家族と捜査官
-5-《家族と捜査官》
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夕焼けの落ちる公園のベンチで4人の人物が会話をしている。2人はベンチに座っており、もう2人はその前に立っている状態だ。立っているのは神崎と大和、座っているのは誠二と、橙色の薄手のジャケットを着た男性である。
神崎は誠二の手当をしながら誠二を叱る。
「 全く、私が側まで戻ってきてたから良かったものの、そうじゃなかったら、どうするつもりだったんですか 」
誠二はそこら中に火傷を作っており、服も処々焦げている。彼は目を反らしながら反論した。
「 いや、俺だって好きで下に降りた訳じゃ…… 」
神崎はそんな誠二の火傷に消毒液のついたガーゼをビシリと叩きつけて呆れ顔をする。
「 言い訳は結構です。あれだけ念を押したのに飛び出すなんて、先輩はいつまでも子供なんですから 」
傷を抉られた誠二は「 痛っ! 」と短い悲鳴を上げた。大和はそんな二人の様子をちらりと見てから、ジャケット姿の男性に向き直って話しかける。
「 六さんも災難だったな。下にあった機材は全滅だし、折角調べたデータもオジャンか? 」
男性……六は膝の上に置いた布製の黒いPCケースをとんとんと叩いて大和に答える。
「 いや、データの方は問題ない。全部クラウドに上げてるからな。だが、宿がなくなってしまった。自宅アパートの工事が終わるまでの約束で友人にあの部屋を借りていたんだが……。この惨状じゃ彼も新しい部屋を貸してはくれないだろう 」
大和は申し訳無さそうに言った。
「 それは大変だな……。うちに泊めてやるって言いたいところだけど、生憎、僕は新聞社に寝泊まりしてるし…… 」
しかし、話しているうちに何かに気がついたのか、彼は表情を直ぐに普段のものに戻す。そして、座っている誠二に話しかけた。
「 そうだ。お前の家に泊めてやれよ誠二。確かひと部屋空いてただろ? 」
誠二は不満げな顔で応答した。
「 は? なんで俺が……! 」
大和は腕を組んで説教でもするように言う。
「 元はといえばお前のペットがやらかしたことだぞ。いい大人なんだから責任取れよ 」
誠二は大和の理論を否定する。
「 いや、なんでアイツが俺のペットになってんだよ! うちには真子もいるし、そんな得体の知れない奴泊められねぇよ! 」
すると大和は笑って六の肩に手を置いて言った。
「 ああ、そのことなら大丈夫だ。この人の素性は僕が保証するよ。この人は《黒山六》。 夜見署の刑事で、階級は警部補だ」
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すっかり暗くなったアパートの廊下、角部屋の前に立った誠二は横にいる六に念を押した。
「 いいか、少しでも変な動きをしてみろ。その時は直ぐに追い出すからな 」
六は苦笑いを浮かべて答えた。
「 分かってるよ。顔に似合わず心配性だな 」
誠二は六を睨みつけてからドアノブを捻り、扉を開く。
扉の先には真っ直ぐ奥に伸びる廊下があった。廊下の奥には縦に細長い小窓が2つ横に並んでついた木製の扉がある。扉の奥からは若い女性の声がした。
「 お〜。アニキお帰り〜 」
誠二は声には返答せずに六に説明する。
「 入って直ぐ右の扉がトイレ、左が洗面所。浴室は洗面所に入って右の扉だ。お前の部屋は洗面所の扉の1つ先にある扉だ。向かいの部屋2つは俺たちの部屋だから勝手に入るなよ 」
六は理解して頷いた。
「 ああ、ありがとう 」
誠二はため息をついて靴を脱ぎ、玄関から廊下に上がって六を部屋に案内する。六もそれについて部屋の前まで移動した。
誠二は扉を開けて六に部屋の中を見せる。中は四畳半ほどの長方形の部屋になっており、廊下と同様に白い壁紙と薄い茶のフローリングが貼られている。
六は誠二に言った。
「 本当に空き部屋なんだな 」
誠二は六に説明した。
「 必要な荷物は自分たちの部屋に置いてるからな 」
それから、視線を部屋の外に戻して廊下の奥にある扉を指さし、六に指示する。
「 机と椅子は俺の部屋から持ってきてやる。PC使うなら必要だろ。移動が終わったら声かけるから、奥のリビングで待ってろ 」
六は、
「 そうさせてもらうよ 」
と誠二の提案を飲んで廊下の奥の扉に入った。
扉を開けると、そこは左右に広い部屋で右手側はリビング、左手側はキッチンになっている。リビングには白いソファーがあり、ソファーから見える位置にはテレビがある。テレビには無名の芸人たちが映る見慣れない番組が流れていた。
番組を見ていた20代くらいの女性は、部屋に入ってきた六に気がついて目を丸くする。
「 あれ? お客さん? 」
肩より少し下まで伸びた黒い寝癖髪に、灰色でぶかぶかのパジャマ。髪が目にかからないように適当につけた白いヘアクリップ。どこを見ても粗雑な印象を受ける女性だ。彼女は、ぱっちりとした目の上のやや太い眉を持ち上げて六の返答を待つ。
六は女性に返答した。
「 ああ、こんばんわ。急にお邪魔して済まないね。少し事情があって、少しの間、ここに泊めてもらうことになったんだ 」
女性は「 ふーん 」と鼻を鳴らして、イタズラっぽい笑みを浮かべる。
「 もしかして、おじさん、兄貴の友達? 」
六は苦笑いを浮かべて、胸の前で手を振った。
「 はは、残念だけど違うよ。友達の友達だ。松崎大和って知ってるかい? 」
女性はがっかりした表情をする。
「 なぁんだ、大和さんの友達かぁ。兄貴に友達が出来たなら赤飯でも炊こうと思ったのに 」
六は「 すまないね 」と短く謝った。
すると、テレビの方から聞いたことのある声が聞こえた。
『 良い親というのはですね、子供に好きなことをさせてやれる親のことを言うんですよ。やりたいことをやらせて、行きたい場所に連れてってやる。それが親の役目というやつです 』
テレビには茶髪の男性、神酒昌太郎が映っていた。彼は得意げな顔で長々と持論を披露している。
テレビを見た女性は生暖かい視線を画面に送って言った。
「 あ、神酒さん、またこの系統の話してるんだ 」
六は女性に尋ねる。
「 彼はよくこんな話を? 」
女性は頷いて答えた。
「 うん、いつも娘さんの自慢してたり、理想の父親像について語ってるよ。まぁ、病気がちな奥さんのために頻繁に講演会の日程変更するし、家族が好きなんだろうね。いつも急に連絡がくるから警察は警備の人集めが大変みたいだけど 」
テレビの中の神酒は演説を続ける。
『 自分の正義感のために子供を不自由にさせる親なんて親として、いえ、人間として失格ですよ 』
六は黙ってそれを聞いていた。
「 …… 」
※
時は戻って夕方の公園。
六が誠二に連れられて公園を去るとき、大和は声をかけた。
「 ああ、そうだ。例の件だけど、ほとんど六さんの読み通りだったよ 」
六は以前依頼した件の報告だと理解して、立ち止まる。大和はいつものように慣れた口調で話す。
「 放火事件の直後に、神酒昌太郎と森山秀樹の口座に億単位の振込があった。二人はその時まだ学生だったし、出処は当然不明だ 」
六は確認した。
「 篠田登 の振込は見つからなかったのか? 」
大和は頷く。
「 ああ、篠田だけはどこの銀行にも振込記録がなかった。無関係だったのか、まだ手元に持ってるのか。それとも《現金以外》の何かを手にしたのか…… 」
六は「 そうか 」と短く頷いて、また確認する。
「 篠田は分からないが、少なくとも二人は事件に関わっていたと考えていいんだな? 」
大和は両手を体の横に上げて言う。
「 さぁね。それを確かめるのは六さんの役目だ 」
※
テレビにはまだ、自慢げな神酒の顔が映っている。
六はテレビを睨みつけて、小さくつぶやいた。
「 ……あの子から家族を奪ったお前に人の道を説く資格があるのか? 」
女性は彼の言葉がよく聞こえずに自分が話しかけられたと思ったのか、「 え? 」と声をあげる。
それと殆ど同時に誠二が部屋に戻ってきた。
「 机と椅子の移動終わったぞ 」
女性はそれに反応して声を上げた。
「 あ、アニキ! 人が来るなら連絡してよね。急じゃ準備も出来ないし、びっくりしたじゃん 」
誠二は自分の頭に手をやって言う。
「 仕方ないだろ。俺の携帯壊れてたんだから。驚かせたのは悪かったが、必要な作業は俺がやるし、お前に面倒はかけないよ 」
それから、六と女性に宣言した。
「 オッサンも真子も夕食まだだろ? 俺が有り物で作ってやるから適当に時間つぶして待ってろ 」
だが、キッチンに向かおうとした誠二を、女性……八代真子は大声で止める。
「 あー! ダメダメ! アニキの料理はびっみょーに不味いんだから! お客さんには出せないよ! 」
そして、胸に手を当てて宣言した。
「 ここは、スーパーウエイトレスたる真子ちゃんに任せて。萎びかけの野菜ぶちこんで美味しいカレーライス作ったげるから 」
誠二はむすっとして言い返す。
「 いや、なんでカレーなんだよ!? もう夕食時なのに、これから一時間待ちとか拷問か!? 俺が残ってる挽肉で直ぐにハンバーグ作ってやるからお前は大人しくしてろよ! 」
短い間の後、兄妹の間にビリビリとした争いの電流が何故か走る。六は困惑するが、そこに声が飛んできて緊迫感は直ぐに消えた。
「 はいはい、二人とも喧嘩しないの。今日は僕が作ってあげたから、皆で座って仲良く食べて 」
その声は白い悪魔、ラキアの声である。ラキアは何故か桃色のエプロンを着て、手に直径40センチほどの盆を持っている。彼は盆の上からソファーの前の机に料理を並べていき、立っている六にも「 はいどーぞ 」とカップを1つ渡す。
カップの中には見たこともない紫色のドロドロした液体が入っていた。液体はぐつぐつと泡を立てており、甘ったるい香りの紫色の煙を放っている。
真子の前に並べられた料理も、二本角の生えた大型の魚の姿焼き、虹色に点滅するパン、顔の付いた野菜のサラダなど、異様なものばかりだ。
真子はおずおずとラキアに尋ねた。
「 あの……これは……? 」
ラキアは鼻を鳴らして得意げに答える。
「 ラキアたんのスペシャリテ、天国へのフルコース〜トリカブトのスープを添えて〜だよ! 一口食べれば三途の川、二口食べれば浄土が見えるスグレモノ! 」
誠二はラキアの腕を掴んで、ラキアを食卓へと背負投げした。
「 生ゴミじゃねぇーかっ! 」
ラキアは料理を全身に浴びて悲鳴をあげる。
「 ぎゃふっ!? 」
誠二はテーブルに倒れたラキアを睨みつけて言う。
「 全く、余計な手前増やしやがって! こんなもん食うやついる訳ねぇだろ! 」
すると、ラキアは「 え 」と言ってちらっと六の方を見る、誠二も釣られてそっちを見ると、そこでは六がスープを飲もうとしていた。誠二は大慌てでカップを取り上げる。
「 いや、オッサンんんんん!? 馬鹿だろ!あんた馬鹿だろ! こんなもん飲めねぇからな!? 」
そして、ため息をついた後、ラキアの腕を掴んで玄関の方へ引っ張った。
「 出ていけ! これ以上、悪ふざけするなら海に沈めるぞ! 」
ラキアは必死に抵抗して悲しげな声を上げた。
「 そんなぁ! ちょっとだけ待ってよ! ずっと楽しみに見てたドラマの最終回が今からやるから! それだけ見せて! 15分! 15分で終わるから! 」
誠二は舌打ちをしてラキアの腕を離す。
「 それだけ見たら帰れよ 」
ラキアは急に腕を離されたことで一瞬ふらついたものの、文句などは言わずにテーブルの上の黒いテレビリモコンを掴む。
「 やったぁ! 誠ちゃん、ありがと〜! 」
それから、彼は上機嫌にリモコンをテレビに向けて番組を切り替えた。
ただ、画面に映ったのはドラマではなく、見たことのある黒ローブの人物だった。黒ローブのフードの両脇には白い羊の角のマークも確かにある。
「 は……? 」
誠二は唖然とするが、テレビの中の人物は加工された声で淡々と語り始めた。
『 ようやく、準備が整いました。今度は15年前のようには行きません。まずは神酒昌太郎、あなたからです。《奪われたものを取り返しに行きます》 』
《つづく》
<次回予告>
中華命に挑まれた料理勝負。最初はなんとか食らいつく佐藤だったが、やはり実力の差は大きく、直ぐに大差をつけられ佐藤は破れてしまう。だが、命が閉店を迫ったとき、入院している筈の佐藤の父が現れて「店に関わる勝負なら私にも参加させてもらおう」と命に勝負を挑み……?
「 老舗ラーメン繁盛記 」第5話
「 頂きを見た麺 」
次回もお楽しみに!