手帳と鍵
-41-《手帳と鍵》
三人は神崎の運転で、町の中心部にある明の自宅だった古アパートを訪ねた。しかし、結果は予想通りである。誠二は悲しげに言葉を漏らした。
「元々古かったってのもあるが、大量殺人犯がいた部屋なんて、誰も住まないもんな………」
アパートは既に新しいマンションへと立て替えられている。名前も違えば管理者も違う、最早別の場所だ。賢人はそれでも現在の管理人に話を聞く。
「すみませんが、ここを元々管理されていた方々は今何処にいますか? 」
若い男の管理人は、防犯用のガラス越しに気だるげに答えた。
「確か、この近くのボロ屋に住んでたはずだよ。彼らは嫌な客に当たったせいでお金も無くなって、本当に可哀想で見てられなかったから、よく知ってる」
誠二は賢人に後ろから言う。
「ここの大家の名前は俺が覚えてるから。その名前で探そう」
賢人と神崎は頭を下げて、先に行ってしまった誠二を追いかけた。
※
何軒もの古い木造の家が並ぶ場所に、その名札は見つかる。
「児嶋………これか」
今にも崩れそうな程に疲弊した柱が、誠二のインターホンの音で揺れた。暫くの沈黙の後、開いた扉の先にいたのはすっかり変わってしまった児嶋寧々(こじまねね)の姿。縮んでしまった身長と、頭全体を覆い尽くす白髪、眼鏡の奥の瞳は殆ど開いていない。誠二は不思議な感慨に駈られながらも、挨拶をする。
「お久しぶりです、寧々さん」
寧々も此方を覚えていたようで、彼女は目を大きく開いて、何度も誠二の頭の先から足の先まで目を滑らせた。
「………誠二かい? 本当に大きくなったね。あのチビがこんなに立派になるとは思っても見なかったよ。入りな」
そして、扉を開いて中へと招き入れる。誠二は素直にそれに頭を下げると、彼女の居間の円卓に正座した。
「あれからもう10年か。長いようで短かったね。数学は分かるようになったかい? 」
誠二は彼女の質問に苦笑いを浮かべて答える。
「いや、数字も漢字も未だに苦手だよ。また寧々さんに教えて貰わないといけないかもな」
寧々は誠二の前とその向かいにお茶を出して、彼に皺くちゃの笑顔を見せた。
「ははっ、あんたは相変わらず謙遜が下手だね、そんなら『今ではこんな老いぼれ必要ないくらい得意だよ』って言わなくちゃあ。数学なんかよりも、今度はそっちを教えてやるよ」
それから、寧々は誠二の向かいに座って、彼に質問を投げ掛ける。
「それで、どんな用事があって来たんだ? 私の話し相手になりに来たわけじゃないんだろう? 明じゃあるまいしね」
誠二は寧々の薄い目を真っ直ぐに見つめて答えた。
「話し相手には今度成らせてもらうよ。暫く会えなかったし、こっちにも話したいことがそれなりにあるんだ。でも、今は明さんの部屋にあったものが知りたい。出来ることならそれが欲しい」
寧々はそれを聞くと愉快そうに笑って、襖の先に消えていくと、今度は手帳と鍵を持って現れる。
「今はそういう時期なのかね。一昨日もおんなじことを言う奴が来たよ。確か、花沢って言ったかな」
寧々は誠二にその手帳と鍵を渡して言った。
「知らない人だったから、こいつは渡さなかったけど、なんか、あの子も明の友達だったみたいでね。泣きながら、なんでも良いから、あの人のものが欲しいっていうんだ。だから、写真を渡してやったよ、ほら、あの集合写真」
誠二は言われて、頭に写真の記憶を写し出す。
「ああ、あれか。いい写真だよな」
写っている本人がいうのも難だが、あれは嫌いな写真じゃない。誠二だってまだ、戸棚の中に持っているのだ。
「花沢は何か言ってたか? 」
誠二は寧々に聞く。
寧々は寂しそうな顔で答えた。
「決心がついたって言ってたよ。何に対してかは聞かなかったけど、悪いことじゃないとを願うしかないね」
それを聞いた誠二は黙って手帳を開く。
手帳にはたった1ページしか書き込まれていなかった。
(駅のロッカー200)
それも、その一文だけ。
《つづく》
<次回予告>
誠二「自分を知っていてくれる人ってのはありがたいもんだな」
神崎「大切にしたい絆ですよね」
誠二「ろくでもない絆もあるが、それもまた面白いもんさ。なんだかんだで人生のスパイスになる」
神崎「まぁ、スパイス効きすぎた人生がおいしいかどうかなんて、本人が決めることですけど」
誠二「俺は割りと好きだぞ。カレーには辛口のやつに更に辛さ自○を2本くらい入れるし」
神崎「私は普通に中辛ですかね。スパイスはほどほどがいいと思います」
誠二「大和はいつもよく分からない黒い粉をカレーに掛けてたな。本当によく分からないが」
神崎「………考えたら怖くなってきました」
誠二「考えるのをやめて予告しよう。次回、《殺しの証拠》。あ、次回は考えないと駄目なやつか?」
<つづく>




