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第一節の伍 我が母、おえい ~妙向尼の胸のうち~ 

カテゴリーを歴史に移してからの最初の更新です

よろしくおねがいします

 私はこの事を誰にも打ち明けられずにいた。

 軽々しく口外しては、騒動になるのが目に見えていたからである。

 汚れた着衣や寝具は他の者が起きる前にこっそりと処分した――つもりであった。

 だが数日もしない内に誰かが気づいたのだろう。

 そしてこっそりと我が母〝おえい〟に耳打ちしたに違いないのだ。

 この事で私は母に内密に呼びだされる事となったのである。

 

 我が母は名をおえいから妙向尼へと変えていた。

 父、可成の逝去とともに剃髪して出家したためである。

 今の時勢、夫の逝去の際に妻が喪に服す意味で出家するのは決して珍しく無いからだ。

 

 日が沈み、夜の帳に包まれた屋敷の片隅で私は母である妙向尼に内密に呼び出されていた。

 何を言われるのか、どう言う扱いを受けるのか、不安にまみれたままで私は母の元へと足を向けたのである。

 

「母上、蘭丸、参りましてございます」

「はいりなさい」

「はっ」


 私が襖越しに声をかければ、母の穏やかな語り口の声が帰ってくる。私は招かれるままに母の部屋へと入っていく。

 

「お待たせいたしました」

「おすわりなさい、話があります」

「はっ」


 部屋の中、正座して私を待っていた母に命じられるままに、母に向かい合うように正座をする。そして母は静かにその口を開いたのである。

 

「蘭丸、このところ、なにやら隠し事をしているようですね」


 母は静かに笑みを浮かべながら私に問いかけてくる。詰問しているように見えて、その実、語り口は穏やかだった。

 

「いえ、そのような事は――」


 戸惑い、うろたえながら答えるが母は遠慮しなかった。

 

「言い繕っても無駄ですよ。あなたの体に何が起きているのか、全て仔細承知していますから」


 そして母は傍らに畳んで隠しておいた物を取り出すと私の前に差し出したのである。

 

「貴方の寝間着に〝血〟がついていました。血は念入りに洗わないと布地にあとを残します。誰にも知られぬように洗ったようですがここに残っておりましたよ。ほら――」


 母が指先で示す所には薄く赤茶けた血の跡が滲みとなって残っていたのである。

 

「あ――」


 もはや言い逃れはできない。かと言ってどう答えるべきかも見当もつかない。なぜなら私自身も自分の体がどうなっているのか見当もつかないのだから。言葉を失い窮する私であったが、母はその答えをすでに用意してくれていた。


「蘭丸、血の痕を落とすには大根のおろし汁をお使いなさい」


 母は私を責める事無く柔和に笑っていた。そして、私を癒やし諭すようにこう語り始めたのだ。

 

「実はあなたが産まれてすぐに家の者が気づいて、高名なお医者様に見ていただいているのですよ。その際にこう言われているのです」


 私は疑問を指す挟まずに静かに耳を傾けていた。

 

「〝この子の体には男の子のみしるしと、女の子のみしるしが両方とも備わっています。そのどちらかが育っていくのかはわかりません。ただどの様なお子に育ったとしてもそれを受け止め、認めておあげになるのが親の努めと言うもの〟――そう教えて頂いてたのです。ですから蘭丸――」


 母はにじり出ると、私に近寄りその手を差し出してくる。

 

「貴方はなにも案ずることはないのですよ。貴方はあなたのままで生きればよいのです」


 そして母上は私の手をそっと握りしめてくれた。そしてその上で母はこう告げたのだ。

 

「蘭丸や、あなたは上様の小姓となりなさい。女生として男生として、その双方を活かす道を見つけるのです。大切な御方のお側にあって支えること。それならば今のあなたの体でも務まることでしょう。武将として外の活躍は兄である勝蔵が役目を果たすでしょう。あなたは上様のお側にあって、森家をうちから支えることをお考えなさい。それに――」


 母はそこで一息置く。少し困った風に、それでいて私を安堵させるように告げる。

 

「上様は人より変わったものがお好きな御方ですから、あなたの体のことが解っても悪いようになさらないはず。そのためにもあなたは人よりも優れた小姓である事を心がけなさい。人よりも早く起きて、少しでも多くの仕事をこなし、良く見、良く聞き、良く気が付き、体を惜しまず、知恵を巡らすのです。森蘭丸をおいて他には無いと言わしめるほどに」


 そこまで言葉を聞いて私は得心したことがあった。それを胸のうちから自信の程を込めて口にする。

 

「――我が父、森三左衛門可成のように、この槍に比類なきと言われるほどにですね?」


 母は私の言葉にはっきりと頷いていた。

 

「あなたも長可も、あの人の子です。きっと出来ますよ」

「はい」


 そして、私は〝この人の子で良かった〟と心の底から思えたのである。


次回で第一節がラストです

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