少女と捜査官
-3-《少女と捜査官》
一様にシャッターの下りた商店街。そこに乗り捨てられた黒いミニバンの運転席を覗き込んで大和は誠二に報告した。
「 車の中にも誰もいないよ。やっぱり、もう逃げたみたいだ 」
誠二は舌打ちをして言う。
「 チッ。仕方ない、近くの人間に聞き込みするか。見た人間が必ずいるはずだ 」
そして、周囲を見回して商店の二階から高齢の女性がこちらを見ているのを見つけた。しかし、女性は誠二の目を見るなり慌てて窓の側から逃げてしまった。
大和は呆れ顔で誠二に言う。
「 これでどうやって聞き込みするんだ? この街の連中は警察を見たら直ぐに戸締まりするぞ 」
誠二は腰のホルスターから拳銃を抜き、胸の前に持ってきて答えた。
「 なら、拳銃 を突きつけて対話するまでだ 」
神崎はおずおずと、そんな誠二を止める。
「 先輩、流石にそれは…… 」
だが、口で止めたところで意味はないようで、彼は神崎の静止を無視して拳銃を片手に先ほど人の見えた店に歩き出す。神崎と大和は慌てて誠二を止めようと追いかけた。
すると丁度その時、背後から女の子に話しかけられた。
「 ねぇねぇ、お兄さんたち。黒いローブの人達を探してるんでしょ? 」
振り返ると、10代前半に見える茶髪の少女が立っていた。少女は長い髪を後ろで綺麗編んで肩から前に垂らしており、洒落た桃色のニットを着て黒いフレアスカートを履いている。髪ゴムの赤い蝶には小さな宝石もついており、かなり裕福な家庭の子供に見えた。
大和は世間知らずなお嬢様が話しかけてきたのだと考えて、これ幸いだと少女に尋ねた。
「 うん、そうだよ。お嬢ちゃんは、その人たちが何処に行ったか分かる? 」
少女は後ろで手を組んで、にこりと笑って頷く。
「 うん! 知ってるよ! 案内してあげる! 」
その横には同じポーズを取るラキアもいた。
※
それと同じ頃、刑務所の前に停まったパトカーの中では洋館で捕まった男と男性警察官が話をしていた。運転席に座る警察官は制服姿だが髪の毛先は金色で耳にはピアスをはめている。
彼は気だるげな態度でクリップボードの資料を捲り、男の回答内容を確認する。
「 ええと……。加藤茂雄、42歳。自動車部品工場を経営しながら、妻と子供と3人で暮らしている、と 」
そして、投げやりな言葉を言いながら、黙々と手元の資料に文字を書き込んだ。
「 そんで、動機はギャンブルのためのお金が欲しかったから、と 」
後部座席に座っていた犯人の男は慌てて警官を制止した。
「 いや、ちげぇよ!? 何勝手に書き込んでるんだよ! 誰がそんな動機話したよ!? 」
警官は一瞬手を止めるが、直ぐに手を動かして言い直した。
「 じゃああれだ、篠田さんの娘に求婚を断られてカッとなったんだ。よし 」
犯人の男は当然のように再び警官を止める。
「 なわけあるか! 妻も子供もいるって言ってんだろ! そうでなくても、毎日パーティー三昧の強欲女には興味ねぇよ! 」
警官は手を止めて顎に手を当てて言った。
「 そうか? 人死には出てないし、神酒さんの所の娘よりはましだろ? あっちはまだ小学生なのに、また《イタズラ》で死人が増えたって聞くし 」
犯人の男は声を枯らして怒鳴る。
「 ただの消去法じゃねぇか! 」
警官は手を止めて露骨に嫌そうな顔をした。
「 もう別に動機とか何でも良いじゃん。 誰もあんたの事情になんて興味ないって。何言っても、このままムショにぶち込まれるだけなんだよ 」
ただ、犯人の男が不満の籠もった目で警官を睨むと、警官はため息を1つついて、両手をやれやれと上げる。
「 はいはい、どうせ、これから一生監獄ぐらしなんだ、遺言代わりに聞いてやるよ 」
犯人の男は更に深いため息をついて話を始めた。
「 ……私の工場は隣町の自動車メーカーに部品を卸していた。そこの社長はとても堅物な人で、取引が決まるまで10年かかった。何度も何度も交渉して、頼み込んで、ようやく契約したんだ 」
彼の語り口は最初は穏やかだったが、途中で急に口調を怒らせて、彼は自分の膝に拳を落とす。
「 だが契約して一週間後、突然、社長がウチとの取引に覚えがないと言ってきた!それで契約書を確認したら、ウチの社名だったところが全て《篠田運送》に変わっていた! なんの悪い夢かと思った! 」
警官はあくびをして言った。
「 現実が見えただけだろ 」
犯人の男は勢いよく立ち上がり、警官の座っている座席の肩の部分を掴む。
「 ちげぇよ! 契約は現実だわ! 妻だって子供だって覚えてたし、契約書もウチにあった! 」
警官はびくりと前傾姿勢になって、横目に後ろの男を見る。
「 ひぃ〜、そう怒鳴るなよ。とにかく、アンタは契約が駄目になったことに腹を立てて篠田さんに復讐しようとしたんだろ? 」
犯人の男は椅子に座り直して息を整えて言った。
「 契約が破棄されただけなら、まだ良かった。ウチには少ないが懇意にしてくれる客もいる。裕福でないが生活には困っていなかった 」
それから、真っ直ぐに警官の目を見て続ける。
「 ……だが、押し入ってきたんだよ、うちの工場に。篠田運送の社員が。契約書を取りに来たって、有無を言わさずウチの中を引っ掻き回して、暴れて…… 」
最後に彼は目を伏せて呟くように言った。
「 奴らを止めようとした妻は何度も殴られて蹴られて、今も入院している。訴えても、警察は何もしてくれなかった。監視カメラの映像だってあったのに……!どうして……! 」
警察官はハンドルを抱くように両腕を組んで、フロントガラスの向こうを見つめると深いため息をついた。
「 そんなの聞かなくても分かってるだろ 」
彼はそのまま淡々と無感情に話す。
「 15年前、信用の失墜した夜喰署が閉鎖されずに今もあるのは、多額の寄付があったからだ。……警察はあの3人には逆らえないんだよ 」
犯人の男は黙って俯いた。
短い沈黙の後、警官は思い出しように素に戻って後ろを振り返って笑う。
「 ま、あの3人に従ってさえいれば他は好きにできるし、俺は逆らう気もないけどさ 」
※
少女の案内に従ってたどり着いたのは、公園の端に建てられた円筒状の管理小屋だった。赤いレンガで造られた壁にはびっしりと蔦が這い、木製の扉は風化して半開きになっている。
明らかに放置された建物だが、少女はひょこひょこと軽快な足取りで誠二と神崎を案内する。
「 こっちこっち! このお家の中に入っていったんだよ! 」
少女に勧められて誠二が小屋の扉を開けると中には地下に続く螺旋階段があった。ただ、壁に点々とある電灯はどれも消灯しており、階段の一周目より先は見えない状態だ。
誠二は暗闇の先を見つめて呟く。
「 この下にアイツらが…… 」
そして、先走る気持ちで直ぐに階段を降りようとした。だがそんな誠二を神崎は慌てて止める。
「 待ってください。ここを歩くなら明かりが必要です。懐中電灯取ってきます 」
彼女は誠二の手を掴んで踊り場に引き戻すと、「 待ってて下さいね 」と念を押してから反論の隙もなく建物を後にした。
残された誠二は錆びた鉄製の手すりに軽く手をついて、階段の下を見つめる。それからため息をついて誰に言うともなく呟いた。
「 アイツ、何処まで取りに行くつもりだよ。まさか自分の家まで戻るつもりじゃないだろうな……。 大和の奴も勝手に居なくなるし、まったく、どいつもこいつも…… 」
すると突然、前から紐のような何かが足を攫う。誠二は咄嗟に手すりに寄りかかるが、その手すりはグラリと折れて、頭から螺旋階段の中央の穴に落下する。
「 なっ!? 」
誠二は落ちながら横目に自分の立っていた場所を見上げた。見上げた先にはこちらを見て爆笑している少女がいた。
「 あはは! 落ちたぁ! 」
その手には黄色と黒のロープがあり、ロープは踊り場の端のポールと手すりの下部に続いていた。丁度、ポールを支点に引っ張れば、ポールと手すりの間にピンとロープが張れるような構造だ。
誠二は何が起こったのかを理解したが、手を伸ばしても届くものもなく、ただ真っ暗闇の中に落ちていくしかなかった。
《 つづく 》
<次回予告>
店を休業し、麺子と共に料理教室に通い始めた佐藤。料理経験は殆ど無かったが、基本を押さえて料理を始めると早速、彼はその才能を開花させる。料理教室の先生も彼の才能を絶賛し、ついてきた一人の常連客もこれなら近うちに再開できると安心する。しかし、そこに突然、ライバル店の社長を名乗る男が現れて……?
「 老舗ラーメン繁盛記 」第3話
「 まさかのライバル登場!? 」
次回もお楽しみに!