不変と決意
-56-《不変と決意》
帽子を目深に被り、不自然に縁の太いサングラスを掛けた男は、白いズボンの下に伸びた足を一歩、また一歩と少女の方へと近づける。ウォーキングシューズは芝生の音を綺麗に殺し、黒いナイロンパーカーのポケットから取り出されるナイフも誰にも気づかれない。当然だ、ここには彼と小春を除いて誰もいない。
振り下ろされる凶刃を止める人間など、誰もいないはずだった。
「前田ぁああ! 」
だからこそ、彼は足を止めたのだろう。
何処からか飛んできた銃弾が、彼の手からナイフを背丈の低い草の上へと奪い取る。叫び声は男にとって聞き覚えのある声だった。
「悪いがその子は僕のネタ元だ! この町の壊れた現状を終わらせる為のな! 」
男は振り向かず、怯えた目でこちらを見てくる小春を睨んだ。
「終わらないさ、おまえ達が何をやったって」
それは諦めなのか、憎しみなのか、はっきりとは分からない。しかし、これだけは確かだろう。大和は言った。
「そうかもしれないな。いや、きっとそうだ、なにも変わりはしない。悪者を捕まえた所で、その原因、そのまた原因、全てを潰さない限りは変わらない。だが、変わろうとする奴が一人でもいれば可能性はゼロじゃない、そうだろ? 」
前田は聞いた。
「一度悪を肯定されて育った人間が、悪を否定する思考を持てるのか? 」
これには誠二が答える。
「さぁな、分からねぇよ。でも、そう信じたほうが幸せじゃねぇか」
前田は笑った。
「信じて足を掬われる………。俺は何度繰り返したんだろうな」
そして、柵を飛び越えて落ちていく。
彼は最後にまた笑い掛けた。
「最高の記事のネタだ、持っていけ」
大和はシャッターを切らない。
最後の時まで、目を開いてそれを見届ける。
(記事のネタならここにあるさ)
誠二はその後ろ姿を眺めていた。
※
「この町は静かになったな」
商店街のテレビの前、通りすがった男が言う。後をついてきた女は聞いた。
「そうなんですか? 私は新人なのでよく分かりませんが」
男は首に掛けたカメラを持ち上げて、少し遠くにある大きな建物へと向ける。
「ちょっと前まで、警察も俺と同じ側だって認識されてたのにな。その認識も変わってきた。俺が逮捕されるのも時間の問題だろう」
建物はこの町の警察署だった。
女はまた聞く。
「一体、何があったんですか? 」
彼は自分の撮った写真を眺めて、笑みを溢した。
神酒小春の証言で外の警察が動き、寄付連合はついに逮捕された。といっても、逮捕されたのは最後に残った森山だけだが。そのお陰で、警察は《寄付連合》のものでは無くなる。ようやく、警察としての息を吹き返したのだ。
男は言う。
「自らの犯罪を認め、反省したからといって、被害者から許されることは決してないだろう。だが、それにはきっと意味があった、と俺は信じたい」
その時、手元の携帯がなった。
「はい、もしもし山本ですが」
電話の相手は何かを一言だけ言って、電話を切る。山本は笑った。
画面に写し出されているのは、《大和》という文字。遠くからパトカーの音が響く。
「ここで区切りをつける、か」
この町はきっと変わらないだろう。
どれだけ手を尽くしたって、何処かで人が殺され、ものが盗まれ、誰かが苛められるのだ。だが、きっとこれが彼らにできる最高の《正義》であるはずだろう。俺はそう信じるしかない。
※
「『本当によかったの? 』って君は何度も僕に聞いたけど、今度は僕が聞かなくちゃあ」
「………」
「そうだね、愚問だよ。これは君の選択、成功でも失敗でも、君の意思であることに間違いはない。悪魔が《正義の為の囁き》をするなんて、前代未聞だよ」
「………」
「でも、僕は君に天国に行って欲しかったんだ。理由はよく分からないけど、きっと《昔の僕》ならそうしたと思う」
「………」
「それでも理由が必要なら、僕はこう答えよう。だって僕は《悪者》だから」
「………」
「バイバイ、臼井ちゃん」
《つづく》
<次回予告>
誠二「今まで色々あったな」
神崎「色々なことに飛び込んで、勝てない敵に噛みついて」
大和「それでも進んできたんだ」
小春「私は」
誠二「俺は」
神崎「私は」
大和「僕は」
全員「ただ《正義》になりたいと思う」
<つづく>




