第6話
『グルゥゥウ……』
「……なるほど。確かにそうですよね」
『ギャウッ、ギャウッ』
「ふんふん」
『ギャオオッ、ギャオッ』
「そうですか……それは嫌ですよね」
『ギャオオオオンッ』
「ふふっ、カオスドラゴンさんったら」
「……何をしているのでござりますか……」
魔王城の中庭にて、カオスドラゴンと楽しげに談笑するナナリー姫の姿に、通り掛かったブラックナイトは尋ねました。
「あ、ブラックナイトさん。こんにちは」
「ご機嫌麗しゅう、ナナリー姫。それで、何をしておいででしたか?」
「もちろん、見ての通りです」
『グルルッ』
「……申し訳ござりません。見て分からないので、お尋ね申し上げておりま
す……」
何やら仲良く声を揃えるナナリー姫とカオスドラゴンに、ブラックナイトは答えました。
「カオスドラゴンさんのお話を聞いていたんですよ。何やら、悩みがあったそう
で」
『ギャオッ』
「……拙者の記憶が確かであれば、竜族の言語を人魔の言葉に訳す術はとうの昔に失われたはずでござりまするが……」
「それより、駄目ですよ。雰囲気が出るからと言って、カオスドラゴンさんに黒雲を呼び出す技を乱用させちゃ。何度も何度もやると流石に疲れるそうですし、何よりも大好きなひなたぼっこの時間が減っちゃうそうですから」
「……え? お主、ひなたぼっこが大好きなの?」
『ギャォオンッ』
ブラックナイトが尋ねると、"暗黒の気を纏う闇の竜"カオスドラゴンは大きく頷きました。
「それと、ご飯の時はお肉を減らして、その分もっとお野菜を増やして欲しいとの事です。頑張って完食しているそうですが、お肉ばっかりでは胃がもたれるとのですので」
「……え? お主、食事の時は割と我慢してたの?」
『ギャォオンッ』
ブラックナイトが尋ねると、"万物を引き裂き、貪り喰らう大顎"カオスドラゴンは大きく頷きました。
「むう……あい分かった。皆には拙者から伝えておく故」
「ふふ、良かったですね」
『グォォオンッ!』
ナナリー姫の言葉に、ブラックドラゴンは嬉しそうに尻尾をぶんぶん振りながら一吼えしました。
「それはそうとですね。一つ気になる事があるのですが、よろしいでしょうか?」
『ギャオ?』
「うん? 何ですかな?」
ナナリー姫の言葉に、二体は揃って首を傾げます。
「この魔王城なのですが……色々崩れちゃってるところがあるのですけど、直したりお掃除したりした方が良いのではないでしょうか?」
そう言ってナナリー姫はざっと周囲を見渡します。
ひび割れた壁に、崩れた回廊。くすんだ色合いのツタが巻き付いた柱に、大きくクモの巣が張られた天井。庭の隅には大量の瓦礫が積み重なっており、今にも崩れ落ちてしまいそうな状態になっておりました。
「うーむ……そう申されましても……。あれらは全て、廃退的雰囲気が出るのであのままで良い、との魔王様のご意向であるが故に」
「そうなのですか?」
「はい」
『グルゥ』
「う〜ん……けど、危ないですよ? ほら、瓦礫につまずいたり、破片を踏ん付けたり。それに、廊下が崩れたままでは不便ですし。何でしたら、私もお手伝いしますよ?」
「い、いや、流石にそれは……」
「良いのではないか?」
背後から聞き覚えのある声が掛けられ、ナナリー姫達は振り返ります。一人と二体の予想通り、魔王アビスが立っておりました。
「魔王様。いらしてましたか」
「うむ。通り掛かりに姫の姿が見えたのでな。……それよりも、姫」
「はい」
「姫が気になると言うのであれば、あれらは全て直させよう。もちろん、手伝いも大歓迎であるぞ。やって頂けるかな?」
「はい! お泊まりさせて頂いているお礼もありますし、喜んで!」
ナナリー姫はハキハキと答えます。ブラックナイトは魔王アビスの下へと小走りし、コソッと耳打ちをします。
(魔王様、よろしいのですか?)
(うむ)
(しかし、あれら状態は全て魔王様のご意向によるものです。それを……)
(……あー、それなんだがな)
(?)
(半分は嘘なんだよ、ぶっちゃけ直すの面倒だし。雰囲気ですって言って誤魔化してるところあるから)
(……)
(な、何だよその無言は!? い、一応雰囲気重視は嘘じゃないからな!?)
(……そう言う問題では……いえ、それは置いておきましょう。……それよりも、姫に手伝わせると言うのは本気でございまするか? 生け贄……と言うか、献血待ちの方に、それも貴人に城の修繕を行わせると言うのは……)
(……今朝、姫が元気な朝の挨拶と共に玉座の間の扉をぶっ飛ばしたんだ。あの馬鹿みたいにでかくて重い、鋼鉄製の扉を)
(…………)
(本人曰く『普通に押しただけ』らしいが、飛んで来た扉は我に直撃して危うく討ち取られるところだった)
(…………)
(それとデーモン達の報告によると、クシャミした拍子に最上位風魔法の魔法が発動したそうだ。駆け付けたヘルマジシャンが魔力のコントロールを手伝って事態を収めるまでに、発生した竜巻は近くにいた魔物達を多数、無差別に巻き込み続けたらしい)
(…………)
(図書館で、禁書の封印を腕力だけで解いたとの報告も上がっておる。凶暴過ぎて我の言う事も全然聞かない、扱いに困った挙げ句魔導書に封印してたあの魔神だ。館内で暴れ始めた魔神は『メッ!』の一撃でKOされ、戦闘の余波で多数の棚が蔵書ごと吹っ飛んだ。恐れをなした魔神は自ら再封印されたとの事だ)
(…………)
(質の悪い事に、あの姫は結構好奇心が旺盛らしくてな。あちこち出歩いてはふとした拍子に力を暴発させて、何かしらの被害を出してしまう。このまま放っておいては、終いには魔王城が根こそぎ破壊され尽くされるかも知れん)
(……ならば、なおさら牢の中で大人しくさせておくべきでは?)
(平然と牢を突破されている時点で、我らに止める手段がない。……一方で、たとえば食事とかの日常的な動作であれば、力が暴発する事はない様子だ。ならば姫には何か簡単な仕事でも与えておいて、それに専念させておいた方が我らも平穏無事に過ごせるだろう)
(それで掃除……ですか)
(うむ。今の姫であれば、瓦礫の撤去など容易であろうし、"ただ持って運ぶ"だけなら、力が暴発する確率も低い。城の修繕にしても、一国に姫君に出来る事もたかが知れておるだろうから、そう面倒な事にはなるまい。部下を付けて、ヒビにモルタル流して埋めさせておけば良い)
(得心致しました。では、そのようにさせましょう)
会話をしている間に距離を取っていた二体は、ナナリー姫の元へと戻ります。待っている間カオスドラゴンと仲良く戯れていた姫は、気付いて首を向けます。
「お話は終わりですか?」
「うむ、すまぬな。……まあそう言う訳で、姫には片付けや修繕の手伝いをしてもらおう。一人では大変であろうから、部下も付けよう」
「はい! お任せ下さい! 何でしたら、お城をもっと明るい雰囲気に変えちゃっても良いですか?」
「うむ。生憎、我は面倒……何かと忙しい故、作業の監督は出来ん。その辺りは姫の好きにするが良い」
「分かりました! 張り切っちゃいますね!」
「はっはっは。適当で良いのだ、適当で。取りあえず、ドレス姿では動きづらかろう。作業に相応しい服を用意させるのだ」
「は、かしこまりました」
魔王アビスの言葉に、ブラックナイトは恭しく頭を下げました。
「さあ、一生懸命張り切っちゃいますよー!」
作業用の服へと着替え終わったナナリー姫は、胸の前で両の拳を握り締めつつ、集まった魔物達へと意気込みたっぷりの宣言をしました。
「……ねえ、ブラックナイト」
「何でございましょうか、ヘルマジシャン殿」
話を聞き付け、様子を確認しに来たヘルマジシャンの言葉に、一仕事終えた風情のブラックナイトが答えました。
「……姫のあの格好は何なの?」
現在のナナリー姫は、上は微妙に袖の丈の長い赤ジャージ、下は側面に白のラインの入った黒のクォーターパンツの組み合わせでした。ジャージの下の白い体操着には、大きく『ななりー』と書かれたゼッケンが丁寧に縫い付けてあります。髪型もそのままでは作業に支障が出るからと、長い黒髪をポニーテールに結わえておりました。
「作業に相応しい、動きやすい服装にござります」
「……あ、そう」
「髪型はお団子にまとめさせるべきか大変に悩みましたが、今回はポニテを勧めておきました」
「いや、聞いてないから」
「また、他の魔物から『下はブルマにするべきではないか』と言う意見も少なからず出ました。大いに頷かされる意見ではありましたが、普段は露出の少ない衣装をお召しになられている姫の事、いきなり生足の面積が多くなるブルマよりも、適度に隠れつつも絶妙に白い肌を覗かせる丈のクォーターの方がより効果的であると考察した末、現在の通りになりました。同じく『脚部のラインがはっきり出るスパッツを強く希望する』と主張する一派もおり、議論もかなり紛糾しましたが、最終的には『裾からの健全なチラリズムを追求したい』と言う拙者の主張に対する賛同者が過半数を越えたため、今回はクォーターに決定しました。しかしながらスパッツ派の主張にも強く惹かれるものがあり、また互いの見識も大いに深め合う事の出来た実に有意義な議論でありました。最終的には互いの堅い握手と共に次回のスパッツ着用を約束し、平和的幕引きと相成りました。一方、上の赤ジャージに関してはそれほど反対意見も出ず、スムーズに決定致しました。強いて言えば、『丈はもっと長めで手の平が隠れる位にぶかぶかな方が良い』との声が若干数出た位で、それらも『今回は機能美も考慮に入れるべし』との意見に納得し、素直に引き下がりました。手前味噌ながら、総合的に今回の赤ジャージなナナリー姫は普段の高貴な雰囲気を抑えつつも庶民的で健康的、活動的な魅力を引き出す事を達成した一つの成功例であると自負しておりまして、今後も拙者のコレクションを増やし、その中から姫の新たなる魅力を引き出す衣装の組み合わせを追求し果敢に挑戦して行く所存にござりま――何でもござらん」
「まずクソ長ぇわ!? 次にジャージあんたの私物か!? 最後にたった一文字言うの止めた程度で何も誤
魔化せねぇからな!?」
異様なまでに饒舌なブラックナイトにドン引きしながら、ヘルマジシャンは叫びました。
「良ーし、じゃあ早速始めちゃいますよー!」
そんな二体の事など一切気にせず、赤ジャージ姿なナナリー姫は元気一杯に拳を振り上げるのでした。




