔王様。感じ的には、たぶん終わりが見えて来たみたいですので……」


「長い旅の中で俺は、転生前に神様から聞いた話を思い出していた。"世界"と言うものは無数にあるのだと。もしかしたら、ここ以外の世界にも助けを求めている人達がいるかも知れない。……だったら俺が向かうべき先は、こことは別の異世界じゃないのか!?」


「……何でやねん」

「ああ、魔王様の突っ込みがこんなにも覇気のない感じに……」


「こうして俺は、異なる世界へと渡る手段を求める事にした。全ては、まだ見ぬ世界を救うため……。まず俺は(中略)……こうしてアルジェラ七つの試練を全て突破した俺は、異世界への転移を行うための秘術を得たのだ……」


「……うん、うん」

「申し訳ありません、魔王様。軽々しく終わりが見えた、などと口にしてしまいまして……」


「そして俺は、転移の魔法によってつい数日前、この世界へとやって来た。プレジール王国へと足を踏み入れた俺は、そこで街の人々の話を耳にした。『姫様が城を襲った魔物達によって連れ去られてしまった』と。そこで俺は(中略)……こうしてニコール伯の信頼を勝ち取った俺は、その伝手を頼みに国王陛下との謁見の機会を賜った。……謁見の場で、俺は陛下に約束したんだ。『必ず、ナナリー姫を連れて戻る』と」


「……うん、うん」

「……はい、はい」


「……だから、俺はこの魔王城へと乗り込んだのだ! 全ては、ナナリー姫を取り戻すために!」


「……うん、う……あ、終わった」


 凄まじい長広舌のようやくの幕引きに、魔王アビスは生気が抜け出るような深い深い溜め息を吐き出しました。


「……要するに、自力でそれだけの力を得た訳ね。しかも、この世界にやって来たのはつい数日前だから、噂なんて生まれようもない……と」

「そのようですわね。……と言いますか、"ケンジ"って大本の世界での名前なのですね。生まれ変わっても引き続き名乗り続けるなんて、よっぽど愛着があると言うべきか、元々のアイデンティティが強烈過ぎて別の存在(マルシオ)への書き換えが不可能になっていると言うべきか……」


「ふっ、生憎俺の精神が融通効かせてくれなくってな。父上と母上の怪訝顔が懐かしいぜ。……まあそう言う訳で魔王アビス、貴様はここで討伐してくれる! 準備は良いか!?」


 馬鹿丁寧に、勇者ケンジは尋ねます。


「ああ、うん。いつでも……」

 と、魔王アビスが気のない返事を返した瞬間、勇者ケンジが動きました。


 さながら電光石火の如き早業は、並の力量レベルの者では目に捉える事すら不可能だったでしょう。視覚情報が脳に送られ、それが背中の剣を抜き放つ動作であると認識した次の瞬間には、瞬時に距離を詰めた勇者ケンジが剣を振り下ろしておりまし

た。


 魔王アビスが咄嗟に玉座から身を投げるように回避します。床を転がる彼が目にしたものは、先程まで自分が座っていた玉座が真っ二つに斬り裂かれるところでした。


 こいつはやばい(・・・・・・・)


 ただの一太刀で、魔王アビスは勇者ケンジの力量レベルを悟り――同時に、例え本来の力を取り戻した自分であっても、決して勝ち目のない相手であるとも悟りました。


 勇者ケンジは止まりません。玉座側の、身じろぎするのがやっとなヘルマジシャンは捨て置き、まずは床に転がる魔王アビスを仕留めようと飛び掛かります。


 動く暇すらありません。どうする事も出来ず、思わず目を閉じる魔王の顔へと勇者の剣が振り下ろされ――


「…………? ……?」

 ――ませんでした。


 魔王アビスがゆっくりと目を開きます。


「ま……待って下さい!」


 視界に飛び込んで来たのは、ナナリー姫が勇者ケンジの剣を白刃取りで受け止める光景でありました。

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