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暗黙のルール

-51-《暗黙のルール》



 赤提灯の向こう側、木目調の暖かい店内には暖色の電球が煌々(こうこう)と輝き、焼き鳥のタレと酒の匂いが男たちの酒を進ませる。壁には厚紙に書かれただけの安っぽいメニューが並び、古びたテレビは押し黙っていた。店の一番奥、四人用の机に座っているのは誰だろうか?


「松崎、お前、最近噂になってる不良警官って知ってるか? 」


ようやく決めたつまみ、いか焼きに口を付けた大和に、記者クラブの知人が尋ねる。大和は自分の記憶を辿って答えた。


「ああ、あれだろ? すぐに相手に殴りかかって問題になってるヤバい刑事ってやつ? 」


知人はまた透明なグラスに注がれた酒を飲んで言う。


「そうそう、あれがついに俺のとこにも来ちゃってさぁ。今日はそいつに撮影の邪魔されたんだよね。もう少しで殺人の様子をカメラに納められたのに」


大和は知人の言葉に僅かな不快感を滲ませて相づちをうった。


「そりゃ残念だったな」


知人は続ける。


「それに、いかにも自分は正義ですよぉって態度で偉そうに、『知ってたんなら通報しろ! 』なんて言って来やがって。ふざけんな、そっちが営業妨害だってぇの! 俺が何日かけてその瞬間を狙ってたと思ってやがる」


大和は酒には口を付けず、イカ焼きをまた一口齧(かじ)った。


「犯人逮捕のヒーローショーなんて誰も望んじゃいないのにな。酔狂な奴だよ」


知人は酔って来たのか、大和の襟首を掴んで怒鳴る。


「お前、俺の話を真面目にきいてんのか!? 悲劇的なのは俺の方だぞ、なんでお前はそんな態度なんだ! 」


大和は黙って怒られるままに怒られた。


10年前の事件以降、記者クラブには《暗黙のルール》が生まれている。そのルールというのは、


《これから犯罪を起こしそうな人物の逮捕に決して協力しないこと》


それはこの事件だらけの町で、求められるヤバい記事を書くための、いや、記者たちの生命を繋ぐための生命線であった。だからこそ、多くの記者たちがそれに納得し、当たり前として世界の中で受け入れられている。


それでも、まだ青い大和は思うのだ。


(気に食わねぇ)


優しかった警官の父を撃ち殺した10年前の事件。大和はそれを解決するために記者になったのである。ルールの根拠なんて、到底納得できない。


(人を見殺しにするのが必要悪なのか? 自分がされたらどう思うんだ? )


その日の酒はまるで減らなかった。



大和は落としたスマホを拾って、通話ボタンを押して必死に叫ぶ。


「八代ぉお! 栞ちゃぁん! 助けに来てぇえええ! 」


ラキアはきょとんとした。


「え? なんで僕、無視されたの? 」


しかも、苛立った山本が二本ほどラキアの背中にダーツの矢を投げる。


「ええ! なんで僕今刺されたの!? お呼びでなかった!? 」


返事が無かったことに落ち込んでいた大和は、急に向きを変えてラキアに言った。


「そうだ! ラキア! お前の瞬間移動で僕を逃がすか、栞ちゃんを連れてきてくれ! いいだろ!? 」


ラキアは言われて考える。


「うーんどうしよう? 僕は面白ければ何でも良いけど、それって面白い? 」


大和は声を大にして説明した。


「面白いよ! 面白いに決まってんじゃん! か弱いヒロイン(僕)を可愛いヒーロー(栞ちゃん)が助けにくるって最高のシチュエーションだし、映画化確実でしょ! 」


ただ、ラキアの反応はいまいちである。


「うーん、栞ちゃんってルックス的に可愛いってより、ノーマルだよね? ヒロインがおっさんってのもなんかしっくりこないし」


これには大和もキレた。


「はぁ!? ふざけんなよ! 男は皆カッコいい! 女は皆可愛いでいいじゃん! ブスとかイケメンとか不毛なことで騒いでんじゃねぇよ! あれだぞ? 考えても見ろよ、『こいつ絵下手だなぁ』とか思ってた作家でも、読み進める内にキャラたちが不思議と美男美女に見えてくるだろ! あれだよ! 」


なんかちょっとズレてる気もするが。ラキアは大和の熱弁に圧倒された。


「そっか、そうだよね! 作品的にはルックスよりもキャラ! 大事だもんね! 」


そして、ノリノリで謎の魔方陣を呼び出す。


「じゃっ! おいでませ! 栞ちゃぁ………」


しかし、そこから飛び出してきて山本を蹴ったのは八代誠二だった。大和はさっきよりも声を大きくして叫ぶ。


「いやぁ! おっさん三人はきっつい! 僕、ルックスの良し悪しは気にしない方だけど、女性ゼロはきっつい! 」


当然、誠二に頬を殴られたけど。


「うっせぇ、助けにきたんだから文句いうな変態記者」


大和は頬を押さえて涙目になった。


「いやぁ! いやなのぉお! 染色体をXXにしてから出直してきてぇ! ぶっちゃけ、もうその辺の奥さんでいいから呼んでぇ! 」


誠二は背後から投げられたダーツの矢を片手で受け止めてキレる。


「いきなり転移させられるその辺の奥さんが可哀想だからやめろ! 後、元が男だったら俺は十分嫌だ! 」


すると、ラキアが急に大和の肩をつついて言った。


「あのさ、大和。あいつ逃げちゃったよ? いいの? 」


大和が慌てて山本がいた方を見ると、既にそこは無人の屋上。誠二は大和の頬をつねる。


「なにやってんだよ、記者野郎っ! 」


大和は最早泣いていた。


「いやぁ、理不尽っ! 」



《つづく》

<次回予告>

大和「前に出たのが八代が僕を知った最初なら、今回は僕が八代を知った最初の話だな。いやぁ、懐かしいよ」

誠二「なぁ、なんでお前ストーカーとかやってんの?お父さんに恥ずかしくないの?」

大和「?全然恥ずかしくないぞ。誰も傷ついてないだろ?」

誠二「………」

大和「次回、絶対正義の英雄忌憚 《大きな敵》。ギャルのパンティおくれぇ!」


<つづく>

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