白昼夢と捜査官
-4-《白昼夢と捜査官》
※
真昼のような眩しい光で目を開けると誠二は芝生の上にうつ伏せに倒れていた。白く靄がかかったような視界には数メートル先にある遊具の足だけが辛うじて映る。
その景色はどこか見覚えがあったが、それがどこだったか今の視界では思い出せない。誠二は視界を広げるために地面に手をついて上体を起こそうとした。しかし、
「 ……っ! 」
腕に力を込めた途端に全身に強い痛みが走り、起き上がることは出来なかった。
彼は目を瞑ってため息をつく。
すると、前方からゆっくりと芝生の上を歩く足音が聞こえた。誠二が目を開けると目の前には白い運動靴を履いた誰かが立っていた。その人物……男性はこちらの顔を見るように屈んで話しかけてくる。
「 はは、誠ちゃんまた喧嘩したの? 懲りないね〜 」
その顔に誠二は目を丸くした。
ナチュラルショートの髪に、少し垂れた優しい瞳、にこりと笑った口。頭の上にはトレードマークだった年季の入った官帽がある。誠二は男性に尋ねた。
「 明さん……? 」
男性は何も言わず、にこりと笑い返すと誠二に尋ねる。
「 今度は誰にやられちゃったの? 清水くん? 多田くん? あ、それかまた栞ちゃん怒らせちゃったとか! 」
誠二は苦笑いを浮かべて答えた。
「 ……喧嘩なんてしてねぇよ。人を追いかけてたら、なんでかガキに突き落とされたんだよ 」
目の前の男性は口を開けて笑った。
「 はは、なにそれ! 誠ちゃんは嘘が下手っぴだなぁ。そんなの僕でも信じないよ 」
そして、誠二の目の前に手を差し出して言う。
「 ほら、手当してあげるから起きて。もう喧嘩しちゃ駄目だよ? 」
誠二は差し出された手を掴む。
すると、掴んだ手はぐっと強く引かれて、周囲の景色が目の前から急に真っ暗になっていく。その感覚はまさに《現実に引き戻される感覚》だった。
※
今度こそ目を開けるとそこは暗い建物の中で、目の前には自称悪魔のラキアが立っていた。彼は楽しそうな声で誠二に言う。
「 誠ちゃん、あっちに誰か居るみたいだよ! 寝てないで早く行こうよ! 」
彼は言うだけ言うと、そのまま光の漏れる扉の先へと一人で歩いて行ってしまった。
誠二はため息をついてから、自分の身体を確認する。全身に打撲の痛みはあるが、なんとか動ける。
上を見上げれば螺旋階段が見える。ここは確かに犯人たちが逃げたという建物の中だ。あの扉の先にはきっと、知りたかった事実がある。
「 ……行こう 」
誠二は小さく息を吸って扉を開いた。
※
扉の先にあったのは部屋を包むように段ボール箱の積まれた倉庫のような部屋だった。だが、単なる倉庫ではないようで、奥には新しい横長のデスクがある。デスクにはディスプレイに繋がったデスクトップPCが1台と、ノートPCが1台置かれていた。PCの前には背もたれ付きの黒いキャスター椅子もあり、そこには橙色の薄手のジャケットを着た、ボサボサで長い髪の人物が座っていた。
その人物……男性はこちらに気がつくと、振り向いてこちらに話しかけてくる。
「 こんな所に客とは珍しい。一体どうした? 道にでも迷ったか? 」
彼は黒いフレームの眼鏡に掛け、鼻下と顎に無精髭を生やしている。その瞳は半分程度しか開いておらず、姿勢は猫背。纏った服も酷くくたびれていた。
誠二はホルスターに仕舞った銃に手をかけて、男に問いかけ返す。
「 おまえこそ、此処で何をしているんだ。仲間はどうした? 」
男は首を傾げて返答した。
「 仲間? ああ、木下の知り合いか? 生憎、彼なら居ないよ。今日はオフなんでな。今やってる事も趣味の範疇さ 」
それから、彼は自分の見ていたPC画面が誠二から見えるように横に移動する。見えたPCの画面には初老の男性3人の写真が映っていた。
その顔は誠二もよく知る顔だった。
■
自信に満ちた笑顔を浮かべた、茶髪でショートヘアの男性は神酒昌太郎
この夜喰町の町長で極度の目立ちたがり屋。その性分からかメディアへの露出は絶えず、たしか昨日も「家族だいすき」という番組で得意気に持論を披露していた。
■
白くなった髪を額が見えるようにぴっちりと頭の上にまとめ、穏やかな笑みを浮かべた男性は篠田登
篠田運送の取締役で、この国でも有数の資産家。社名は運送だが、日用品の製造から医療機器の開発まで事業の幅は広く、最近では海外との取引も増えているらしい。
■
黒髪を後ろで結んで団子状にした目付きの悪い眼鏡の男は森山秀樹
小暮出版の社長で自身も事件記者である。殺人現場や事故現場の過激な写真を載せた記事を好んでおり、この町での人気は高い。
彼らはこの町で「寄付連合」と呼ばれる3人だ。
ボサボサ髪の男は誠二に説明する。
「 昔の事件を追っていてね。世間じゃ、もう終わった事件だが私にはどうにもそうは思えなくてな 」
誠二は男に聞いた。
「 ……15年前の事件を追っているのか? 」
男は顎に手を当てて疑問符を浮かべる。
「 15年前? いや、俺が追ってるのはもう20年以上前の事件だよ。15年前にも何かあったのか? 」
この街であの事件を知らないはずはないが、不思議と彼は嘘をついているように見えない。誠二は男の腹を探るように事件の名前を教える。
「 ……『警察官集団銃乱射事件』だ 」
名前を聞いた男は納得したように頷いた。
「 ああ、あの事件か。当時は警察の腐敗を疑われて、騒がれたな。だが、犯人が警察ではなく警察を装ったテロリストだったと分かって報道も評価を改めた。彼らを射殺し、自身も撃たれて殉職した警察官は『猟奇殺人犯』から一転『 正義の味方 』だと称賛を浴びた。あの警察官、名前はなんて言ったかな…… 」
誠二は男に言う。
「 利根明だ 」
男はうんうんと頷いた。
「 そうそう、そんな名前だった。確かにあれも終わった事件だったな 」
誠二はため息混じりに小さく呟く。
「 ……《外》ではあの事件はそういう風に伝わってるのか。なるほど、金で解決したってのは本当らしい 」
ただ、誠二の呟きは男には聞こえなかったようで彼は話を続けた。
「 まぁ、俺が追っているのはそんなセンセーショナルな事件じゃなくて、資産家の家が一軒燃えただけの普通の事件さ 」
するとその話に割り込むように、無理やりトーンを上げた可笑しな声が飛んでくる。
「 わぁ! じゃあこれは火災実験の装置? いいなぁ! 僕も実験した〜い! 」
それは白い悪魔、ラキアの声である。声が聞こえたのは部屋に入って右手側にある正方形の台の場所だ。台の上には家の模型と様々な着火装置が置かれている。ラキアはその中にあったマッチ擦って、それを家の模型の書斎に投げ込もうとしていた。
ボサボサ髪の男は大慌てでラキアを止めに駆け出す。
「 え、誰!? というか何してるんだ!!」
残された誠二は深くため息をついた。
「 ……あいつも大変だな 」
するとそこに、シンプルなアラーム音が響く。音源は先程まで男が座っていた長机の上のようだ。白い二つ折り携帯が音とともに振動している。
誠二は男に声をかけた。
「 おい、何か鳴ってんぞ! 」
しかし、マッチを持ったラキアと格闘している男はこちらの声に気がついていない。
誠二は仕方なく携帯を手にとって画面を開く。タイマーの類なら代わりに止めてやろうと思ったからだ。
ただ、画面を開くとそこには《着信》の文字と《松崎大和》の名前があった。誠二はピキリと血管を立てて迷いなく応答ボタンを押す。
電話の向こうからは予想通りの聞き慣れた声がした。
『 あ、六さんか? 例の件、調べがついたよ。銀行に務めてる友達に片っ端から連絡して、ようやく分かったんだから感謝してくれよ〜? 』
誠二は電話の向こうの相手にドスの効いた声で言う。
「 ……勝手に居なくなったと思ったら、何やってんだ。 大和 」
電話の相手、大和は驚いた様子で返した。
『 え、は!? 誠二!? なんでお前がこの電話に出るんだよ!? 』
誠二は大声で大和を怒鳴る。
「 知るか! こっちはお前がせいで、大変な目にあってんだぞ! 下らない嘘で神崎を撒きやがって! この脳内ピンク野郎が! 」
大和はその言い草に反論した。
『 いや、脳内がピンクな事と今回の件は関係ないだろ!? それに大事な用事があるって言ったのは嘘じゃないよ! お前が派手にぶつけたパトカーの修理と、壊したシャッターの修理を依頼して、騒がせた周辺住民にも頭下げて回ったんだから! 』
そして、誠二の返答が飛んでくる前に早口で話を続けた。
『 それと、お前が追ってた黒ローブの正体についても調べたよ。六さんは取り込み中みたいだし、先にそっちの報告するな 』
誠二は上げようとした怒声を飲み込んで黙る。大和は慣れた口調で報告を始めた。
『 奴らは《闇のゆりかご》を名乗る犯罪集団らしい。やってるのは主に窃盗で、執拗に寄付連合を狙っている。発生がいつかは分からないが、少なくとも15年前には存在していたみたいだ。最初の犯行予告が手に入ったから、そっちの携帯に送るな 』
言葉から数秒後、携帯にメールが届く。メールを開くとそこには淡白な文章が書かれていた。
−奪われたものを取り返しにいきます
囁く悪魔より−
誠二は大和に聞く。
「 この《囁く悪魔》っていうのはなんだ? 」
大和は答えた。
『 《闇のゆりかご》のリーダーらしい。ただ、奴らのメンバーは一度も逮捕されたことがないから、噂程度の情報だ。人数も目的もまるで不明 』
誠二は舌打ちをした。
「 使えねぇな 」
誠二の反応に大和は不服そうに黙るが、ふと気がついたように誠二に尋ねた。
『 それはそうと、そっちでさっきから変な音しないか? 』
「 変な音? 」
誠二は言われて顔を上げた。
すると、周囲に積まれている多量のダンボールがごうごうと炎を上げて燃えていた。
「 ……は? 」
誠二は瞬きを2、3度繰り返す。さっきまでいたはずのラキアと男はいなくなっている。周囲を一通り見回すと、火を吹き上げるダンボールが入口の前に崩れた。誠二はようやく理解して叫ぶ。
「 はぁああああっ!? 」
そう、部屋は火災になっていた。
《つづく》
<次回予告>
ライバル店の社長はなんと、佐藤の高校時代の友人、中華命だった! 彼は何故か佐藤に恨みを持っており。「不味い料理を出される客が可哀想だ」と佐藤に閉店を賭けた料理対決を切り出す。佐藤は断ろうとするが、麺子は勝手にその勝負を受けてしまい……?
「 老舗ラーメン繁盛記 」第4話
「 料理歴7日の料理対決開始! 」
次回もお楽しみに!