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第5話

「……それで結局、これからどうなさるおつもりなのですか、魔王様?」


 ナナリー姫が魔王城へと誘拐された翌日の朝。玉座に座る魔王アビスにヘルマジシャンは尋ねました。


「どう、って……。昨日、儀式を執り行うつもりだと言ったであろう?」

「まあ、そうなんですけれど……」


 魔王討伐を果たしたナナリー姫は、その後討伐された魔王アビスの『き、今日のところはどうぞ泊まって行って下さいな。お部屋用意しますので……』と言う言葉にまんまと乗せられ、牢屋(ベッド付き)へ逆戻りしているのでした。


「あの牢屋であれば、いくらナナリー姫の力が強大であったとしても、そうそう抜け出す事は出来まい。何しろ、魔王城で一番強固な奴だからな」

「私達四天王はおろか、制作者である魔王様ですら突破は極めて困難な、あの牢屋ですか」


「うむ。壁も床も天井も、全面を強固な結界で何重にも覆っておるから、力ずくでの突破はまず不可能。もちろん、出入りのための鉄扉や換気口にもキッチリ念を入れて張っておる。鉄扉を開けるには、十二桁の暗証番号を毎回の出入りのたびに入力せねばならん。もしも結界に強い力が掛かる、あるいは一度でも暗号入力を間違えれば、魔王城全体に警報が鳴り響くからすぐに気付く。……更には姫に牢であると怪しまれないよう、昨日突貫で内装を整えておいた。あれなら、当面は気付かれまい」


「……いや、いつかは気付かれる前提で話されましても……」

「しょうがないだろっ、いつまでも部屋の中から出られない状態を怪しむなって方が無理あるし! どうせ我ら全員で姫に挑んだとしても止めるの無理っぽいから、儀式の準備が整うまでの間なるたけバレるの遅らせるのが最上の策なんだよ!」


「……世界の支配を目論むお方のセリフであるとは、とても思えないセコさですわね……」

「痛いところ突くなよお願いだから! ……それに昨日の怪我回復したのは良いけど、我の力以前より落ちてるっぽいし……」


「そうなのですか?」

「ミンナニ ナイショダヨ。……多分昨日の姫の一撃に、闇の力を封じる何かがあったんじゃないかと思う……」


「なるほど。……つまり、今がチャンス……」

「何の!? い、言っとくけど、一対一でお前を倒す位なら、辛うじて何とかなりそうだからな!」


「……カオスドラゴンは餌付けでOK。ダークゴーレムは思考パターンを外部から弄れば行ける。ブラックナイトは硬派気取ってる割に、しょっちゅう私の太ももとか胸とかに視線移してるから、色仕掛けで攻めるのが良いか……」

「やっべ、我うっかりミスで大ピンチに陥ってるわ……」


「まあ、概ね冗談ですわよ。……それでしたら、儀式で失われた力を取り戻す事が出来るんじゃありません事? 本来の目的とは違いますけど」

「まあ、確かにそうだな……。あと、"概ね"って部分聞き逃してないからな?」


「ひとまず、姫を牢から出さないようにするのが最優先ですわね。退屈させてはいけないので、暇潰しに本辺りでも持って行った方が良いですわよ」

「そうする。……ま、まあ、仮に姫に気付かれたとしても、あの牢を突破するなんて事は不可能なんだし、そんな――」


「あ、魔王さんにヘルマジシャンさん、おはようございまーす!」


「出てんじゃん!? ねえ、突破は不可能だったんじゃないの!? ねえ!?」

「そんな事私に言われましても!?」


 元気の良い朝の挨拶と共に玉座の間へと入って来たナナリー姫を見るなり、魔王アビスはヘルマジシャンの肩を掴み、ガックンガックン揺さぶりながら叫びまし

た。


「……お、おはようナナリー姫。昨日は良く眠れたか?」

「はい、おかげ様で。いつもと違う枕でちゃんと眠れるかなって思ってましたけ

ど、案外大丈夫なものなんですね」


「そ、それは良かった。……ところで、ええと……」

「はい?」

「牢……じゃない、あの部屋からはどうやって出たのかなー、って。ほらその、魔王城って広いし、出歩いて迷子になるといけないかなー、と思って、すぐには出られない仕組みにしてたって言うか……」


(無理のある言い分ですわね……)

(うるさいわ。お前も合わせとけ)


 ひそひそ話をする魔王アビスとヘルマジシャンに疑問符を浮かべながらも、ナナリー姫は答えます。


「ああ、勝手に出歩いちゃいけなかったんですか? すみません……」

「い、いやいや、怒ってる訳じゃないから! ……まさか、壁なり扉なりを破壊して出て来たとか、そんな……」


「いえ、それは大丈夫です。昨日も牢屋壊しちゃいましたし……良く分かりませんけど、私なんだか力持ちになっちゃってるみたいですから、そこは気を付けるようにしています」

「ああ、良かった……最悪の可能性は潰れてくれた……」


「ですから、扉の暗証番号を押して普通に出ました」

「暗証番号を……?」


 キー入力式の暗証番号入力装置は、牢の内と外の両方に設置されております。中へ食事を運び込むわずかな時間にも抜かりがないよう、毎回鉄扉にロックを掛けるためです。


 扉のすぐ側に設置されてあるそれぞれの入力装置には、覆いを被せて周囲から覗き込めないようになっています。部下に対しても、入力する指の動きを見られないよう念を入れて注意をしていますから、『入力順を目で見て覚えた』なんて事はあり得ないでしょう。


「まさか、十二桁の暗号入力を勘だけで一発成功したとか……」

「そんな訳ないじゃないですか。無理ですよ、そんなの」

「ははは……まあそうであろうな――」


「入力キーに残った指の体温を辿って、どのキーを押したのか探りました。集中すれば、何だかそう言うのも"見える"ようになってまして。最初の方に押されたキーである程、付着した体温も冷めていく点を鑑みて――つまりは温度差を見れば、順番も推測出来ますし」


「何その知的な力業」

「無意識の内に、高位の探知系魔法でも発動させているのかも知れませんわ

ね……」


 凄腕窃盗団の如きナナリー姫の暗号解除方法――言うまでもなく、良い子も悪い子も真似をしてはいけない方法に、魔王アビスもヘルマジシャンも静かに戦慄します。間違っても、一国の姫君がさも当然のように語る手口ではありません。恐らく、知力も強化されているのでしょう。


 今のところ本人が無自覚であるため知性が発揮される場面も限定的であり、おかげで魔王アビスのショボい嘘にも騙されてくれてはいます。が、放っておけばいずれ気付かれるどころか、手が付けられない程の戦術及び戦略的手腕を発揮し始めるかも知れません。魔王陣営にとっては、悪夢の上乗せ以外の何者でもありませんでした。


「それよりも、昨日はありがとうございました。あまり長居するのも悪いですし、この辺でおいとましますね」

「い……いや、ちょっと待った!」


 優雅に一礼して立ち去ろうとするナナリー姫を、魔王アビスは慌てて引き止めました。


「? いかがなさいましたか?」

「あ、いやその……折角だから、もうちょっと泊まって行くが良い。遠慮とか不要だから」

「そうは言われましても……。あまり遅くなりますと、お父様も心配するでしょうし……」


 ナナリー姫の言葉に、魔王アビスは焦ります。ここで彼女を城に逃がしてしまえば、再度確保するのは絶望的であると言えます。それどころか、まず間違いなくプレジール王国国王が黙ってはいないでしょう。全戦力を率いて報復に来る可能性は極めて高いと言えます。


 そもそも、魔王アビスが儀式で己の力を高めようとしているのは、裏を返せば現在の魔王達の軍では人間達と正面から戦っても勝ち目がない事を自覚しているためです。魔王アビスや四天王がいくら強くても、それだけ人間達の"数の力"は脅威なのです。相手がプレジール一国であればまだ勝てはするでしょうが、こちらもただでは済まないでしょう。ましてや、力の落ちた現在の魔王アビスであれば、一国を相手に敗北すら冗談抜きであり得ます。


 それどころか、もしまかり間違ってナナリー姫が前線に立ちでもすれば、こちらは一矢も報いる事なくメッタメタに滅ぼされてしまうでしょう。絶対に、彼女を帰す訳には行きません。


「いやいやいや! お父様には伝書魔界ガラス経由で手紙を送れば良いから! ほら、遠慮とかホント要らないから!」

「そうは申されましても……」

「それに……その……」


 言い淀みながらも、魔王アビスは必死になって考えます。


 昨日の事もあるし、素直に生け贄になれと言っても絶対聞き入れないだろうな。


 さりとて、このままじゃ帰られちゃいそうだし。一体どうすれば……。


 ……いや、待てよ?


 伝承によると、儀式に必要なのは『王族の血』なんだよな?


 だったら……!!


「? 魔王さん?」

「その……じ、実はだな――」


 状況を打破する起死回生の妙策を閃いた魔王アビスは、乾坤一擲けんこんいってきの思いを込めて叫びました。


「――ナ、ナナリー姫には、献血へのご協力を願おうかと思って!!」


「……ごめんなさいねー、姫。魔王様、ちょ〜〜っと良いですか?」


 ヘルマジシャンにちょいちょい、と手招きされ、魔王アビスは部屋の隅に移動しました。


(……あの、魔王様。私の予感が間違っている可能性は限りなく低いのは十分承知の上で、それでも一応は奇跡を信じて確認しておきますけど)

(何だ?)

(……まさか『儀式に必要なのは"王族の血"なんだから、"血だけ"抜き取れば万事解決!』……とか言う、この上なく馬鹿丸出しな目論見で言った訳じゃないんですよね?)


(………………てへっ)

(馬鹿ですか!? 馬鹿確定ですか!? 馬鹿丸出し魔王の誕生ですか!?)


(馬鹿馬鹿連呼すんなよ!? 我だって、一生懸命考えたのに!)

(一生懸命さだけを売りにして手に入るのは努力賞だけです! いくらあのぽややん姫でも、そんな不自然な申し出は流石に怪しまれますよ!)


(そこを何とかするのが、お前ら四天王だろうが!)

(ここで部下に丸投げですか!? ないわー! ないですわー! この上司ブラックな上にポンコツですわー!)


(うっせーうっせー! お前我の力が落ちてるって知ってから、何調子乗ってんだよ! このバーカ!)

(例え本来の力を持った状態でも言ってやりますよ! そもそも、力落ちてるの勝手にバラしたの魔王様でしょう!? このポンコツ上司!)


(うっせバーカ! バーカ!)

(ポンコツー! ポンコツー!)


「あのー……」


 ナナリー姫に背後から声を掛けられ、部屋の隅で低レベルな言い争いをしていた二体は、慌てて振り返ります。


「ああ、すまぬな。それで、献血の件なんだけど……」

「良いですよ」

「アッサリOKが出た瞬間、私に向けて来た魔王様のこのドヤ顔よ……っ!!」


「それで、準備に数日程時間が掛かるから、それまで魔王城に泊まってってくれたら嬉しいなー、って。着替えとかは、こっちで手配するから」

「お世話になります」

「魔導士であるこの私ですら、力量レベルを上げて物理で殴りたくなるような魔王様のこのドヤ顔よ……っ!!」


 魔物達の長としての威厳をかなぐり捨て、最下層レベルの勝利宣言を行う魔王アビスの姿(表情)に、ヘルマジシャンはワナワナと肩を震わせるしかありませんでした。


「そう言う訳だから、ナナリー姫。こちらの準備が整うまで、魔王城でゆるりとして行くが良い」

「はい、よろしくお願い致しますね!」


 何一つ疑いを向ける事なく、ナナリー姫はにっこり笑って言いました。

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