第4話
女神クレーネ。
"神界"にて、数多ある世界の維持や管理、死者の魂の転生を行う存在である"神族"の一柱です。
彼方まで広がる湖面へと立つ姿はさながら凛と咲く一輪の花のようであり、風に揺られる青く美しい髪は淡く神々しい輝きを放つようであります。穢れを知らぬなめらかな肌に包まれた腕は、取れば手折れてしまいそうな程に白く繊細に伸びておりました。
そんな女神クレーネ様は現在、片腕で一柱の男神を宙に吊り上げております。相手の顔面をガッチリ掴み取り、メリメリと音を立てて食い込んで行く白く細い指には、万力を遙かに越える力と一片の容赦もない怒気とが込められておりました。
湖面に立ちし女神様の、いと高く美しきアイアンクロー。世界中の画家の誰一人とて絵筆に乗せた事のないであろう、それはそれは神秘的な光景でありました。
「……言い訳を聞きましょうか。"アネモス”」
「……『かくすれば かくなるものと 知りながら 止むに止まれぬ 神族魂』」
「何を二十一回やらかさにゃ気が済まん奴みたいな事言ってんのかしらねぇ、この馬鹿は……っ!!」
「ギブ!? ギブ!?」
男神――アネモス様による、『叱られるの分かってても止めらんないよね!』的な返答に、クレーネ様のアイアンクローは更なる高みへと上ります。人知を越えた膂力が生み出す締め上げは、異音を上げながらアネモス様の端正な顔を徐々に瓢箪のような先進的形状へと変化させて行きました。
「『人間達の住む世界に"神の祝福"ぶち込んだ』ですってぇっ!? 何余計な事をやってくれちゃってんのよっ!!」
「はっはっは、もちろん面白半分に決まって……クレーネちゃん!? そろそろ頭が割れて色々なものがハミ出そうだから!? ホルモン焼き屋のメニューにも載ってない類のものが出そうだから!?」
遂には天元を突破したクレーネ様のアイアンクローに、アネモス様はもの凄い勢いで降参のタップをしました。必死の思いが通じたのか、はたまた掃除が面倒だからか、クレーネ様の手が緩められアネモス様の身体が湖にバシャンと落ちました。
「……あんたねぇ。私達神族の役目が分かってるのかしら?」
「ええっと……各世界の管理、維持を行ったり、死んだ人の魂を天国・地獄へ振り分け、もしくは転生を行ったりとか色々」
水中へと沈み掛けた身体を慌てて浮上させ、アネモス様は湖面の上へあぐらで座ります。緑髪からぽたぽたと落ちる水滴が、湖面に次々と小さな波紋を作りまし
た。
「そう。……でもって、一番大事な原則として『その世界に住む生物に対する、直接的な干渉は極力行わない』ってのがある訳よ。世界が物理的に存在し続けられるように安定させたりはするけど、その世界の中で起こる"出来事そのもの"には手を出さない」
「うん、そうだね」
「各世界はあくまでその世界の住民に委ねられるものであって、私達がしゃしゃり出て社会の仕組みに手を加えたり、現世での罰や利益を与えたりは御法度。事情によっては、たま〜に別世界へと転生させられる魂に前世での記憶を残したり、強力な能力を付与したりする事もあるけど……それはあくまで神界での仕事の範疇だから問題ないの。……要するに私達はあくまで"裏方"であって、"主役"じゃない。そこら辺理解してる?」
「そりゃまあ、僕ら神族にとっての常識だからね」
「そう、ちゃんと理解している訳ね。良かったわ、うふふふ」
「ちゃんと理解しているんだよ。あははは」
二柱の楽しげな笑い声が、静かな湖面に響きます。
「つまり、理解した上でこの所業っつー事かしら!? ああん!?」
「クレーネちゃん!? ギブギブギブギブ!?」
しばらくの間、神聖アイアンクローにて再び宙に吊り上げられたアネモス様の、必死のタップが続きます。
「……たくっ、このスットコドッコイのトラブルメーカーは! さっさと回収しに出掛けるわよ! 一体、どこの世界に祝福与えたの!?」
「分かんない」
「……はい?」
「だから、分かんない。何しろ、狙いを付けずテキトーにブッパしたから。だってそっちの方が面白いって言うか、偶然ならではの良さが出る感じって言うか」
「……創造主様……。何でこんな奴を生み出したんですか……」
「強いてざっくり言うなら、三〜四〇万番台の世界のどっかじゃないかな。大体の感触から言って」
「精査するにも時間が掛かるわね。……はあ、仕方ない。すぐに取り掛かるとしましょうか」
「うん、頑張ってね〜」
「あ・ん・た・もっ!! やんのよっ!!」
「ギブギブギブギブ!? クレーネちゃん!? 顔面!? 僕の顔面が独創性溢れる形状に!?」




