手の届かぬ場所
-39-《手の届かぬ場所》
賢人は部下達 (と誠二)を引き連れ、しらきぬホテルへと突入していた。
「警察だ。502号室の人間に用があって来た、合鍵を貸してくれ」
その突入は誠二が驚くほどスムーズである。入り口は警察手帳を見せればすんなり通してくれるし、合鍵だって貸してくれる。なんだったら名簿だって出してくれて、もはや至れり尽くせり、《夜喰署》の管轄でこんなことはほとんどあり得ない。唖然としている誠二に、賢人は声を掛けた。
「地位があるのは良いだろう? こうやって自分がやりたいことができる。彼女の希望も叶えてやれる」
誠二はその言葉に少しだけ頬を膨らませて、苦しい返しをする。
「別に地位なんてなくても、うちでは好きにやれるよ」
賢人は笑って手錠を誠二に投げた。
「どうだか。実際今は警察手帳も拳銃も手錠だって奪われて、なにも出来てないじゃないか」
誠二は投げられたものを受け取って、それ以上は何も返さない。きっと、全面的に言い負かされてしまったからだろう。賢人は背中を向けて、勝ち誇った様子で誠二の前を悠々と歩いていく。
「逮捕は譲ってやる。形だけな」
誠二はその背中に小さく舌打ちをしてから、渋々後を追いかけた。
※
しかし、二人がたどり着いた先には、もう犯人などいなかったのである。
代わりにそこにあったのは、下の階からの喧騒。誠二は顔を青くして、窓の下を覗き込んだ。
「くそっ、やられた」
窓の下には多くの野次馬と、投げつけたトマトのような赤い染み。中央にはその染みの原因であろう潰れた何か。
誠二に遅れて窓を覗き込んだ賢人も、その様子に唇を噛んだ。
「追いかけられないところに逃げられてしまったな」
どうやら、神酒を追い詰める大切な証人はもう既に手の届かないところにいるらしい。賢人は部屋の引き出しを一通り探して、誠二に声を掛ける。
「だがとりあえず、凶器は見つけた。これでお前達の無罪は証明できるだろ」
声を掛けられた誠二は首を振った。
「悪いが、うちの裁判なんて形だけさ。どれだけ証拠を積もうが、《寄付連合》の奴等に罪が言い渡されることはない。罪が言い渡されることがあるとすれば………」
賢人にはその続きがなんとなくわかった気がして、入れ替わりに口を開く。
「………10年前の銃撃事件が、神酒達の犯行であったことを証明するか、《外》で裁判を行えるような事件を探すってことか」
誠二は賢人と二人きりになってしまった部屋の入り口に歩いていって、そこを立ち去った。しかし、去り際には「そうだよ、よく分かってるじゃねぇか」と小さな声が聞こえた気がする。賢人はそれで、栞が彼を尊敬する理由が益々分からなくなった。
(暴力的で、高圧的で、卑屈で、コミュ障で………アイツの何処に魅力がある? これなら俺の方がよっぽど………)
その時、目の端に映り込む紙切れ、それは、ベッドの下、隠されるように置かれた封筒。封筒には沢山の子供達と、それに囲まれて笑顔を浮かべる警官の姿が映ってる写真。賢人はその中の少女を思わず凝視する。
「栞………? 」
そうだ、見間違えるはずなんてない。
この少女は栞じゃないか。
そして、そのお陰でその中央の人物にも察しがついた。
「じゃあこれが、大量殺人犯の………利根明………? 」
ただ、事件が起こる前であったなら、この写真から、一体誰がこの男を大量殺人犯になる奴だと予想できただろう。
「そうか、だから、あの事件にはまだ、疑いを抱いている人間が沢山いるわけだ………」
見た目からの推測が許されたなら、きっと賢人でも彼を無罪だと主張するに違いない。だが、賢人は警官だ。そんなことは許されないし、やろうとも思わない。彼に必要なのは個人的な勘などではなく、確固たる証拠、そして、群衆が納得する理論的な説明、そうだろう?
賢人は写真を封筒に戻して、誠二と同様に部屋を後にした。
※
「ラキア、もう一度本を見せてほしい」
誠二は片手で拡声器を作って、群れを成して飛ぶ、白い鳥の集団に声を掛ける。すると、集団の内の一匹が方向を変えて、誠二の元に舞い降りてきた。
「んー? いいよー? 」
鳥はどうやら、鳩のようである。
鳩は羽繕いのような動作をして、不自然に大きな本をその体から引きずり出し、誠二に渡す。
「はい、どーぞ」
誠二はそれを受けとると、すぐに本を開いて何かを探し始めた。ラキアはそんな様子を見て、不思議そうに首を傾げる。
「でも、そこを探したって、被害者の名前しか出てこないよ? 犯人が誰かなんて分かったもんじゃないし」
すると、誠二はこう答えた。
「それでいい。俺が探しているのは、別の物だ。それに、こんな本を証拠に出来る訳じゃないだろ。刑事としてじゃなく、八代誠二として知りたい、それだけなんだ」
ラキアはその言葉の真意がよく分からずに、また空へと飛び立つ。ラキアは言った。
「じゃあ、用事が終わったらまた呼んで。本だけ回収しに来るからさ」
誠二は空を見上げてそれに頷く。
そして、どうか、見つかってほしい。
そんな願いを胸に、本のページをめくった。
《つづく》
<次回予告>
誠二「なんか、賢人ってどことなく嫌みなやつだよな。偉いやつって皆こうなのか?」
神崎「普段は優しいんですけどね。なんで先輩にああいう言い方ばっかりするのか、私には分かりません」
誠二「………もしかして嫉妬じゃね? 」
神崎「え?年収も顔面偏差値も先輩より上の賢人くんが先輩に嫉妬?あり得ませんよ、自意識過剰ですか?」
誠二「いや、そうじゃなくて………って、めっちゃ俺ディスられてない!?俺、そんなに酷い!?」
神崎「割りと酷いです」
誠二「誰かぁ!こいつを言葉の暴力法違反で逮捕してくれぇ!」
神崎「??」
誠二「そして無自覚やめてぇ!」
神崎「次回、絶対正義の英雄忌憚《その名は無い》。お楽しみに」
<つづく>




