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第3話

「……はて? 何やら騒がしい様子だが……?」

 玉座の間にて、魔王アビスは言いました。


「まーたグリフォン達が、餌足りないって騒いでるんじゃありません事?」

 と答えるのは、ヘルマジシャン。四天王の紅一点であり、頭に角、背中に羽、お尻に尻尾が生えている以外は人間と変わらない姿形をした魔物であります。高い知能と魔力を誇り、攻撃から回復まで数多の魔法を自在に扱う天才魔術師です。


「いや、拙者の耳には、何やらこちらへと向かっているように聞こえまする

が……」

 と答えるのは、同じく四天王の一角、ブラックナイト。霧のような形状の精神体が黒い鎧に憑依した魔物であります。全長に匹敵する大剣を軽々片手で振るい、立ち塞がる敵をバッサバッサと斬り捨てる、魔王城(いち)の剣術の達人です。


『…………』

 と答え――られないのが、四天王の一角、ダークゴーレム。魔術によって生み出された存在で、岩で形成された強固な身体を持つ魔物であります。その凄まじいまでの膂力りょりょくから生み出される攻撃は正に一撃必殺、魔王城屈指のパワーファイターです。


『ギャオォォ……ギャオォ……』

「カオスドラゴンも、何かのどが枯れる程に吼えておったようであるし……おい、デーモン代表。帰りに何か変わった事でもあったのか?」

「ふははははっ! いえ、特にっ!」


 堂々と答える代表デーモンの背中に、他のデーモン達の白くて冷めた視線がザクザク突き刺さります。が、物理的な痛みは生じ得ないため、当の本人は気付く気配すらありません。


「そうか……。まあ、そう大した事でもあるまい。まさか姫が脱獄して、こちらへと向かっているなんて言うトンデモ展開が起こる訳もなし、慌てず騒がず――」


「魔王さーんっ! ここにいましたかーっ!」


「おおおおおおお落ち着いておれば良いんじゃあなた様らっ!? つまりは貴様

らっ!? 分かった!? 分かったよね!?」

「ええ、分かっておりますわ。一番分かっておいででないのが、魔王様です」


 露骨に慌てふためく魔王アビスに対して、ヘルマジシャンは冷静に言い放ちました。とは言え、牢に捕らわれているはずのナナリー姫がなぜかこの場に現れた、と言う事実は、魔王アビスでなくとも驚きの対象となり得ます。その場の一同から、にわかにざわめきの声が上がりました。


「ひ、姫がなぜここにいるっ!? 牢番はどうしたっ!?」


『『『……は……はい。こ、ここ、に……』』』

「見るからに満身創痍な、弱々しい足取りで部屋に入って来たし!? 何があったの!?」


 姫に続いてぞろぞろと、全身ズタボロな魔物達が玉座の間へとやって来ました。牢番だけでなく、途中で止めに入ったと思しき他の魔物達も混ざっております。

が、全員例外なく歩くのがやっとな有様であり、ただ事ではない雰囲気がぷんぷんと漂っておりました。


 一同の混乱をよそに、ナナリー姫は玉座に座る魔王アビスの元へとつかつかと歩み出します。


「魔王さんっ、考え直して下さいっ! 人間が海で暮らすのは、とっても難しいんですっ!」

「……魔王様? 姫は一体、何を言っておるのでござりますか?」

「ああうん、取りあえず気にしないで。……まさかとは思うがナナリー姫。そな

た、牢を破ってここまで来たと言うのか?」


「それは……すみません。うっかり鉄格子を折り曲げちゃいまして……」

「……牢番達は何をしていた?」

「……申し訳ありません、魔王様……。力ずくで取り押さえようとしたのですが、姫に軽く抵抗されただけでこの有様でして……」


 にわかには信じがたい話であります。が、こうして姫がこの場にいる事こそが、彼らの話を裏付ける何よりの証拠です。


 つまり、ナナリー姫は尋常ならざる力量レベルの持ち主である、と言う事です。誘拐するに当たり、魔王アビスは部下に命じて事前調査を行わせておりますが、その結果は『並の人間と同格か、それ以下の力量レベル』です。報告と現実とが、まるで食い違っております。


 可能性は二つです。一つは事前調査の報告結果が間違いだった事。


 そして、もう一つは――


「……おい、デーモン代表」

「ふははははっ! 何か?」


「……お前、帰りに本当に何もなかったのか? 些細な事でも良い、言うのだ」

「ふははははっ! 特に気になるような事は――」


「帰りに姫に謎の光が直撃しました」

「調べようって俺ら全員で主張したのですが、代表はガン無視しました」

「結果、ご覧の有様です」


「……なるほど、良く分かった。お前、後でじっくり話聞かせて貰うからな」

「ふははははっ!?」


 顔面一杯に青筋を浮かべる魔王アビスの姿に、代表デーモンの全身から瞬時に冷や汗が吹き出ます。割と自業自得な事なので、代表じゃないデーモン達も遠慮なく非情になれたのでありました。


「それよりも魔王さんっ! お願いですから、私の話を聞いて下さいっ!」

「……詳しくは分からんが、何らかの事情で姫は強大な力を得たようであるな」


 魔王アビスが、玉座からゆらりと立ち上がります。


「しかし、所詮は人の子。魔王たる我が力には遠く及ぶまい」


 瞬間、凄まじい魔力が魔王アビスの全身から噴出しました。荒れ狂う暴虐の闇、圧倒的なまでの暗黒の力が玉座の間の隅々まで満ち溢れます。ただ体内に魔力をみなぎらせただけで物理的な圧力までもが発生し、強風が吹いたように床の埃を巻き上げます。


 高力量(レベル)帯の魔物である四天王達ですら、思わず身震いする程の圧倒的な魔力で

す。並の力量レベルの魔物達はあまりの恐怖に完全に縮み上がり、思わず平伏します。


 これこそが、魔王アビスの力なのです。並の魔物達とは根本的な次元の違う、まさに王を名乗るにふさわしい力量レベルです。いわんや、この邪悪極まる魔力を正面からまともにぶつけられた人間たるや。一発で卒倒した挙げ句、生涯に残るトラウマとして脳裏に刻み付けられてしまってもおかしくありません。


「あら、今日は風が強いですね。……すみませーん、窓閉めて頂いても良いです

かー?」


 が、当のナナリー姫は文字通り風を受け流すが如く平然としております。内心で『あっれー? 思ったよか反応薄いなー?』と思いつつも、魔王アビスは威厳たっぷりに言葉を続けます。


「ククク……我が魔力を前にその態度、虚勢としても中々のものだ。しかし、所詮は大海を知らぬかわずの度胸。我が真なる――」


「あ、それよりも魔王さんっ! 思いとどまって下さいませんかっ!」

「話ぶった切らないでね。……こほん、我が真なる力を前に、そのにわか仕込みの自信が果たしていつまで――」


 魔王アビスの言葉も、暴挙阻止に頭が一杯なナナリー姫にはほとんど聞こえていません。


(何としてでも止めないと――)


 ナナリー姫は思いました。


 そもそも、魔王さんは私の言葉に耳を貸してくれません。


 どうやら、悪い事を叱るところから始めなければいけないようです。


 話を聞いてもらうのは、その後です。


「――矮小なる人間の小娘よ! 我が前に屈するが良い! 哀れなるにえとして、その命、我に捧げるのだ!!」


 姫は大きく息を吸いました。そして、右手の人差し指でピンッ!と 魔王アビスを指し、あらん限りの大声で叱責の言葉を叫びました。


「メッ!!」


 瞬間、耳をつんざく轟音と共に青白い雷が玉座の間の天井を突き破り、魔王アビスに直撃しました。


「ぐわああああああああ――――――っ!?!?!?」

『『『魔王様っ!?』』』


 聖なる力が魔王アビスの身体を焼き尽くし、雷鳴にも負けない程の悲鳴が部屋中へと響きました。


 それは、猛き清浄なる神の雷。


 不浄を滅する、破邪顕正の光。


 天に選ばれし者のみが行使し得る、神罰の代行。


 秘されし究極の魔術。


 ――アークパニッシャー。


「………………むきゅ〜……」

『『『魔王様ぁっ!?』』』


 晴れた煙の向こうから、最大最強の攻撃魔法をまともに喰らい黒コゲの何かと化した魔王アビスが現れ、その場にぽてりと倒れ伏すのでした。






「すみませんっ、すみませんっ、すみませんっ! そんなつもりじゃなかったんですっ!」

「…………ああ、そんなつもりなくても最強魔法って撃てるんだ……」

「ほら、魔王様。まだ回復し終わってませんから……」


 ぺこぺこ謝るナナリー姫に向かって、魔王アビスは呟きました。ヘルマジシャンによる強力な回復魔法のおかげで一命こそ取り留めましたが、あと一歩処置が遅ければそのままお亡くなりになって、世界が救われるところでした。


 こんがりと上手に焼けた魔王アビスにひたすら頭を下げるナナリー姫の姿に、魔物達は戦慄のまなざしを向けます。周囲にはアークパニッシャーの余波を浴びただけで虫の息となった魔物や、立ったまま気絶している魔物、中には恐怖の度が過ぎて逆に笑いが止まらなくなっている魔物すらいます。無事な魔物の中にも、もはや姫に逆らおうなどと言う者は一体もおりません。魔王城のヒエラルキーの頂点は、叱責一つで更新されたのでありました。


「そ、それはそうと魔王さんっ! 人間達を海に落とすのは止めて下さいっ! お願いしますっ!」

「…………はい、分かりました」

『『『魔王様ぁ――――――――っ!?!?!?』』』


 魔王アビスの野望が、囚われの姫君によって阻止された瞬間でした。

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