悪魔は笑う
-25-《悪魔は笑う》
扉の先には真っ黒な壁紙と床材が貼られた、前方に続く異様な廊下があった。廊下の先には暗幕がかかっており中は窺えず、ただ奥からは不可思議な呪文が聞こえる。
「おお、神秘の宗教団体にいよいよ潜入出来るみたい? 」
遅れてきた大和は手錠がついたまま笑った。誠二はため息をついて、神崎に掌を向ける。
「神崎、あいつの鍵」
神崎は渋々ポケットから鍵を手渡した。
「はい」
誠二はそれを使って大和の手錠を解いてやる。
「お、サンキュー」
大和は嬉しそうに手を揺らした。
すると、その少し後、奥の暗幕が左右に動いて、中から女が出てくる。彼女は三人に丁寧にお辞儀をした。
「お待ちしておりました。八代様、神崎様、変質者様」
大和は露骨に驚いた様子で声を上げる。
「え? 《囁き》にまで俺の名前、変質者だと思われてんの!? ねぇ!? 」
だが、女はそんなことを気にするそぶりなど見せず、誠二と神崎に言った。
「《囁き》様が奥でお待ちです」
※
暗幕の向こう、喪服のような黒い服に身を包んだ信者たちの間を抜けて、左奥の部屋に誠二と神崎が入ると、
「わざわざ我が教団に足を運んでいただけるとは、光栄ですね」
などという女の声が聞こえてくる。
部屋の中央には大きめの椅子と腰かけた髪の長い女。彼女は続けて羊の仮面の向こうから、二人に聞いた。
「それで? どのようなご用件でしょう。期日はまだ来ていないはずですが? 」
誠二は女の問いに答える。
「期日までは安全なんて誰が言ったんだ? ボスを倒せばゲームは終わりだろ」
そして、腰につけたホルスターからリボルバー式の拳銃を抜き取って女に突きつけた。
「大人しく刑務所に入って貰おうか、教祖様」
すると、女はやれやれと言った感じで首を振って立ち上がり、誠二の拳銃の目の前に立つ。
「ほう、罪状とその根拠をお聞かせ願えますか? 」
誠二は思わず拳銃を少し自分の方に引き戻して答えに困った。
「根拠………」
自白は自分と愛助にのみ聞こえたもので、他の誰も聞いてはいない。不良警官と工場爆破野郎の言葉なんて誰が真に受けるだろうか。それに、こいつは直接手を下した訳じゃない。彼女が言うように、ただ顔も見せず《囁いた》だけなのだ。誰が彼女の犯行を証明できるだろうか?
黙る誠二の横で、神崎は仮面の女に言った。
「根拠なんて、必要ありませんよ」
女はそれを聞いてクスクスと不気味な笑みを溢す。
「そうですね、私の肉体を壊すだけであれば根拠など要りません。貴方達の持つ武器を私に向ければ良いのですから」
そして、こうも続けた。
「ですが、《私自体》を殺すことは貴方方には出来ません。だって私は《囁き》肉体を持たない悪魔………この肉体を失おうとも、また別の人の心に巣食うのみ。それで良いなら御勝手に」
神崎は女に聞く。
「悪魔なんて大層なことを言いますね。でも、貴方が悪魔である証拠なんてそれこそ何処にあるんですか? 」
女はまたゆっくりと椅子に腰を下ろして言った。
「下らないことを聞きますね。良いでしょう、お見せしますよ」
それから、その場で言葉を紡ぐ。
「『坊や、聞いて。あなたのボールは向こうの公園よ。直ぐに取り戻さないと、あのおじさんにとられてしまうわ』」
「『おじさん、そのボールをとってあげて頂戴、それは近くで砂山を作っている女の子のものなの、返して上げて』」
「『運転手さん、周りはよく見ないといけませんよ? ほら、公園から人が飛び出そうとしていますよ』」
誠二は瞬間的に何かを察して、彼女に怒声を浴びせた。
「………めろ………止めろ! 」
そして、嫌な予感は的中する。
開いた窓から聞こえる激しいブレーキ音、そして、何かにぶつかる音。
誠二は慌てて窓に駆け寄って、その下を覗き込んだ。
「…………!! 」
そこにあったのは潰れた肉塊。
逃げていくトラック。唖然として手に持っていたボールをその場に落とす老人。
遅れて窓の外を見た神崎も、それには言葉を失う。
「そんな………まさか………」
誠二は神崎を軽く突き飛ばして、囁きの脳天に銃を向けた。
《つづく》
<次回予告>
神崎「こ、こんなことって……!」
八代「おい、なんとか言え! 」
差し迫る現状。壊れゆく平穏。
彼らはそれにどう立ち向かうのか。
大和「違う!僕じゃないってぇええ!」
次回、絶対正義の英雄忌憚《殺しの理由》。次回を待て。
大和「あれ?この予告、僕が死んじゃう?」
神崎「死んじゃうかもしれません」
<つづいた>




