声無き町
-28-《声無き町》
窓枠にぴったりと収まった紺碧と、そこを通りすぎる二匹の雀。誠二はそんな切り抜きの世界を眺めた後、白い部屋の壁に掛かった制服を下ろし、その皺だらけの青い袖に手を通す。
準備が整うと、扉の向こうから聞き慣れた声がした。
「兄貴~遅刻すんぞ~」
言われて時計を確認すると、どうやら時刻は既に始業の10分前。誠二はため息をついて部屋の扉に歩いて行って言う。
「心配すんな、10分遅刻までは全然セーフだから」
扉の先、リビングでは妹がソファーベッドに寝そべってお笑い番組を見ていた。彼女は誠二の言葉に、普段通りの寝癖のまま、いつにも増して心のこもらない返答をする。
「ふーん、ならいいけどさ」
それを見た誠二はベッドに歩み寄って、やや呆れた様子で彼女に聞いた。
「お前こそそんなにのんびりしてて良いのか? 大学は? 」
確か、彼女の大学の始業も10分後のはずである。しかし、真子は悪びれもせず笑った。
「え~学生貴族は30分遅刻までは全然セーフっしょ? 」
どうやら、この家には時間通りに行くという概念がないらしい。誠二は批判的な意見を持ちつつも自分の日頃の行い故に言い返せず、仕方なくベッドの下に置いた仕事用のバッグの紐を肩に掛ける。
「………行ってくる」
きっと今日からこの町は変わるはずだ。
彼はそのとき、曖昧ながらも確かな期待を持っていた。
※
だが、彼がその後見た署内の様子は平穏とは程遠いものである。走り回る制服の人間達、声を荒げる上級職とおぼしき男。それは誠二が思わず、入り口にある自動扉の側で固まってしまうほどの騒ぎ。
「何があったんだ………? 」
そして、そんな彼の姿を見つけて奥の廊下からは慌てた様子で駆けて来たのは、相方の神崎栞である。誠二も彼女に駆け寄って、直ぐに質問をした。
「神崎、この騒ぎは? 」
いつもはきっちりと制服を着込んでいる彼女が、今日は帽子も被らず行動している。何かあったのは間違いない。聞かれた神崎は荒い息を吐きながら、誠二に説明した。
「小春ちゃんが拐われて、身代金要求があったんです! 犯人は既に、顔を見られた家政婦二人を殺しています、正気じゃありません………! 」
誠二は彼女の言葉に幾度も頷いて、「大丈夫だ、落ち着け」と繰り返した後、バッグからスマホを取り出して、何処かに電話を掛ける。
「………おい、大和! 聞こえるか? 」
電話の相手は今現在、《囁き》と一緒にいるであろう松崎大和だ。大和の電話は誠二の問いかけにこう応えた。
『おかけになった電話は現在電波の届かないお膝の上か、お胸の上にいます。ご用の方はもうかけてこないで下さい』
分かりやすい居留守である。誠二は仕方ないので慣れた様子で大和の留守電にメッセージを残した。
「分かった、ただし、夜道には気を付けろよ? 」
すると、10秒もしない内に折り返しの着信が来る。
『嘘嘘冗談だって! ちゃんと要件聞くから殺さないで! 』
ようやく話が出来るらしい。
誠二は電話口に大和に質問をした。
「そっちの様子はどうだ? 《囁き》は何もしてないか? 」
大和は少しの間の後、質問に答える。
『いや~やっちゃってるね~。僕はもう動けないよ~。あ、ウィスィちゃん、次はこれ読んで、シェイクスピアのやつ』
その返答に誠二は大声で怒鳴った。
「ふざけんな! ちゃんと質問に答えろ! 後、今何してやがる! 」
大和は一瞬でびくりと驚いて短い声を漏らすが、直ぐに調子を取り戻して誠二に説明する。
『囁きは何もしてないよ。さっきから読み聞かせしてくれてるし? 僕がここを離れるときに置いた録音機にも切られた形跡ないし』
誠二は唇を噛んだ。
「………分かった。続けて警戒しろ、それと、オススメ本は広辞苑だ。頭にぶつけるとよく眠れるぞ」
そして、何かを言いかける大和を無視して電話を切る。神崎は誠二に一歩歩み寄って聞いた。
「どうでしたか? 」
誠二は首を横に振る。
「駄目だ。囁きはなにもしていない。本当に、そいつが独力でやったんだ」
予想外の言葉に神崎は目を丸くした。
「まさか、そんな………」
誠二はそんな神崎の頭に、自分の鞄から取り出した男性用の帽子を被せて、強い意思を含んだ言葉で語りかける。
「どっちにせよ、やることは同じだろ。神崎、車を出せ」
神崎は額に金の紋章が輝く不釣り合いな帽子をしっかりと自分の頭に乗せ直して相方の言葉に頷いた。
「はいっ! 」
《つづく》
<次回予告>
神崎「先輩はいつも遅刻してますよね。どうしてですか?」
八代「俺という人間の仕様だ」
神崎「松崎さんはいつもなにかしら変態ですよね。どうしてですか?」
大和「聞くだけ野暮ってもんだぜ?」
神崎「作者の更新頻度はおかしいですよね。どうしてですか?」
大和・誠二「暇人なんだろ」
神崎「……絶対正義の英雄忌憚、《二人の関係》。二人って誰なんでしょうね?二人とも」
誠二「◯ンと、レ◯じゃね?」
大和「タ◯と、◯シじゃね?」
<つづく>




